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ここあ とおん

第1話 √✶µ✦✶▽

私と姉は、生まれつき身体が弱かったらしい。


 そう親に言われて、私と姉はずっとこの地下施設に閉じ込められていたの。そこはまるで犯罪者が入るような部屋だった。鉄の棒が幾つも並んでいて、地下だから窓も一切ない。


 でも、私たちは犯罪者ではないから、普通に食事は出るし、ベッドもお風呂もトイレもあった。


 生まれてからずっとこの生活だったから、みんなこの生活をしているんだなって思って、特に文句は言わなかった。


 毎日はずっと退屈だった。あの部屋には何もないから。お姉ちゃんと雑談するくらいしか、暇を潰す方法は見当たらなかった。


 いつかお姉ちゃんがこんな話をしていたな。


「太陽って知ってる?」


 タイヨウ……? と私は首を傾げた。聞いたことない、不思議な響きの言葉だったから。


「お母さんが言ってたんだ。ここでは見れないけど、この部屋から出れば見れる。とっても綺麗で、明るいものなんだって」


 とっても綺麗で明るいもの……? 想像してみたが、まったく分からなかった。あそこは地下だったから、太陽なんて見たことなかったからね。


「ホントにあるの? タイヨーってやつ」


 私は聞いてみた。今まで一度も見たことないし、お姉ちゃんの言うことはなんだか信用できなかったな。


「お母さんが言ってたって言ったじゃん。私も本当かどうか知らない」


 お姉ちゃんはこの部屋の天井を見上げてた。


「でも、本当にあるとしたら、私は見てみたい。ここ真っ暗だしね」


 お姉ちゃんはニコッと笑った。それにつられて私も少し笑っちゃった。


 それから私は、だんだんとここを出たくなってきたの。いい加減見飽きた景色にうんざりしたし、世界がどこまで広がっているか分かんなかったから。


 何度か私はお姉ちゃんと脱走を試みた。でも、厳重な警備を前に私たちの作戦は全て失敗したんだ。


 ここまでして、なんで私たちを閉じ込めたいのだろうかって思って。さすがに「身体が弱いから」でここまでするのはあり得ないと、私たちも気づいていた。絶対に何か裏があると思っていた。


            ﹁

            あ

            い

            つ

            は

            死

            ん

            だ

            ﹂


 朝起きると、お姉ちゃんがなぜかいなかったので、親に聞くと秒で返ってきた答えがそれだったの。


「……え?」


 親があまりにもあっさり返してきたので、腑抜けた声が出ちゃった。


「だから、あいつは死んだ」


 親は声に怒りを混ぜながら言った。それだけ言って、私の前から親は消えた。


 死んだ……? あの人が……? 昨日だって普通のお姉ちゃんだったのに? そうだ、親は嘘を言っているに決まってる。私を騙そうとしてるんだ。私をからかおうと。


 お姉ちゃんが死んだと言われた日。後で気付いたけど、誕生日だった。お姉ちゃんはあの日、ちょうど二十歳になったのだ。二十歳になったのに……。


 親に聞いても死因なんて話してくれなかったの。ひどいよね。


 それから私は何日も、何週間も、何か月も、お姉ちゃんを待った。いつかふらっと帰ってくるんじゃないかと思って、ずっとずっと待っていた。まだお姉ちゃんが死んだって、実感なかったから。


「明日、お姉ちゃんが帰ってきますように」


 毎日心でそう呟きながらベッドに入るのが習慣になっていた。真っ暗な地下施設の中には、もう私しかいなくなってた。


 黒色の天井を眺めながら私は考えたの。


 どうして、私たちはここに閉じ込められているのだろう。どうして私たちは身体が弱いのだろう。そもそも本当に私の身体は弱いの。どうして、地下なの。地上じゃだめなの。


 どうして、姉は死んだの。どうして、死んだ原因を教えてくれないの。どうして、二十歳になったタイミングで。どうして姉だけ。


 もしかして、私も二十歳になったら? お姉ちゃんみたいに?


 それから私はここから出ることを考えた。


 もうこんなところにもう居てられない。私は私を死なせない。絶対にここから脱出する。姉が言ってたタイヨーってやつを見てやる。


 でも、脱走はそう簡単なものじゃなかった。


 地下だから窓は一切ないし、部屋のドアが開くことはない。壁は頑丈で、扉もびくともしない。唯一、希望があるのが食事の時のタイミングだった。


 私の食事を部屋に入れるとき、それ専用の小さなポストのような穴があるの。そこから出れるんじゃないかって思った。でも、もちろんそんな穴は脱出できるできる大きさじゃない。腕を通すので精一杯くらいの大きさだったから。


 脱出計画を考え始めて一か月くらい経った。私は脱出をほとんど諦めていた。どんなに考えても、脱出なんてできるはずなかったの。


「食事だよ~」


 と、あの穴から今日の朝食が出てきた。初めて聞いた声なので新しく来た人だろう。


 私はお盆を取ると、食事の他に何かがのってた。


 よく見るとそれは部屋の鍵だった。あの頑丈な扉を開けるための鍵。私は信じられなかった。なんで、食事と一緒についてきたの。食事を持ってくるということは、明らかに親に従えてる側の人間なのに。


 偽物の鍵かもしれないと思い、私は試しに鍵穴にその鍵を挿してみる。


 ガチャ。


 と、静かに音を立てて鍵が回った。本物の鍵だったの。


 私は小さく「よっしゃ」と呟いた。なんで食事を渡したひとがあんなミスをしたのかは知らないけどね。


 重くて、分厚い扉を静かに押しながら私は部屋を出た。


 やっと、やっと出れた……!


 でも、ここからどうすればいいのか、分からなかった。とにかく私は長い廊下を進んでみた。


 一歩、一歩と歩き進んでるうちに周りの景色が変わっていく。あの部屋ではぜったい体験できなかったことを体感し、嬉しさが増してきたの。


 しばらく歩くと、階段が見えた。階段を生まれてはじめて上った。どんどん上へあがっていく感覚が、楽しいかった。


「うっ……」


 階段を上り切ったら、急に視界が眩しくなった。その廊下は、さっきの廊下よりも何十倍も明るかった。


 もしかして、これがタイヨー? って思った。ホントにあったんだ……!


 私はその廊下を走る。探求心がまるで幼い子供のように芽生えた。ここをまっすぐ行ったらどうなるんだろう?


 廊下の果てには、大きな扉があった。あの部屋とは桁違いの大きさだった。私の数十倍はある。私はその扉を少し開いて、出てみる。その時、私は初めて外に出た。


 外は、一面茶色の世界だった。空は青くて、地面は茶色、それが永遠に続いていた。


「これが……外の世界?」


 大きな扉を閉めて、私は外の世界を歩き始める。地面は固くなくて、サラサラしていた。裸足だったので、地面が熱く感じる。タイヨーの力なのか、体も熱い。


 私はある程度歩いて、体を1回転させて周りを見渡してみた。あたりはホントに茶色だらけで、でも、一つだけ異様にでかい建物があった。まるで土でできたお城みたいな感じだった。その中に私は今まで住んでいたんだ。


 そんなことを考えていると、私の後ろから足音が寄ってきた。まさか、私が脱走したのがバレちゃった? と思って、ゆっくりと後ろを見た。そしたら。


 そしたら、死んだはずのお姉ちゃんがいた。


「……え?」


 驚きすぎて、声が出るのもおそくなった。なんで。どうして?


「お姉ちゃん……?」


 お姉ちゃんはうつ向いていた顔を上げて、私と目を合わせる。間違いない。これは間違いなくお姉ちゃんだ。


「お姉ちゃん!」


 と、私は涙を浮かべながら、お姉ちゃんに抱きつこうとする。でも、お姉ちゃんは抱きつこうとしなかったの。むしろ、「私から離れろ」みたいに言ってるように、私を跳ねのけた。


 で、ホントに、バケモノみたいな顔で私を見てきた。いや、睨んだ。


「✶▽!♀◑△+✶▽⊂◤∞✶◑!⁇」


 そのとき姉は、意味わからない言葉を放った。発音がぐちゃぐちゃで、なんにも聞き取れなかった。でも、いつものお姉ちゃんじゃないことは、確実に分かった。


「●▲★⊂◤∞」


 今度は姉の方から近づいてきた。お姉ちゃんが私を殺そうとしていることを、悟ってしまった。私は攻撃してくるお姉ちゃんを必死にかわした。私の肩が少しだけ、その攻撃を受けた。


 お姉ちゃんの手の先が、刃物のように変形していた。私は思った。


 ――あれは、もう。お姉ちゃんじゃない……?


 攻撃を受けた私の肩は、今まで経験したことがない痛みに襲われていた。私はその肩を押さえながら、変わり果ててしまったお姉ちゃんを見る。


 そして、またお姉ちゃんは襲い掛かってくる。もうこの攻撃は避けられないと思った。


 ドキュン‼


 と、後ろから大きな音が鳴った。びっくりして後ろを振り返ると、あんたがいたんだよ。怪しげな恰好して、ごっつい銃を持ってて。


 でも少しかっこよくて、その顔に一瞬だけ吸い寄せられそうになった。ような気がした。


 あいつは、走って私のお姉ちゃんのところへ向かった。


 私とあんたは目が合った。その時にあいつは言った。


「なんで、普通の女がこんなとこいるんだ?」


 低い声で、私に聞いてきた。質問の意味がよく分からず、私はだまったままだったの。


 どうやらお姉ちゃんは、あいつに銃で撃たれたらしく、苦しそうにわめいた。そしてお姉ちゃんは起き上がって、それでも私に攻撃しようと走ってきた。


 あいつはお姉ちゃんに銃口を向けた。引き金を引こうと、指に力を入れた。


「待って! 辞めて!」


 あいつは驚いて銃を撃たず、迫ってきたお姉ちゃんの腕をとっさに掴み、動けないようにした。


「なに言ってんだお前。俺の仕事の邪魔すんな」


 私を見下すようにあいつは低い声で言った。仕事?


「こいつは人間の姿をしてるけど、もうイストになってる。見りゃ分かるだろ」


 そう言って、あいつはお姉ちゃんを拘束したまま今度こそと銃口を向ける。


 ――なに言ってんのあいつ。


「だから、やめて! それ、私のお姉ちゃんなの! 離してよ!」


 私はお姉ちゃんを取り戻そうと、あいつに突っ込む。しかし私の力じゃあいつに及ばず、足でお腹あたりを思い切り蹴られた。


 私は地面にうつ伏せになって、ゲホゲホと咳き込んだ。


「お姉ちゃんだからなんだ。俺の仕事はイストを狩ることだ」


 なんで、分かんないの。イストってなんだよ……。


「お前は黙って見てろ」


 銃のトリガーに、あいつは力を入れる。銃口はお姉ちゃんの頭にピッタリとくっついている。涙があふれ落ちる。最大限に声を荒げた。


「やめて‼」


 ドン‼


 重い音と同時に、お姉ちゃんの体は倒れる。倒れる瞬間が、ゆっくりと時間が流れているような感じがした。


「お姉ちゃん‼」


 私はお姉ちゃんの所へお腹を押さえながら駆け寄ろうとした。でも、あいつに腕を掴まれる。


「死にかけのイストんとこいったらあぶねえだろ。少しは離れろ」


「なんなんだよさっきから! 私の邪魔しかしないじゃん!」


 必死につかまれた腕を離そうと体を激しく揺らす。何度も「離して!」と叫ぶ。


 その瞬間。お姉ちゃんの体が爆発した。ヒーローが怪物を倒した後のように。


 あいつはやっと腕を離してくれたけど、私はそのままそこへ、座り込んでしまった。


 この数分で何が起こったのか、すべてを理解するには私には難しすぎた。だけど、確かなことは一つ。あいつがお姉ちゃんを殺した。


「なんで……? なんで。どうして。お姉ちゃんを、殺したの?」


 あいつと目を合わせたくなくて、私は下を向いたまま、問う。


 視界の端に、あいつの足が写っているが、その足は一向に動かなかった。


「ねえ、どうして!」


 あいつがあまりにも答えないので、私は怒り、声を上げる。


「お前は、イストがどういう存在なのか。知らないのか?」


 まるで私を見下すようにあいつは言った。イスト……?


「なに……それ?」


 もうよく理解できなくなってきた。私がなぜここにいるのかも、思い出せないほどに。


 私が混乱状態に陥っていたとき、私が住んでいたお城の中から複数の人たちが出てきて、まるで誰かを探しているかのように走っているのが見えた。


 あの顔、見たことがある。もしかして、私を探して――?


「なにしてんだ。お前」


 私はとっさにあいつの背中に隠れた。私がここにいる理由を思い出したからだ。


「ちょっと隠れさせて。あいつらに見つからないように」


 あいつは一瞬首を傾げたが、お城から出てきた人達を見て状況を察してくれたそうだ。


「もしかしてお前。あの城の娘?」


 声を出すと気づかれそうだったので、こくん、と頷くだけだった。


「なんだよ。早く言え。これでも着て変装でもしろ」


 あいつは、私に茶色く汚れたボロボロの服を渡す。お城の人がこっちに向かって来るのが見えて私は急いでそれを着た。


「声、出すなよ」


 あいつは、私を守るように背中に私を隠す。そしてお城の人があいつに話しかける。


 お城の人はやっぱり私を探していた。それでも、あいつは「知らねえ」と返してくれた。お城の人に「後ろの人は?」と聞かれて、私は一瞬ビクッとしたが、あいつは「俺の弟」と言った。


 お城の人はそのまま去っていった。間一髪だった。あいつがいなければ、私はあっけなく見つかってお城に戻されていただろう。


 私はあいつの背中から出て小さい声で「ありがと……」と言った。


「まさか、お前があの城の娘なんてな。よく脱出できたな」


「まあ、たまたまできちゃった、って感じだけど……」


 そしてあいつは「お前、他に行くあてあるのか?」と聞いたので「いや、ない……」と答えた。


「じゃあ、俺んとこ来いよ」


 正直「え……?」と声に出てしまった。私は姉を殺したことを許したわけじゃないのに。


「嫌だよ。お姉ちゃんのこともあるし……」


 私はあいつに背中を向けた。もう、こいつと関わらない方がいいと思った。しかし。


「うるせえ。この世界の仕組みも知らないくせに、一人で生きていけると思うなよ」


 そう言って、あいつは私の服にある襟をつかんで私を引きずるように引っ張る。


「ちょ、やめてよ! 離して!」


 必死に足掻いても、やっぱりあいつの力には勝てない。


「帰りたくないなら、黙ってついてこい」


 そして私はそのまま、あいつが住んでいる村らしき所へ連れて行かれた。


 しかし、私と彼が出会っていなかったら。私の人生はきっと、最悪なものになっていただろう。


 これは私と彼の ▼⇔⊃▲√↻ と +⁇✶√✦ の物語である。

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