冬の秘事

紙月

冬の秘事



 漠然とした希死念慮が常に胸の中で息づいている。背丈とか髪の毛の質とか、自分を構成するものの全てを好きになれないのが理由だろう。そんなことを考えながら、待ち合わせ場所へ向かって歩いている。電信柱に勝手に貼られたバイク禁止の貼り紙は真新しい黒スプレーの自己顕示欲で塗りつぶされていた。そんな街を歩いて、歩いて、噴水のある広場にたどり着いた。ここが、待ち合わせ場所だ。

「あの、心中の相手を募集しているのって」

「マジで不特定多数へ宛てた誘いにのってくる人なんていたんだ」

 目の前で呆れ顔を浮かべている茶髪のギャルっぽい女のローファーはそれほど傷ついていない。高校生になったばかり、といったところだろうか。ソックスは時代錯誤感のあるルーズソックスだ。

「あなたの誘いですよ。心中、なんて乙女ですね」

「それは偏見じゃない?」

「否定はしない」

 私は、そういう偏見が嫌いなのに、偏見の中で偏見を抱いて生きている。そうした生き方をしていれば自分自身にも偏見が纏わりつく。

「あたしの友達だったら顔真っ赤にして否定すんのにね」

「そうかも。でも死ぬ前くらいは正直でいたいじゃない」

 偏見も、差別も、どうせ死ぬんだ。最後くらい好きにやらせろって思う。

「わかるー。そんな正直なあんたの名前とか聞いちゃおっかな」

 今日初めて会ったこれから死ぬ人間の名前なんか知ったって知らなくたっていい。

「私たち死ぬんですよ。知る意味あります?」

「あたしが呼びづらいっしょ。理由終わり。あたしはこゆき。粉雪って書いて、こゆき」

「そう。私はささめ。細いって漢字で、ささめ」

 両親は頭が良さそうな名前をつけたくて、太宰治の作品から取ったと語っていた。そんな頭の悪い両親の血統を余すことなく引き継いだので私も当然頭が悪い。

「ささめって可愛い名前じゃん。あたしの名前おばあちゃんっぽいし、うらやまー」

 こゆきの顔は忙しなく変化していて、疲れないのかなと思ったが、疲れたから心中なんて言い出したんだろうと思い出す。けれど、こゆきが明日に死んでいるのは会って少ししか経っていないのに、すでに想像できない。

「うちの両親馬鹿だから、太宰と谷崎の区別もつかないの」

「あたしの父親はアイドルと娘の区別もつかないよ」

 慣れたけどね、と笑いながらこゆきは頭を掻いた。右手にリストバンドを着けていて、そこから少しだけ苦悩がはみ出していた。

 駅の改札を通り抜けて、エスカレーターに乗った。ちょうど、こゆきと目が合う。目が大きい。全てのパーツが程よく主張していて、その中でも、双眸の力強さが私を拘束しているように思えるほどだった。

「こゆきはどこかいきたいところとかあるの?」

「最期は海! 青春って感じするし」

 自然体という言葉は彼女のためにあるのではないかと思った。華やかさが破裂したかのような笑みに、言葉を失う。髪も、ただ茶色いのではなく、手入れが行き届いている。耳には、小さめのピアスがついていた。私は怖くてできなかった。私には似合わないからできなかった。

「羨ましいな」

 私は、こゆきにはなれないな。

「全然わかんないけどささめが楽しそうでよかったわ! やっぱり死ぬ前は笑顔がいいよな」

 アイドルみたいで眩しいから、目を瞑ってイヤホンをつけた。私を救う鎮痛剤みたいなギターサウンドが少しずつ私をまともに作り替えていく。私の嫉妬は見苦しいと、自分が一番知っていた。歌が届く前に、イヤホンは外されてしまった。

「拒絶は悲しいって! やめよやめよそういうの! それって生きるためにやることでしょ? もう死ぬんだしあたしと喋ろって!」

 口調とは裏腹に行き場をなくした両手が私の肩に置かれた。あまりにも必死だから、こゆきの目を見た。その双眸はさっきより心なしかか弱くて、湿気を帯びていた。

 ホームに上がってすぐに来た電車に乗り込んだ。まだ通勤ラッシュの時間だったことを今更になって思い出した。

「とりあえず新宿行けば間違いないっしょ」

 そうこゆきが言うので、私はドア付近のバーを掴んだ。こゆきは私の近くの高い吊り革に掴まった。

「こゆきのこと聞いていい?」

 電車の中ではお静かに、というモラルなんて明日消えてる私には関係がない。

「いいよ。でもささめのことも後で聞かしてもらうから!」

 どうやら、こゆきも私と同じようなことを思っているようだ。一緒に死ぬ相手のことくらいは知りたいという考えも近い。

「こゆきって友達いるの?」

「あたしに友達はいない、けどあたしはそれでいいんだよ」

 照れ臭そうに笑う姿がやはり綺麗だった。

「ささめは友達いんの?」

 聞かれるだろうと思っていたが、聞かれると言いづらいこともある。けど、どうせ明日死ぬんだ。隠したって意味なんてない。

「いたよ。でも昨日友達じゃなくなったから今はなしかな」

「じゃああたしら同類ってこと? いいねえ」

 こゆきはおもむろに空いている片方の手を伸ばして私の髪をわしゃわしゃしだした。ネイルが綺麗に輝いていた。

「くすぐったい」

「そういうこともある」

「髪が崩れるからやめろって意味」

「それはごめん」

 こゆきは笑いながら私の頭から手をどかした。こんな青春なら続いてほしいと思った。



 新宿の駅で大量に人に流されて、そのままホームにたどり着いた。

「まさか出口が向こう側だとは」

 ささめが全く驚いていないような顔で呟く。あたしはまっすぐ顔を上げると、視界にささめの目が映らなくて、すぐにやや下向きになった。今日だけは猫背でも許されるはずだ。

「あたしはわかってたけどね」

 あたしは仕事柄よくこの新宿駅を使っていた。父子家庭一人娘子役。ほとんど人身売買じみた奴隷契約で芸能事務所に入り浸っていたあたしに友達はいない。同年代の子役やらアイドルやらと話すと家庭環境の差をひどく感じる。

「こゆきは新宿詳しいんだ」

「ここだけね」

 新宿のどこで遊べばいいのかはわからないのに、行きたくもない事務所の住所だけが脳に染みついている。

「駅ナカの店でご飯でも食べようか」

「ごめん、あたし本当にそういうのは詳しくない」

「どうせ死ぬんだし美味しくても不味くてもいいよ」

 ささめのどうせ死ぬんだし、というメンタルは、今のあたしと相性がいい。

 結局、いつものご飯がいいということになって、あたしたちはコンビニで買った菓子パンを食べた。あたしは一つじゃ絶対に足りないのに、ささめは一つだと多すぎるらしい。ささめの小さな体には入りきらないみたいだ。

「ごめんねこゆき。私食べきれないや。残り食べてくれる?」

 小さくちぎられた跡がいくつもいくつもあるものだから、息継ぎみたいに見えた。

「食が細いのにどうしてさっき食べようって言ったん?」

「食が細い、か。初めて言われたかも。なんか私、自分で食べることにそんな慣れてなくて、見ての通りちっちゃいし、人が食べてるの見るだけで誤魔化せるんだ。むしろ人並みに食べちゃうと吐いちゃうかも」

 ささめの儚げな笑顔は人を惹きつけると、今気づいた。可愛らしい目付きが特徴的で顔のパーツが小さいから可愛いとは思っていたけれど、なんというか、ズルい。誤魔化されたわけではないのがなおのことズルい。

「それじゃ、いただきます」

 やはり菓子パンは甘ったるい。いつも甘ったるくて、これくらいしかストレス解消の方法はないのに、今日のは甘すぎてクラクラする。

「あんたの菓子パンっていつもこんな甘ったるいの?」

「クリームの部分まで届いてないのに?」

 そんなわけがない。そう思って菓子パンの断面を見ると、クリームがほんの少しだけ顔を出していた。

 駅に戻ってホームに立つと、なぜだがまっすぐ立てているのかすらわからなくなった。駅のホームは実は真っ平ではなくて、そんなことは知っているけど立ち止まっていると自分が球体になったかのような感覚がある。死ぬには早すぎるのに、吸い寄せられるような気すらしている。

「こゆき」

 そうあたしを呼ぶ声が聞こえて、振り向いた。

「どうせ死にますけど、まだだめ」

 そうだ。ささめを置いて死ぬわけにはいかない。自分から誘った心中だ。けれど、新宿でホームに降り立つと、どうしてもこうなってしまう。

「頑張るよ」

「落ちそう?」

「吸い込まれる」

「わかった」

 ささめはあたしの手を握った。こういうことはあたしには出来ない。そもそも人との距離をこんなに詰めたことがない。そもそも手を繋がれたのが久しぶりだ。

「なんで?」

「なにが?」

「手だよ。そんな簡単に人と手を繋ぐなんて無理っしょ」

「ギャルっぽいのに純情だね。意外。手を繋いだ理由は簡単だよ。私一人じゃ絶対死ねないから」

 ささめの目は、鈍く輝いていた。確かにあたしを見ていて、自分を見ていて、けれどピントが合わないような。

「そう、あたしは純情なんだよ。ささめは意外とそういう経験豊富って感じ?」

今日死のうってのに余裕ぶっていたささめの目が、初めて揺れたように見えた。

「……そういうんじゃない」

「……そっか。ごめん」

「気にしないで。私が気にしすぎただけ」

 あたしたちは、黙って電車を待った。


 何度か乗り換えて、電車は熱海に到着した。すでにあたしの父親からは怒りのチャットと鬼電を頂戴している。鬱陶しくてスマホからシムカードを抜いてから一時間以上経つので、そろそろ警察に捜索願が出されていてもおかしくない。

「そういえば、ささめは両親心配してたりしないん?」

「ないよ。あってもどうでもいい」

「そう。両親のことって聞いても良い?」

 特に、母がなにをしてくれるのか、死に際になって好奇心がふつふつと湧き上がっているのを感じた。

「うーん、話せるような幸せエピソードは無いね。昨日も失恋を馬鹿にされたし」

「は? 失恋馬鹿にするとか最悪かよ!」

「最悪でしょ! しかもあいつら私たちのようになんとかなる、とか言い出して。適当に酒の勢いで性行為して手遅れになって結婚しただけなのに」

「えぇ……思ったよりヤバいね。二人とも大学中退、とか?」

「あいつら馬鹿だから高校卒業後すぐとかだよ。なんでこゆきはそういうこと急に聞き出したの?」

 この流れで、母がどんなことしてくれるのか知りたかったなんて言いづらすぎる。

「あ、なんとなく。うちは父親しかいないから。まあ、あいつにはあたしのことなんて見えてないけど」

「さっき、アイドルと娘を間違えるって言ってたもんね。あれ、どういうこと?」

「そのまま。ささめは知らないかもしれないけどあたし芸能人なんだよね。父親の稼ぎじゃ食ってけないからダメ元でオーディションに出されて、そしたらいくところまでいったって感じ。御神体みたいな? あたしのこれまでの十五年間を犠牲にして御利益たらふくゲットってね」

 言葉にすると少しだけ気が晴れる。ささめはちょっと引いただろうか。そう思って顔を覗き込むと、真顔になろうと努めながらも笑顔が溢れていた。

「怒ってるわけじゃないんだけどなんで笑ってんの?」

「ごめんごめん。こゆきが言葉を選ばなくなってて、いいなって思ったの」

 ささめはもう笑顔を隠さないであたしを見ていた。

「ささめは変わってるな。でもそういうところ好きかも。ってかなんか今のあたしら友達っぽくね?」

「たしかに。来世でも通じ合えるといいね」

「心からそう思うわ」

「そんな私の親友となったこゆきちゃんに提案です」

「なに?」

「せっかく海の近くに来たんだからお寿司を食べましょう」

 ささめが敬語を使うと、さっきまでは知的な印象があったのになぜか今は背伸びしているような印象になっている。

「ささめはタメ口が似合う」

「否定しない」

「よし、駅の近くの通りにある寿司屋にいこう」

 あたしたちは、目に入った駅弁に後ろ髪を引かれながら改札を出た。



 お寿司が十貫乗せられた下駄(寿司下駄と呼ぶらしい)がこゆきの目の前に置かれた。私は端っこの一貫だけつまんだ。

「は? ささめお前玉子だけはダメだろ。せめて大トロだろ」

「鮪のセット頼んだんだから鮪は食べないっていう配慮なんだけど」

「そっか。なら来世であんたと酒飲むときは絶対カクテルしか飲ませないわ」

「ごめんって」

「冗談だよ」

 こゆきは笑っていて、今日死ぬ人間の顔とは思えなかった。

「なんかいい笑顔だね」

「……あたしさ、自由になりたいから死ぬんだ。普通の学校とかいけないし友達も作れない。今は売れてるわけでもないのに事務所と親のせいで勉強もする時間がない。今日死んでも十年後死んでも変わらない。ならもっと苦しくなる前に今死にたい。あんたは?」

 私が死にたい理由なんてたくさんある。失恋を親に馬鹿にされたから、身長が足りなくて着たい服が着られないから。こゆきみたいにストレートな髪質じゃないから。両親が馬鹿で醜いから。それに引っ張られて私も馬鹿になってるから。好きな人の彼氏に殴られたから。友達が友達じゃなくなったから。少食に慣れようとしたらほとんど食べられなくなったから。

「全部ひっくるめて、私が生きるのに向いてないから」

「なるほど。それなら仕方ない。あたしら今日死ぬために生まれてきたんかもね」

「え?」

「だって、あたしもあんたも人間関係が希薄で、事情は違えど息苦しさを感じてて、一人じゃ死ぬ勇気はない。なのに今日、あんな不特定多数に向けられた心中の誘いにたった一人で乗っかってくれて、しかもこんなに気が合う。間違いなく運命っしょ」

なにを思ってそんなことを言ってくれるのか、心の中を覗けたら間違いなく一番に覗くだろう。

「運命なんて照れくさいこと言うんだね」

「今日死ぬからな。使える言葉は全部使っとこ。それにこんな言い回しできるような仕事はしたことなかったから私生活で出来るとは思わなかったし」

 落ち着いていたのに急に早口になっている姿が可愛らしい。これも素の姿の一部かもしれない。そんなことを考えながらこゆきを見つめていたら、お寿司はいつの間にか無くなっていた。


 寿司屋を出ると空はもう暗くなっていた。手元のスマホには友達だった人から一言、「ごめん」と送られているだけだった。

「ま、こんなもんだよね」

「なにが?」

「人生の結果発表みたいな」

「なにそれウケる」

 こゆきは、あたしも全然ダメだったわ、と笑った。悲観的なはずなのにどこか楽観的に見える。もう終わりにしてしまおう。

「海、いこっか」

 私たちの旅はそろそろ終わる。こゆきが会計している間に、こゆきがどんなことをしていたのか、少しだけ検索してみた。



 海沿いの道路は、思っていたよりもずっと都会だった。ホテルが立ち並び、それらを繋ぐようにしっかりと舗装されていて、街頭も輝いてる。あたしの思い描いていた海での心中は、暗い海で、二人でびしょびしょになって、溺れて、終わり。ただそれだけだった。けれど、こんな明るい世界の少し隣で、死んでやるのも悪くない。そう思っていたのに、砂浜はライトアップされていた。

「あたし、これは想定してなかったわ」

「私も。ライトアップされてる砂浜で死ぬなんて馬鹿みたい」

「それな」

「……二十二時まで光ってるみたいだけど、待つ?」

 なんだか、アホらしい。こんなに気が合う人と会えて、多分人生で初めて仲良くなって、美味しいもの食べて。毎日がこんなだったら絶対にここには来てない。

「待とう」

 言いながら、笑えてきた。これがあたしの初めての自由意志だから、誇ればいいのに、惨めだ。

「うん。正直ね、気が変わるかと思った。でも、こんな綺麗な景色を見て、理解者と出会って、玉子も美味しくて、最高に幸せで。私、きっとこれから先こんなに幸せにはなれないなって」

 青いライトがあたしたちを照らす。ささめはあたしの目を見るためにちょっと見上げるようにしていて可愛らしい。

「ささめはやり残したこととかある? 無限にあるだろうけど、特にこれってやつ」

あたしは、不思議とない。そもそもやりたいことは、それを知って初めて願望になるから。

「うーん、そうだな。私が好きで私のことが好きな人と手を繋ぐとかかなあ」

 それは。

「あたしはささめのこと好きだよ。この人生で会った中で一番ね」

「私フラれたばっかで考えられないからなあ」

「この流れで断るのかよ」

「ごめん。でも、来世に向けた予習ってことで、いい?」

 無駄に正直なところもささめの美徳かもしれない。

「いいよ」

 ささめの掌は、思ったよりも小さかった。



 こゆきの掌は思いの外大きい。指が長いからなのか、包み込まれてしまいそうだ。

「さっきさ、駅でからかってごめん」

「あの時は、手を繋ぐって意識より繋ぎ止めるって意識が強かったから、気にしないで」

「ありがと」

 正直、私は甘えているだけなんじゃないかって思う。こゆきの話を聞いて、手首の傷を見て、それに比べて私の手首は綺麗すぎる。苦悩の大きさだってきっと違う。私くらいの死にたさは毎日飲み込んでいるだろう。その足りなさが、こゆきは私に寄り添えるけど、私はこゆきに寄り添えないことが、ただ悲しい。

「こゆき、私、こゆきほど深く考えてなかったかも。そんな私でいい?」

「一緒に死ぬって朝から電車乗って、夜まで一緒にいて、あたしの人生じゃささめは一番近くにいたと思う」

 さっき、こゆきのことを少し調べた時、地上波のドラマに出演することが決まったというニュースが出てきた。これから先こゆきは報われるかもしれない。もしそうなら、死ぬのは私だけでいい。報われた後で自由になって、自分の人生を生きればいい。

「こゆきは報われると思う」

「ささめは? 一人で死にたいの? そうなら止めない。けど明日の夜にここで同じようにあたしは死ぬよ」

 私が死ぬ前に警察に通報して、こゆきを保護して貰えば、少なくとも死なない。

「それでも私は一人で死ぬ」

「そっか」

 こゆきはスマホを取り出して、シムカードを挿し込んだ。

「ちょっと待って」

 何かを打ち込んでいるけど、私の身長では顔に近づけられると画面が見えない。

「今調べたんだけど、ささめって内緒話って意味があるんだって。あたしたちの今日みたいじゃん。やっぱり運命だったんだよ」

 私の名前を馬鹿にしないで寄り添ってくれたのも初めてだ。

「そういうこと言わないでよ。一緒に死んで欲しくなる」

「そういう時は、どうするのかな?」

 こゆきは意地悪な笑みを浮かべている。

「ちょっと屈んで」

 こう? って不思議そうな顔を浮かべながら屈んだこゆきの顔が私の顔の高さと同じになる。

「こっち向いて」

 こゆきがこちらを向いた。私はこの顔立ちが好きなんだなと初めて気づいた。

「これから、私と一緒に死んでください」

「喜んで」



 二十二時を過ぎて、ライトアップが終わった砂浜を歩く二つの影があった。その影は暗い海へと向かっていく。止まることなく、海水に触れ、歩き続ける。速度が落ちる。それでも進み続ける。二つの影は、やがて一つになり、暗い海に沈んでいった。その影を照らすように、雲間から月光が差し込んだ。

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冬の秘事 紙月 @sirokumasuki_222

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