第26話

「体で覚える?」

 

「霊魂の状態で何を教えるんだと思った」そのときだった。右頬に何か掠めた。物凄い勢いで、何が飛んできたのか視認できなかった。後方の影牢に何かの物体が接触し、パカーンっと鈍い音が鳴る。


「小僧には、これを避けてもらう」

 

「避ける? ってうわぁぁ」


 無数の影の矢が佐川目掛けて、飛んでくる。タールの霊魂後方から無数の矢が発射されている。発射台は丸みがありなんだか、バズーカのようだ。涼の体にグサグサと矢が刺さる。しかし、痛みは感じない。「なんだ現実じゃないのか」と安堵した矢先。


「それ何本も受けると現実の世界で死ぬからな。頑張って避けろよ」


「おいおい、ふざけるなよ。こんなところで死んでたまるか」


 目で矢を追うが、数が多過ぎて全体を把握することができない。頭では理解しても体が思うように動かず判断処理が遅い。


「目で追いかけるな、中心の1点を見ろ」


「…(1点を見るたって、矢がこう多いと避けるので精一杯だ……。まてよ、本の速読と似てるな。画面中央を捉えて、視野を広くする。文章の端はざっくり認識する)」

 

「無数と思える矢も一塊と捉えれば」ってすぐには上手くいかない。「矢の避け方を学ぶことが力の使い方なのか? そもそもこの修練は何を会得すればよいのか」考えを巡らせても答えがでない。


「どうすればいいんだ、タール」

 

「知らん、説明はしない。今のお前では1つ覚えるのが限界だろう。こいつで覚えられんようなら、グーンにやられるだけだ。諦めて自分の出来の悪さを呪うんだな、あーん、小僧。」


「いちいち癇に障る奴だ」今は奴のヒントである〝中心の1点を見ろ〝の意味を考えることが優先だ。


「矢の中心には何が見える?」


 涼は避けるのを止めて、その場に留まった。矢が複数本刺さるが、そんなことは気にする素振りを見せない。タールの霊魂も黙って涼を見ていた。


「…(矢の中心には、影の隙間が見える。それは渦を巻くかのように。集中、集中。影の隙間にその渦が吸い込まれていく感覚だ)」

 

「今だ、小僧。左手を前に出せ!」

 

 涼は左手を前に出すと、影が無数の刃となり全ての弓矢を撃ち落とした。

 

「その感覚だ、忘れるなよ。今の技は影舞かげまいという技だ。」


「影舞。ってこんな技俺と戦ったとき使ってなかったじゃないか、どういうことだ」


「……」


「おい、タール」


「うるさい、説明する必要はない。もう教えることは教えたし、授業は終わりだ。影牢は解くからな」


 目の前は光に包まれ、涼は目を閉じた。目を醒ますと、元の隅田川のベンチに座っていた。体の怪我もなく、健康体だ。「さっきのは嘘だった」のかとタールを疑った。目の前のタールの霊魂は今にも消えそうになっている。


「この世界では、こんなもんか。俺は一足先にニーグリへ行く。先程の技をどうするかはお前次第だ」


 その言葉を残して、タールの霊魂は姿を消した。


「さぁ、家に帰るか。今度こそ、逃げずに決着をつけてやる」

 

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