第2話:プリントのステップに従った結果。




【ステップ2 ── テイム出来る魔物に出会ったら、仲良くなろう!】


 ちらりとテンションのバカ高いプリントを見る。

 黒ヒョウを見る。

 プリントを見る。

 俺の弁当をガツガツと食べている黒ヒョウを、見る。


 さっき目の前に現れた三メートルほどの黒ヒョウは、一瞬にして消えたかと思ったら、俺の後ろ側に回り込んでいた。

 もう駄目だ、冒険者一日目にして天に召される! そう思った。が、そうはならなかった。


 黒ヒョウはスンスンと鼻を鳴らし、必死に俺のリュックの匂いを嗅いでいた。


「クゥゥン」


 さっきまでの吠えるような鳴き声から一転、今度は甘えるような鳴き声を出している。

 後ろからリュックをドスドスと鼻で押してくるものだから、俺は前につんのりめり、最後には盛大に転けてしまった。


「グキュゥゥゥゥ」


 なんとなくは解った。

 腹が減っていて、俺のリュックの中の弁当を欲しがっているのだろう。

 これを与えれば、もしかしたら俺は見逃してもらえるかもしれない。……という淡い期待のもとに、黒ヒョウに弁当を差し出したのだった。




【ステップ3 ── 魔物と仲良くなったら、さっそくテイムだ!】


 テンションアゲアゲのプリントを破り捨てたくなった。

 うるさいよ! 俺の身になってくれよ! と。

 このままそうっと逃げたい。

 だけど、このでっかい黒ヒョウを奇跡的にテイム出来たら、めっちゃくちゃ凄くないかな? と、心の中の悪魔がへっぴり腰で囁いて来る。


「クルルル……」


 黒ヒョウは満足そうに前足をテシテシと舐めて毛づくろいをしている。かなり気を緩めているように見え……なくもない。

 もしかしてもしかするとイケるんじゃないだろうか?

 【ステップ3】に書いてある説明通りに文言を読み上げる。


「えっと、我と契約を結び、我が命に従え、魔の力は我が為に! フェローシップ オブ ……えっと、魔獣だから、ビースト! で、手から魔力を放出して、魔獣に首輪をはめるような感覚で、テイムする…………因みに、セリフはパーティーメンバーたちに馬鹿にされないように、カッコイイ感じで決めよう!(注意:本当は無言でも出来るよ☆)…………って、なんじゃそりゃぁぁぁぁ!」


 テンションバカ高のイラッとするプリントは、ぐしゃぐしゃに丸めて地面に叩き付けた。

 イライラの勢いのままに、黒ヒョウの首に向けて魔力を放出。

 黒ヒョウが毛づくろい中だったため、伸ばしていた魔力が首元で動いていた右手首にシュルリと巻き付いてしまった。


「…………え」

「グガァ?」


 黒ヒョウが自分の右手首を不思議そうに見て、ちらりと俺を見た。そしてまた、自分の手首を見ている。そして、なぜか毛づくろいを再開した。


「えぇ?」

 

 成功したのかしていないのか。訳が解らない。取り敢えずポケットからギルドカードを取り出して魔力を流してみた。こうすることでレベルアップしたなどの確認が取れるようになっている。

 カードには新しい項目が。


【従魔:S級 ダークネスレオパルド オス 1歳 名無し】


「えす、きゅう……おまっ、S級なの!? てか、なんでテイムされてるんだよっ!」


 黒ヒョウに向かってそう叫んだが、張本人(?)はテチテチと前足を舐めてはクシクシと頭をかいてグルーミングをしているだけだった。


 無意識のうちになのか、ふと気付いたら黒ヒョウにかなり近づいてしまっていた。

 少し距離を取ろうと思ってソロリと後退りをしていると、黒ヒョウがピタリとグルーミングをやめてしまった。

 金色の瞳で俺をジッと見つめている。

 ザクッ、ザクッ、と俺の落ち葉や小枝を踏む音が辺りに響き渡る。

 そういえば、この山は小動物が全くいなかった。この黒ヒョウが食べ尽くしたんだろうか? だけど、鳥や虫の声さえも聞こえないのは何か変だ。

 そんなことを考えつつも、そろりと動いていると、黒ヒョウがとてとてと歩いて俺に近付いて来た。

 俺が止まると、黒ヒョウも止まる。

 俺が動くと、黒ヒョウも動く。


「おまえ、本当に俺の従魔になってるんだよね?」


 ギルドカードに表記されてはいるものの、なんとなく信じられないので聞いてみた。言葉が通じるわけもないのに。

 黒ヒョウはこてんと首を傾げて、あふあふと欠伸をしただけだった。

 試しに黒ヒョウに背中を向けて速歩きをしてみると、黒ヒョウはしっかりと俺のあとを着いてきた。

 ちなみに、黒ヒョウに背を向けるというかなりの勇気を振り絞った為、背中は汗でびしょびしょ、膝はガクガクと震えている。


「ま、マジで、テイム出来てる!?」

「グガゥ」

「うわっ!? 急に吠えるなよ! びっくりしたっ!」

「グァウ?」


 またもやこてんと首を傾げてきた。ちょっとカワイイ。

 カワイイとは思うけど、このあとこの黒ヒョウをどうしたらいいのかも全く解らない。兎にも角にも、講習施設の山小屋に戻る事が先決だよね?


「あれ? ドアから入れるのか?」

「グガゥ……」

「おまえ、三メートルより大きくならないよな? 玄関通らないとか最悪だぞ?」

「グゥゥゥ」


 山小屋の前で黒ヒョウに話しかけると、何だか返事をしているような鳴き方をした。やばい、頭を撫でてやりたくなってきた。

 そうっと手を伸ばすと、俺の手の下に頭を入れて来るもんだから、ついワシワシと撫でてしまった。

 コーデュロイのように滑らかで艷やかかな毛並み、動物特有の温かさ。


「くっ、カワイイ」

「グガウッ!」

「お? 何で怒る……あ、オスか!」

「ガゥゥ」

「カッコイイ、が良かったとか?」

「ガウ!」


 やっぱりカワイイじゃないか!

 いや、本人(?)にはカッコイイと言うけれど。あんまりカワイイって連呼すると噛まれそうな気がするし……。コイツにとっては甘噛みでも、俺はたぶん普通に死ぬ気がする。


「――――っ、なんだ! これはっ!」

「あ――――」


 小屋にいた怠惰な感じのおじさんがドアから飛び出してきた。たぶん、黒ヒョウの鳴き声が聞こえたんだろう。

 おじさんに話しかけようとして、おじさんの名前を知らない事に気付いた。

 なんとなくだけど、おじさんって呼んだら怒られそうな気がする。


「プリントに従ってテイムしてきました!」

「……は?」


 おじさんのぽかんとした顔はかわいくない。イラッとするだけだった。

 貴方が渡してきたプリントに従ったらこうなったんだよ! って叫びたい。


「……は?」


 おじさんの処理能力はゼロになったらしい。何を言っても「は?」しか返って来なかった。




 取り敢えず、山小屋に入って話し合うことになった。

 ちなみに、黒ヒョウはギュムギュム押したら入れたのでホッとした。家の玄関は壊さずに済みそう。

 黒ヒョウは小屋の中をぐるりと見回って、俺の座るイスの横にスッと伏せて、目を瞑って眠り始めた。尻尾はペシンペシンと動いているので本当に眠る訳では無いようだった。


「本当に従魔になってるな……」


 おじさんにギルドカードを見せると、表裏上下左右斜めと様々な方向から確認された。

 どの角度から見ても本物ですよと言いたいけれど、気持ちは解らなくはないので確認作業中は黙っておいた。


「あ? おま、S級ビースト・テイマーなの?」

「はい」

「え? どうやってレベル上げしたんだよ! テイマーLv.10でカンストしでんぞ!」


 レベル上げと言われても、今日登録したばかりだからレベルは1のはずなんだけども。


「てか、お前自身はレベル68じゃねぇか!」

「…………はいぃぃぃぃ?」


 意味が解らない。

 全くもって解らない。

 状況を考えるに、黒ヒョウをテイムした瞬間にレベルが爆上がりしたんだと思う。たぶん。


「級指定のテイマーはハズレ職業じゃなかったのか?」

「……俺もそう思ってたんですけど」

「今のS級冒険者のトップランカー、ファウストだろ? あいつレベル71だぞ……数時間で肉迫してんぞお前っ!」


 夢だったS級冒険者に肉迫。たった二時間で。


「……ゲロ、吐きそう」

「ここで吐くなよ!?」

「ウグッ……」


 ……トイレで吐いてきた。

 部屋に戻ると、おじさんはテーブルに肘をついて頭を抱えていた。


「マジで意味が解らねぇ。お前のHP30なんだけどぉ」

「え?」


 黒ヒョウのことばかりが気になっていて、ちゃんと見ていなかったギルドカードを確認した。




【クリストフ・マイスナー(16)】

 ランク: F

 L v:68

 H P:30

 M P:42

 攻撃力:17

 防御力:36

 ジョブ:S級ビースト・テイマーLv.10

 従 魔:S級 ダークネスレオパルド オス 名無し

 



 ステータスがちょっと上がっていた。


「何でちょろっと嬉しそうな顔してんだよ」

「だって俺、特に何もしてないのに……」

「いや、レベルの上がり幅から考えろよ! そもそも、HP30って……お前、レベル10のヤツの軽い攻撃だけでもすぐ死ぬぞ⁉」

「あ――――」


 どうしたらいいんだろうかと悩みかけた瞬間、どふりと両肩と頭が重くなった。おじさんいわく、黒ヒョウが後ろからのしかかって来ているらしい。物凄く重い。


「グガァウ、ガウグアウ」

「なんて?」

「解りませんよ」

「まぁ、そうだよな……。あれか、お前が護るって言いたいのか?」

「グアァァウ!」


 まじか。

 黒ヒョウが護ってくれるらしい。そもそも何でこんなに懐いてるんだろうか?

 よくよく考えると、出会ったときから妙な状況だった。

 なんで襲われなかったんだろう。

 弁当よりも俺のほうが腹に溜まると思うんだけど。


「それはテイマーの特徴だな。魔獣に警戒心を抱かせない体質、みたいなもんだ」

「体質、なんですか」


 なんだその体質は…………。

 まぁ、なんかラッキーだったけど。

 



 色々とあったけれど、ひとまず家に帰ることになった。


 講習小屋にいたおじさんに、明日から従魔との付き合い方や戦い方を教わる約束をした。

 パーティーはどこかに加入するよりも、自分で作っていくほうが安全だと言われてしまった。


「仲間、パーティーかぁ。特訓も、頑張ろうな!」

「グァ!」

「一先ず、お前の名前、決めなきゃなぁ」

「グアァウ!」


 ギルドにランクアップの申請は、保身などのため一週間以降にすることにした。

 ランクは、レベルと実績を加味して審査される。

 現在登録一日目のFランクである俺。

 おじさんいわく、間違いなくBランク以上にはなるはずだ、と言われた。

 間違いなく騒ぎになるから、その前に知識を詰め込むぞ、と真剣な顔で言われたので、うなずくしかなかったっていうのもある。




 家に連れ帰ると、母さんは大歓迎だった。

 猫科好きだったから。

 ……猫、って判断でいいの?

 母さん、雑すぎない?




「ポチ」

「グガァァ!」

「タマ」

「グガァァ!」

「クロ」

「グーガァァァ!」


 パッと思いついた名前は、尽く却下された。

 真夜中になっても決まらない。


「ん………………ムスタファ」


 うつらうつらと船を漕ぎながら、ぽろりと零れ出た名前。


「ガウッ!ガウッッッ!」

「うわっ! もお! 頭突きするなって!」


 この数時間で覚えた。

 コイツ――ムスタファは、嬉しいと頭突きしてくる。

 …………うん、猫科だな。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




▶▷ステータス推移◁◀


【クリストフ・マイスナー(16)】

 ランク: F

 L v:68(↑67)

 H P:30(↑10)

 M P:42(↑11)

 攻撃力:17(↑12)

 防御力:36(↑20)

 ジョブ:S級ビースト・テイマーLv.10(↑9)

 従 魔:S級 ダークネスレオパルド オス 名無し(new)



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