第35話 まだ死んでない

「文化祭にやりたい企画、何かある人ー!」


 文化祭実行委員の女子が、教壇に手を置いて元気いっぱいで2年2組全員に聞いてくる。

 ポツポツと案が出る中、俺は大人しくしていた。


 陰キャにとって面倒なイベントランキングぶっち切りNo.1 文化祭。

 祭りと名のつくものは大体が苦手だけど文化祭は特に苦手だ。体育祭は、まだ競い合うことへのモチベーションを少しは出せるのだが、文化祭はなんというか‥‥‥『青春』というタイトルの趣味に合わない映画を無理やり観せられているような苦しさがある。

 知らない役者が、長いだけでつまらない台本を元に演技しているような薄寒さを感じてしまう。


「演劇! 演劇が良いんじゃない!?」

「良いんじゃない?」

「楽しそー! さんせーい!」


 いつの間にか会議が進んでいる。

 演劇か。

 大変そうなイメージがあるが、準備期間に裏方仕事をそれなりにしていれば、本番は割と楽かもしれない。

 会議はその後もスムーズに進み、演劇部員の唐澤さんが脚本を書くところまで決まった。


「期待しててね! すんごい傑作書いちゃうから!」


 おぉぉぉぉぉ! と湧くクラスメイト達は楽しそうだ。

 何故、俺は一緒にはしゃぐことができないのだろう。

 正しい青春を送る彼らに、少しだけ嫉妬してしまった。

\



<1瞬間後の土曜日空いてる? ウチの学校の文化祭があるんだけど、ちょっと遊びにこないか?>

<オッスー。来週の土曜日空いてるか? 若林は苦手だろうけど、アタシ文化祭でバンドやるんだよ。それだけでも観にこない?>


 同じタイミングで、同じ日程を指定したLINEを末永と木崎からもらった。


 これは、もしかしなくても‥‥‥。


<お疲れさん。質問なんだけどさ、末永の学校に木崎レナってギャルいる?>


 僅差の差で先に連絡をくれた末永に確認をとってみる。


<え? なんで知ってんの? ウチの高校の1番華やかなグリープの女子だよ>


 ‥‥‥ふむ。

 味方が2人いるのか。


<分かった。行く>

\



 末永と木崎の火曜川井高校は、偏差値が良くも悪くもない普通の学校だ。しかし、校長が少し有名だったりする。


 安藤昌哉校長。


 校長なのに集会での話が短いことや、生徒がトラブルに巻き込まれた際に見せた腕っぷしの強さによって、情弱である俺ですら知っている有名人になっている。

 その校長と、少しだけお話することができた。


「どうかされましたか?」


 2人と合流しようと校内を彷徨き回った結果、完全に迷った哀れな外部の生徒に、安藤校長は丁寧に声をかけてくれた。

 さすがに顔までは知らなかったのだが、不思議なものですぐに安藤校長はだと分かった。月並みな表現だが、オーラが違ったのだ。


「あ。えっと、旧校舎の天文部に行きたいんですけど、迷ってしまいまして」

「あぁ。あの辺りは迷いやすいですからね。案内しますよ」

「えっ」


 てっきり、行き方を教えてくれるものだと思っていたものだがら、ギョッとしてしまう。


「こちらです」

「は、はい」


 天文部の部室まで、安藤校長は雑談などは仕掛けてこなかった。俺も口下手なので沈黙状態が続く。しかし、その時間は案外心地よく、気まずくは感じなかった。


「着きました」

「あ、ありがとうございます」

「いえ。我が校の文化祭、楽しんで頂ければ幸いです。それでは」


 驚いくことに頭を下げられる。

 慌てて、俺もお辞儀をする。

 最後に俺の目をじっと見てから去っていった。


「‥‥‥」


 格好いい。

 今までの人生で姉さんと若月さん以外に抱いたことのない感情を抱いている自分に気づき、俺の感情はまだ死んでいないのだと思うことができた。

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