第36話

 タールは影牢を使い、隅田川の公園ベンチの周囲に結界を貼った。


「さぁ、今日も鍛錬を開始する」


「さぁ、どーんと来い」


「その前に、前回お前はグーンを倒したのだ。ニーグリの世界へ行けばグーンの力も使えるだろう。その使い方は俺もよく知らん」


「そうか、わかった」


「今日はスタミナをつける鍛錬だ」


 タールは相変わらずの態度で、前回の鍛錬よりも丁寧に教えてくれているような気がした。「いや、前言撤回」タールの鍛錬は肉体の限界ギリギリのスポ根練習だ。気を抜けば矢で撃ち抜かれるし、油断できない。


「今日はここまでだ」


「はぁ、はぁ、いつもありがとうな」


「佐川よ……」


「なんだ?タール」


「いや、何でもない……」


 涼はタールとの鍛錬が終わり、家に帰った。家に帰ると、佐川家の家族が全員集合していた。

 3人とも既に着席していた。涼の目線左から父親である佐川 源二郎さがわげんじろう。消防士。筋肉質。少し髪の毛が薄いのを気にしているようだ。

 その隣には、母親である佐川英美子さがわえみこ。ナース。少し痩せ型。

 そして、涼の隣は妹の花鈴が座っていた。


「父さん、珍しいな。今日は家族全員集合だね」


「そうだぞ、今日はお前の大好きな焼肉だ」


「今日は特売だったのよ、さぁ早く食べましょう」


「お兄いらないなら、私食べようか」


 久々の家族団欒だ。涼は少し心が満たされたような気がした。

 

「父さん、母さんあのさ」


 そのとき、目の前にタールの霊魂が現れた。

 

「佐川よ、そろそろ私も限界なのだが」


「限界ってなんだよ」


「お前はいつまで、こんな荒れ果てた場所にいるのだ。早くニーグリへ帰るべきだと思う」


「帰るって何だよ。俺に取ってここが現実だ。父さん、母さん、花鈴がいる。そして、ここに恵が入れば全て元通りだ」


「佐川落ちつけ。落ちついて、目を閉じ深呼吸をしろ」


「目を閉じるって、何を言ってるんだ。久々に家族が全員揃っているんだ、邪魔しないでくれるか」


「いいから……従ってくれ」


「何なんだよ、わかった」


 涼はタールの言われた通り、目を閉じた。そのとき、タールの霊魂の光がいっそう強くなった。


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「タール何をした」


「いいから、ゆっくり目を開けてみろ」


 涼はゆっくり目を開けた。自身がボロボロのテーブルとイスに座っているのに違和感を感じた。次に床を見た。床には赤い血痕だったのだろうか、黒いシミのようになっていた。窓は破損し風は吹きざらし。外は荒れた荒野。破壊の限りを尽くされた廃墟の家やビル。残った草木は生い茂りまるでジャングルのようだ。


「何なんだよ、これはどうなっているんだ。タール、これはニーグリの中なのか」


「いい加減、現実を見ろ。ここは終わった異空間だ。さぁ早く、ニーグリ現実へ行こう」


「現実……? ハハハ、何を言っているんだ。だってここが現実だろう。身を任せれば救われる……いや、これは何なんだよー、だって救われるって……え……俺はいったい何をしたんだ」


 涼は夢の一部を思い出した。

 

「……身を任せれば、オレハスクワレルノカ」


「あぁ、救われるとも。ほら目を閉じてごらん。次に目を開けたとき、晴れて君は夢の世界へいくのだから」

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