第9話

 駆け出したトビーを見、

「イスヒローテロス」

 背後からシュリが声を掛ける。


「うわっ」

 思わずトビーが声を上げた。体が、嘘のように軽くなったのだ。まるで重力などないみたいに。走る速度が、上がる。剣が軽い。今ならどこまでも飛べそうなほどに!


「でぇぇぇっ!」

 声を上げながらジャンプする。ドラゴンが尻尾を振って威嚇するが、その鞭のようにしなる尾を交わし、片足で尾を蹴ると懐まで。クワッとドラゴンが口を開け、火球を吐く。察知したトビーは一度ドラゴンの肩を蹴り宙返りをすると地面へと降り立った。


「すごい! トビーすごいわっ!」

 リリーナが歓喜の声を上げた。


「せいっ!」

 再度地を蹴り、飛ぶ。

 今度は直接腕に向け剣を突き出す。


 グワァオゥッ


 ドラゴンが後ろに体を逸らせた。しかしトビーは慌てることなく相手の動きを見る。魔物の森でしごかれた日々が役に立っている。相手を見ること。とにかくよく、見ること。

 アシルの魔獣たちが援護してくれているのがわかる。遠くでリリーナたちが見守ってくれているのがわかる。シュリが、自分を信じてくれているのが、わかる!


「そこだぁぁぁ!」

 ドラゴンの腕、銀色の輪。

 それがこのドラゴンを支配してこんなことをさせているのだとしたら、解放してやるべきだ。絶対に!

 トビーは狙いを定め、その銀の腕輪を、


 ガキッ

 ――切り落とした。


「アシル!」

 シュリが叫ぶと、アシルが宝玉を掲げ叫んだ。


「汝の名はアガビトス! 我がアシル・バーンの名において汝をテイムする! 従え!」

 ピカリ、と宝玉が光る。相手はドラゴンだ。こんな大物をテイムしたことなど、ない。しかし、この機を逃せばもうこんな機会はないだろう。何より、自分がテイムできなかった場合、このドラゴンは殺すしかなくなってしまうのだ。こんなに美しい生き物を……。


 


 初めて、そう思った。

 従えさせ、操るだけのテイマーだ。だが、そうなのか? 共に、生きればいいのではないのか? このドラゴンと、共に!


 アシルの思いが、乗る。

 ドラゴンは……アガビトスは、応えた。


 シュルル、


 大きなドラゴンの体が二回りほど小さくなった。そして宝玉へと……入っていく。


「……、」

「……やった、」

「……成功……したの?」

「アシル!」

 シュリがアシルの肩を叩いた。

「これで、ドラゴンテイマーだな!」


 従った。

 あの巨大なドラゴンが、応えたのだ。その瞬間が、アシルにもわかった。


「おお、お……俺、は」

「ああ、やったんだよ!」

 ワッ、と全員がアシルに駆け寄る。気を失っていたアルジムもブライに支えられながらこちらに向かってきた。


「すごいわっ! 初めて見たわよ、ドラゴンをテイムするだなんてっ!」

 ユーフィが興奮気味に言うと、何故かリリーナが

「アシルさんはすごいんですからっ」

 と自慢げに胸を張る。

「いや、トビーも頑張ったろ」

 照れくさそうにアシルが言うと、言われたトビーも照れくさそうな顔をする。

「いや、俺はシュリさんのおかげで……、」

「口男ってすごいんですね!」

 リリーナが目をキラキラさせてシュリにそう言うと、ブライが、

「指示だけで何もしないけどな」

 と苦い顔で突っ込みを入れる。


「でも、これで任務完了だわっ!」

 ユーフィがそう言い終わるや、シュリが

「いや、まだだ」

 と言った。


「え?」

 リリーナがシュリを見上げる。

 シュリは、ある一点を見つめていた。


「……邪魔なんだよ、


 空中に浮いたままこちらを睨み付ける法衣姿の男がゆっくりと地面に降り立った。


「やっとお出ましか、マフィティス。随分派手にやってやがる。今日こそとっ捕まえてやるからなっ」

 どうやら二人は知り合いらしい。


「イディーって、なんです?」

 リリーナが問いかけるも、唐突にアシルが叫んだ。


「こいつだ!」

「え?」

「なんですか、アシルさん?」

 双子が声を掛けると、

「笑ってた男……あの時、あの場にいた!」

 指をさされたマフィティスがフンッと鼻を鳴らす。

「ああ、あの時の。置き去りにしてやったのに、しぶとく生きていたのか。で、雪辱を果たしにきたってか?」

 楽しそうに、笑う。


「笑っていられるのも今のうちだ!」

 シュリが一歩前に出る。


「中央はまだ諦めてないんだな。お前を送って寄越すとはね。だがお前では力不足なんだよ、イディー!」

「……中央?」

 アシルが反芻する。

 中央、というのは……、

「まさか、レゴールかっ?」


 中央魔導協会本部、通称「レゴール」という組織。世界中から集められた魔導士集団の最高峰である。


「嘘だろ? まさかシュリが……?」

 ブライが顔を引き攣らせる。


「力不足かどうか、相手してもらおうじゃねぇか。マフィティス!」

 言うが早いか、地を蹴り、飛ぶ。


至高しこう業火ごうか!』

 手をかざすと同時に、真っ赤な炎が放たれる。マフィティスはそれを迎え撃つ。

煽風あおちかぜ!』

 すさまじい風が吹き、炎が一瞬で消し飛ぶ。


「……おいおいおいおい、あいつ、魔導士だったのかよぉっ?」

 ブライが頭を抱えた。

「吟遊詩人は……嘘、か」

 アシルがそう、口にする。

(いや、違う)

 魔導士の最高峰レゴールの魔導士が、わざわざ吟遊詩人というスキルを学び、手に入れた、と言った方がいい。自らの力を増幅させるため? それとも別の理由があるのか?


「お前の力でこの私に敵うと思っているのかイディー! お前は私の弟子だぞ? お前の戦い方などお見通しだ!」

「なんで中央を裏切るような真似をしたんだ、マフィティス!」

「は、ん。何を今更。私はな、中央の古臭い考え方に嫌気がさしたのさ。裏で国を動かしながら面白おかしく暮らす道を選んだのさっ。ドラゴン騒ぎをでっち上げ、中央の名を持ち出して近衛師団を向かわせた。おかしいよなぁ、中央って口にするだけでなんでも話が通るんだぜ?」


「そうやって自作自演でドラゴンを放ったと? アルゴンに仕向けたのは、どっかの小国と手でも組んだからか?」

「察しがいいな。ああ、そうだ。アルゴンの戦力を奪うことが目的だ。近衛師団を仕留め、民間のギルドを殲滅し、ごろつきまでいなくなればもうアルゴンには何も残るまい?」

「弱ったところを叩こうってか。舐められたもんだな。アルゴンだって一国家だぞ?」


「その一国家がどうなっている? なす術もなく、打つ手もなく、このざまだ」

 勝利の雄叫びを上げるかの如く、マフィティスが両手を広げる。

「案ずるな。お前たちも全員纏めてあの世へ送ってやる!」

 そういうと、両手を向け、言った。


『逆上の舞!』


 見えない刃が、その場にいた全員に降り注いだ。


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