不遇オブ不遇のビーストテイマー、S級魔獣を手懐ける。

笛路

第1話:夢が散った瞬間。

 



 俺は『S級冒険者になる』という大きな夢を叶えるための一歩を大きく踏み出した――――が、ギルドでジョブ確定機に手を翳した瞬間、俺の人生は詰んだ。

 まだ数歩しか歩いていないのに。物理的に。




 年齢制限のせいで建物にさえ入れなかった冒険者ギルド。

 やっと、十六歳になった。

 やっと、建物に入れるようになった。

 小綺麗で動きやすい服を着て、茶色の髪の毛はちょっと整えた。

 ドアから受付カウンターまで五歩。

 登録証に諸々の情報を記入して、ギルドカードを発行してもらう所までは、順調だったんだ。


 このときもらうギルドカードは、まだ何も登録されておらず、まっさらな状態。

 ジョブ確定機にギルドカードを設置し、右手を翳して魔力を流し込む。

 この瞬間で冒険者生命の全てが決まると言っても過言じゃないんだ。

 幼い頃からの夢が今、ついに――――!


 カードがパァァァと眩く光り、浮かび上がるジョブ名。


【S級ビースト・テイマーLv.1】


 S級のビーストテイマーじゃなくて、S級ビーストのテイマー。


「あーーーー、がんばって?」


 受付のお姉さんが何ともいえない残念そうな顔をして、ギルドカードをそっと返却してきた。

 剣士、タンク、魔道士、ヒーラー……色々とある冒険者の職業の中で、俺はビーストテイマーという不遇の職業に決まった。


 なぜビーストテイマーが不遇職かというと、地上にいた強い魔獣は随分と昔に狩り尽くされてしまったから。

 地上に残っているのは、小型〜中型の野生動物、それと大差のない低ランクの魔獣と、ほんの一握りの超絶レアな魔獣と、人前に姿を表すことのないフェアリー系の魔獣くらいだからだ。


 野生の肉食獣は一応テイムできるらしいけれど、魔力をほとんど持たないので、服從させるのがとても難しいらしい。


 ダンジョン内には魔獣が大量にいるけれど、ダンジョン内の魔獣はテイム出来ないシステムになっている。

 どういったシステムなのかは、よく分からない。でも、誰に聞いても、『そういうシステムだ』と言われる。

 そして、魔獣はダンジョンからは、絶対に出てこない。ダンジョン内で死んでも一定時間後に再生される。

 つまりは、ビーストテイマーはテイムしたとしても、その従魔は弱すぎてダンジョン内での戦闘に参加できないのだ。


 これがビーストテイマーが役立たずと、不遇職と言われてしまう所以。


 


【クリストフ・マイスナー(16)】

 ランク: F

 L v: 1

 H P:20

 M P:31

 攻撃力: 5

 防御力:16

 ジョブ:S級ビースト・テイマーLv.1




 冒険者の職業は、本人の基礎値から振り分けられる。なので、ある程度は予想が付く。魔力値が高いとか、剣術が妙に上手いとか。

 俺は剣術が得意だった。激的に凄いわけではないが。なのに――――。


「……テイマー」


 ギルドカードのステータス面を見つめながらボソリと呟くと、受付のお姉さんが眉を八の字にして、ペラリと紙を渡してきた。


「ここでテイマーの講習を受けられるから…………がんばって、ね?」

「……はい。ありがとうございます」




 職業が決まったら、それぞれの講習を受けて、ある程度の知識を詰め込む。

 講師は退職した元冒険者だったり、有志の冒険者だったりと色々らしい。

 ビーストテイマーの講習場所は、半日歩いた先にある低めの山の中腹の何かよくわからない施設で、物凄くザックリとした地図が書いてあるだけだった。


 俺の後に登録した人は、剣士だった。

 なんと、今月は特別にA級の冒険者が講師を務めてくれているんですよ! とかなんとか受付のおねえさんが興奮気味に話していたのが聞こえた。

 しかも、講習はここギルドの裏手にある訓練場。


 扱いの差が凄いのは気のせいじゃないよね?

 不遇職ってここまで、不遇なんだ?


 しょんぼりとしながら冒険者ギルドを出て、講習施設へ向かう。

 足取りがギルドに入る時とは全く違うのは、そっとしておいてほしい。


 訓練施設のある山は、魔獣も肉食の野生動物もほとんどいないと言われていて、近隣の御老体たちの健康維持のための登山用の山だと認識されている。

 一体そこでどんな講習を受けられるんだろう?




「失礼します!」


 講習場所に指定されていた施設――山小屋?の玄関を開けて挨拶をした。

 兎にも角にも挨拶は大切だから。


「あぁ?」


 扉を開けてすぐさまドスの効いた声で返事をされた。焦げ茶色でボサボサ頭と無精髭のおじさんに。

 しかも、イスを斜め後ろに傾けて、ダイニングテーブルに靴を履いたままの足を乗せている。


「きょ、今日から冒険者になりました。クリストフと申します。えっと、テイマーの研修にきました」


 琥珀色の瞳にギラリと睨まれたせいで、徐々に尻すぼみになりながらも、どうにか言葉を発した。


 おじさんはとても面倒くさそうだといった雰囲気で、頭を搔き回しながら立ち上がると、ぺらりと一枚のプリントを突き出してきた。

 ……また、プリント。


【とっても簡単! ビーストテイマーになるための3ステップ!】


「……」

「なんだ? 何か文句あるか?」

「いえ……ありません」


 渡されたプリントには可愛らしくデフォルメされた動物などが沢山描いてあった。女子ウケ間違いなさそうなプリントだ。

 おじさんとの対比がすごい。

 これを描いたのがこのおじさんだと言われたら、俺はここで気絶できるかもしれない……なんて考えていたら、首根っこをガシッと掴まれた。


「へ?」

「じゃ、がんばってこい」


 小屋の外にポイッと投げ捨てられた。

 え、もしかして、プリント一枚渡して終わりなの!?


「え、えぇぇぇ!?」




 手渡された可愛らしいプリントを見ながら、山を登る。登ると言っても綺麗に手入れされた自然歩道、散策コースみたいな道だけど。

 

【ステップ1 ── まずはテイムできる魔物がいる場所まで行こう!】


 プリントにそう書いてあり、物凄く簡易の地図も描いてあった。

 登山道?から少し横道にズレた林の中に大きな矢印と『オススメ♡』という文字。

 たぶん、ここであっているはず。

 そんなオススメされた場所で辺りを見回すが何もない。驚くほどに、何もない。

 人もいなけりゃ、小動物もいない。虫さえもいない。


 もう少し奥の方かもしれないと考えて、十五分程ゆっくりと歩み進めたけれど、やっぱり何もない。

 ここまで何もないのは可怪しいんじゃないか? と思い至った時には全てが遅すぎた。


「っ!?」


 シュタッと小さな着地音を立てて、目の前に巨大で真っ黒な塊が舞い降りてきていた。


「グァオ、グァオグァオグァオ」


 まず見えたのは、金色に輝く瞳。

 そして、靭やかに動く長い尻尾。

 引き締まった体躯は今にも飛びかかってきそうな体勢だ。

 尖った牙の隙間から垂れる涎から目が離せない。


 ――――俺、死んだな。


 俺の目の前には、巨大な黒ヒョウが立ち塞がっていた。



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