第46話
炎と影の激突が戦場を埋め尽くす中、涼はその場から動けずにいた。目の前の光景―――イリの盾が炎の刃を受け止めた瞬間に吹き荒れた爆風―――その全てが現実感を失い、まるで夢の中にいるようだった。
しかし、その混乱の中で涼の心は確かに揺れていた。
「……俺は、何をしているんだ?」
ミカの背中越しに見える敵、その強大な力を前にして、自分がただの足手まといであることを痛感していた。恐怖と無力感が心を蝕む。だが、それ以上に彼を縛り付けるのは、怒りだった。
「ただ見ているだけなんて……できる訳ないだろう!」
雷鳴が轟き、戦場を覆う空が裂ける。重苦しい熱気が押し寄せる中、涼の中で何かが弾けた。
「りっくん?」
ミカの声が耳元で響くが、涼にはもはや届かなかった。彼の目の前には、敵の姿すら見えていない。代わりに視界を埋め尽くすのは、自らの心の奥底で渦巻く感情の奔流だった。
身体が燃えるように熱い。しかし、それは炎ではない。冷たい風の流れだ。
「…あれは……!」
イリが驚愕するのも無理はなかった。涼の周囲に突如として現れたのは、揺れる冷気の刃だった。黒く歪んだ盾が裂け、炎が弾け飛ぶと同時に、涼の足元に渦巻く冷たい風が戦場全体に広がり始める。
その風はただ冷たいだけではなかった―――それは鋭さを伴い、触れるものすべてを断ち切る力を秘めていた。
「何だ、その力は……?」
イリの声は届かない。涼は静かに顔を上げ、敵に向き直る。その瞳は、かつての彼の優しさや迷いを失い、冷たい光を放っていた。
そして、戦いが開始された。
敵が冷気を感じ、警戒する様子を見せた瞬間―――涼が動いた。
「もう、邪魔はさせない……!」
彼の一言と共に、影の刃が敵を狙って放たれる。その刃はまるで命を持つかのように風を纏い、敵の攻撃を全て無効化しながら迫った。
イリですら、それを目で追うことができなかった。ただ、涼が人知を超えた存在へと変貌しつつあることを理解するだけだった。
「涼、やめろ! その力を使いすぎると……!」
タールの声はもはや遠く、無意味だった。自分の中に広がる力―――冷たく鋭い、けれど無限の可能性を感じさせるその感覚に飲み込まれていく。
「全てを断ち切るために……」
涼の声と共に、漆黒の刃が戦場全体を覆った。その瞬間、ミカの放った炎の刃も、黒い盾も、全てが凍てつき、砕け散る音が響いた。
しかし、その時だった。
「りっくん……!」
ミカが叫んだ。涼の周囲に現れた漆黒の刃が彼自身をも覆い始めていた。まるでその力が涼の意志を越え、暴走し始めているかのようだった。
「止まらない……?」
涼自身も、それを理解していた。力を解き放つたびに、自分の身体が冷たく凍りついていく感覚。それでも止めることができなかった。全てを終わらせる―――その一心で動き続けていた。
「絶対に終わらせてやる!」
涼が地面を蹴り、イリへと向かう。だが、力が思うように制御できず、彼女を拒むかのようにあらぬ方向へ。
「くそ……!」
涼の暴走は止まらない。彼の周囲に渦巻く闘気がさらに広がり、ついには戦場全体を飲み込もうとしていた。
その時、涼の中に声が響いた。
「代償を支払え……」
それは力が持つ、本来の主からの囁きだった。力を使う者には、必ずその代償を支払わせる―――その声に逆らう術はない。
「くそ…守るためなら……」
涼の意識が薄れ始める中、ある女性の声が再び聞こえた。
「涼ちゃん! あなたがそんなことを望んでいるはずない!」
その言葉は、大切な誰か。幼い頃から聞き馴染んだ大切な女性。一瞬だけ気持ちが揺らいだ。涼は、自らの心の中にもう一度問いかける。
「本当に、俺が望んでいるのは―――」
「ごめんね、それは選別だよ。もう時間がないみたいだから」という田中から受け取った力。影の力が全てを覆い尽くそうとした瞬間、涼はその手を静かに下ろした。
「わからない、俺は…守りたいだけなんだ……!」
その一言と共に、影の力が全て霧散した。力は暴走を止め、涼はその場に膝をついた。
「佐川 涼……!」
隆が遠くで見つめる。涼は高らかに雄叫びを上げる。
「今度こそ、必ず君を」
涼の声がかすれる。彼の身体は既に影の侵食によって限界を迎えていた。そんなことは知らん。怪しく光る影が涼に纏わりつく。
「守ってみせる!!」
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