秋良と奈那子
月峰 赤
第1話 グミの行方
校舎裏のベンチに、二人以外誰も居なかった。秋良と奈那子は並んで座り、共に昼食を取っていた。それも終わりを迎えると、
「グミあるよ、グミ!」
そう言って奈那子がグミの袋を取り出すと、隣に座っていた秋良に見せた。
グミの袋にはそれぞれ、ブドウ、レモン、ピーチ、ストロベリーの4種類のフレーバーがイラストと共に描かれている。
奈那子はよく甘いお菓子を持ってくる。秋良は特別なんてことの無いような反応をした。
「お、いいじゃん。俺にもくれよ」
開けられた袋の中には、色取り取りの小さなグミが詰まっていた。香りが混ざりあって、ひたすら甘い匂いが鼻をくすぐった。
そこから一つ取ろうと手を伸ばすが、「あ」という声と共に遠ざかっていく。
見ると、奈那子が悪戯っぽく笑顔を浮かべていた。何か企んでいるなと、秋良は感じた。
「私がどのグミを食べるか、当てるゲームをしようよ」
「乗った」
秋良が快諾すると、小さな手が袋の中のグミを1つ手に取った。
「じゃあ、行くよ!」
掛け声の後、奈那子は前を向いた。そして、グミを持った手を上向きに包んだ状態で口の前に差し出すと、少し手を開き、放りやすい位置に置き直している。
秋良は手に入っているグミと、口に届くルートを予測している。
準備が出来たのか、手の動きが止まり、奈那子の口が大きく開く。
その口目掛けて、グミが飛んでいく、と思いきや、グミを持った手ごと、口元を覆い隠したのだった。
手を放して、グミを噛む。少し噛んだだけで飲み込み、秋良に向き直る。にやりとした顔は、してやったりという風に自慢げだった。
「さて、私は何味を食べたでしょう?」
「レモンだな」
即答する秋良を、驚きの表情で見つめる。
「え……正解!どうして分かったの⁉」
秋良の顔に続いて、グミの袋を注意深く見る。何か細工が無いか探しているようだった。
不思議そうにしている奈那子にネタばらしをする。
「正直全然見えなかったけど、奈那子、酸っぱいのあまり得意じゃないだろ。すぐに飲み込んでたから、あの味の中ならレモンかなって」
それを聞いて、奈那子は、あぁと気のない返事をした。そして次には悔しそうに口元を歪めた。
「もう一回!次は、私の顔を見るの禁止!」
こういうことに本気になって面白いなと心でからかって、秋良は首を縦に振った。
真剣な顔で、奈那子はグミを選んでいる。秋良がその様子を見ていることに気付き、袋を体で隠した。
「あ!ズルい!」
「袋を見るのも禁止にしました」
袋を物色している背中に向かって、1個にしろよと釘を刺す。ピクリと肩を震わせた奈那子は、分かってるよーと消え入りそうな声で答えた。
グミを選び終わったのか、秋良に背を向けたままグミを食べ始めた。奈那子はやっぱり自信のある表情でこちらを向いたが、まだグミを噛んだままだった。
「3分の1まで絞れたな」
明らかに味わって食べている。奈那子は図星を付かれたようで、目線を彷徨わせた。
焦りの表情が見える。このまま見ていればボロが出るだろうと思ったが、奈那子は何か思いついた様に動きを止めた。
不思議に思った秋良が様子を見ていると、奈那子の表情が次第に無くなっていく。ついには能面の様に固まってしまった。
少しでも情報を与えないよう、グミを食べていることを口実に喋りもしない。
そんな奈那子の姿に、秋良は笑ってしまいそうになる。見ると、奈那子も頬がピクピクと動いている。目元も、少し笑って見えた。
そこまで来て、さてどうしようかと考える。
現状さっぱり分からない。
どのグミを取ったのか見えず、口元を見ても判別がつかない。残ったブドウ、ピーチ、ストロベリーから当てずっぽうで答えるのは分が悪い。何か手がかりはないものかと考え、奈那子の顔を覗き込もうとするが、首を動かして逃げていく。
そのとき、奈那子が持っているグミの袋に目が留まった。袋の口は開いたままで、たくさんのグミが残っている。
そして思いついた。見えなくても確かめる方法があることに。
「答えていいか?」と確認を取ると、秋良の顔を見て、短く2回頷くのが見えた。
その顔目掛けて、秋良は顔を近づけた。
それに気づいた奈那子の顔が表情を取り戻し、慌てたように身じろぎを始める。
それを逃がすまいと小さな肩を掴むと、奈那子は一瞬体を跳ね上げたが、やがて動かなくなった。
奈那子の頬は赤く染まり、そして目を瞑った。
少し開いた口から息が漏れる。
その息を、秋良は必死になって嗅ぎ始めた。
スンスンスンとリズムの良い鼻呼吸が、二人の耳に届く。
奈那子が目を開いたのを合図に、秋良は確信をもって答えた。
「ピーチ!」
「当たりだよ‼」
勢いよくおでこがぶつかり合う。秋良は痛さと衝撃でベンチから転げ落ちた。おでこを押さえてのた打ち回る秋良を一瞥し、奈那子は溜息を付きながら、校舎に戻っていくのだった。
秋良と奈那子 月峰 赤 @tukimine
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