前世悪党一家の極悪人、今世迫害対象の魔女

パンドラ

第1話:こうして出てきた別の形

「君とは別の形で出会いたかったよ」


 倒れ伏す俺を見下ろして奴は言う。その眼には憐憫しかない。先ほどまで壮絶な殺し合いをしていたにも関わらず、恨みも、怒りも、瞳の中にはなかった。

 俺たちが戦っていた教会は大幅に様相が変わり、すっかり荒れ果ててしまった。所々凍り付き、場所によっては破裂し、神様に祈る場所が台無しだ。


 命の灯が消えていくのを感じる。ああ、俺は死ぬのだろうな。当然の報いとして。


「別の形、か。俺にも、あったのだろうか」

「あったさ。きっと」

「……そうか、お前が言うなら、そうだったんだろうな」


 俺を超えたこの男が言うのなら信じられる。

 別の道か、考えたこともなかった。


 俺の家はそういう家だった。言ってしまえば悪党一家。誰も彼もが悪逆の限りを尽くしていた。自由なんてない。家の方針のままに、所属している全員が動いていた。

 俺も当然家に従って悪逆を尽くしたさ。だが、平和に生きてる奴らが羨ましくもあったんだなと、この言葉で気づかされた。


「なあ、俺もお前らのように、生きられるんだろうか」

「出来るさ。出来ないはずがない」

「そう、か」


 どうせならば、祈ってみるか。どうせこのまま死にゆく命だ。

 神様よ。生まれて初めて祈るものだ。神の家を破壊したのは謝罪する。

 だからもし、次があるならば。次の機会を貰えるのであれば、俺もこいつらみたいに――

 そこで俺の意識は途切れた。



 ——と、いう前世を思い出したのは、もう何もかも嫌になって全部壊してやろうと決意した直後でした。怒りに任せて壁に投げつけた本が、跳ね返ってきて頭に当たった衝撃で思い出してしまった。

 私は魔女だ。魔女は生きてるだけで迫害の対象となる。どうして産まれただけでこんな目に遭わないといけないのか、ふざけるなと思っていた。


 でも、今思い出した前世に比べれば、マシなのではないだろうかと思ってしまった。

 前の人生では悪逆を尽くすことを余儀なくされていた。家がそういう家だったし、他の生き方をしようものなら家族に殺されていたと思う。


 今世では家族には捨てられたけれど、逆に言えば家に縛られることはないということだ。

 魔女であることさえ隠して生きられれば、きっと今世は平和に生きられる。


 幸いなことに、前世の記憶を思い出したおかげで溢れ出る魔力の制御方法が理解できた。魔力さえ隠せてしまえば、魔女も見た目は普通の人間。日常生活を送るのに不都合はないはず。

 私を知らない人たちのいる場所に旅立てば、私にも普通の生活を送れるはず!


「せっかく何のしがらみもない身分なんだから、楽しまないと損でしょ!」


 開き直った私は最強かもしれない。いざとなれば魔女なんだから魔法で何とかできる! 何もしなければ平和な日常を送ることができる! なんだってできる気がしてきた!

 前世ではできなかった分、今世は平和に生きて見せる!


 一時前の私には考えられないほど、私は明るくなっていた。自分の境遇が最悪だと思っていたのが、それ以上酷いものを思い出してしまった衝撃で開き直れてしまった。


「それじゃあ、まずは旅支度をしないと」


 今私が住んでいるのは、森の中のこじんまりとした小屋。家族から家を追い出されて森を彷徨った挙句、見つけた小屋だ。多分狩人とかの休憩所だったのが、いつの間にかに使われなくなったものだと思ってる。


 長い間住んでいたから愛着はあるけれど、平凡な生活と比べると見劣りする。

 これまでありがとう。お世話になったね。


 善は急げだ。

 旅に必要なものは何だろうか。前世の記憶が教えてくれる。

 前世ではそれこそ悪行を働くためだったけれど、各地を飛び回っていた。だから何となく必要そうなものと、気にするべきことは理解できる。


 お金は一応ある。姿を隠して何度か人里と交流はしていた。いつ魔女とバレるかわからないから、大したことはできていないけれど。

 塩もある。干し肉を作って旅糧としよう。水はどうだろう、川伝いに歩いて行けばいいかな。町は大体水場の近くにあるから新しい町を見つける確率も上がるはず。地図なんてないから、迷わない道しるべにもなる。


 こうやって方針を立てる事すら楽しくて仕方がない。前世では自分の意思では全く動けなかった。家の都合でやらされた仕事ばっかりで、仕方がないと思っても楽しくはなかった。

 何もかもが新鮮だ。世界が輝いて見える。


「まずは何から手を付けようかな~。あっちかな、こっちかな」


 手順を考えることすら楽しい。前世が酷すぎた反動で何もかもが楽しくて仕方がない。

 そうやってあれしようこれしようと考えていると、非常に珍しいことに家の戸が叩かれた。


「もし、少しよろしいだろうか」

「はい」


 来客なんて珍しい。

 この時の私はすっかり浮かれていて、頭ハッピーで埋め尽くされていた。

 だから何も考えず家の戸を開けてしまった。


「貴女には魔女である嫌疑が掛けられている。同行願えるだろうか」


 戸を開けると、家の周りにずらりと兵士たちが並んで待機していた。

 逃げ道なんて用意しないとばかりに、みな険しい顔をしている。


「……はい?」


 こんな家を訪ねてくる人なんて、まともな来客なわけがないのに。

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