第3話 惚れているのに呷った惚れ薬
「フェリシア!? 急に何を……!?」
下を向いてぎゅっと目を瞑る。惚れ薬激マズい~っっ。
「マックス様、実は私はずっとずっとずーっとあなたが好きだったんです」
「な、に?」
「でもあなたは私を大嫌い。いつも嫌そうに仏頂面で、私にだけ冷たくて……私はあなたに何かした覚えはないんですけどね。でも好き嫌いは生理的なものでもありますし、私をどうしても嫌いなのは仕方がないです。う、げふっ、頑張ってそう割り切りました、おえっ」
「だ、大丈夫かフェリシア……? おい店主、解毒薬は?」
「毒じゃないですから、そんなものはないですよ~」
「使えない」
「はー? お客様ちょっとその言い方はないですよ。その方はラベルの味の説明書きも読まないうちにご自分で飲まれたのですし、当店の責任でもありません」
解毒薬? そんなのあったとしても私は飲まないわ。
「店主さんの言う通りです。激マズなのをきちんと読まなかった私の自己責任です。大体にしてマックス様、私はあなたのそんな突き放したような接し方にいつも傷付いてました。ムカついてました。最後まで、しかもこんな街中でまで私にキツイ当たりをしてきて、ホント酷い」
強く拳を握って顎を上げる。
しかとマックスと目を合わせる。
「いたっ!」
その瞬間、惚れ薬も曲がりなりにも魔法薬だからか、魔法の条件が完成したんだろう。両目に痛みが走った。
「フェリシア!? な、何だこれは、瞳にハートマークが浮かんでいるが!?」
「ハート?」
「ああそれはですねえ、光彩にハートが浮かぶ間は惚れ薬の効果が発動中なんですよ。効果がなくなれば自然と消えます。わかりやすくそう作ってみました。惚れた相手を見つめる間だけしか浮かばないので周りから不審に思われる頻度も少ないかと」
店主はからからと笑ってそんな説明をくれる。
「じゃあ今はちゃんと発動中なんですね。ふふっこれでマックス様は大嫌いな私から盲目的にしつこく追い回されるようになるでしょう。大迷惑を被ってざまあみろです。折角婚約解消できるのに、残念でした! 私はこの先もあなたに執拗に関わってやりますよーだ! 嫌なら投獄でもしてどうぞ!」
威勢良く啖呵を切ってみたものの、薬の不味さのせいか頭がくらくらしてきた。
息が上がる。口内から胃にかけてが不快だ。涙が滲む……のは激高のせいかもしれないけど。
見上げる彼の顔がぼやけた。
一人では立っていられなくて縋るようにマックスに寄り掛かってしまった。彼が嫌がると、まだ正気が残っていて咄嗟に突き放そうとしたけど、逆に背に腕を回され支えられた。意外にも。
「フェリシア、吐け! おそらく体質に合わなかったんだろう。おい店主水を持ってこい!」
「はいはい、全く人使いの荒い顧客ですねえ」
文句を垂れつつ店の奥に行った店主はすぐにコップに冷水を持ってきてくれた。
お礼を言って飲んだら少し楽になった。
「遠慮しないでさっさと吐くんだフェリシア」
私の事なんて放っておけばいいのに、具合の悪い人間を放っておけないこんな所も好き。心配されて心臓が煩いくらいに高鳴っている。
思わず愛しさが込み上げて彼に抱きついていた。
「フェリシア!?」
「好きです、マックス様。ずっとこうしていたいです」
きっと薬の効果に背を押されたのね。いつもだったら絶対にできない大胆な行動ができている。素直になれるとも言うかもしれない。
「フェリシア正気になれ、フェリシア!」
「嫌です! 離れません! 正気です! まだ三日後までは、要は丸々二日のうちは婚約者なんですー! これも特権ですー!」
より一層彼の首に絡ませる腕に力を入れる。胸や体を押し付ける形になるけど、抱き付く行為とはそういうものだ。キュンキュンしながらも、精々猫みたいに毛を逆立てるがいいんだわ、なんて意地悪な気持ちも半分あった。
「はあっ、マックス様大好きです!」
密着しているのだから首に吐息が掛かってしまうのは不可抗力だ。くっ付くなと拒否されて突き放されるかもしれないけど、自棄惚れ薬飲んだ私の積極性をとくと味わうがいいのよ。
「……っ、フェリシア!」
案の定肩を掴まれ勢いよく離された。
「店主、これはどうにかならないのか?」
「なりませんね」
「解毒薬は本当にないのか?」
「はい。毒じゃないですもーん」
「……なら、中和薬は?」
「ああ中和薬、それならお望みなら作れますけど、お時間を頂きますよ。……しかも、お高いですよ~?」
要は言い方の問題で、マックスは「あるんじゃないか」と小さく毒づいていた。
私達からすると些細な違いでも店主にはこだわりとか信念とかそういうものが詰まったアイテムなんだろう。勝手に悪い物のように扱われるのは面白くないんだわ。
「高くても構わない。それを頼む。何なら料金は通常よりも弾むからなるべく早く用意してくれ。正気に戻って彼女が死にたくなったら困るからな」
「……正気に、ねえ」
店主は何故か意味ありげに私と彼を交互に見つめた。
「それなのですけれどねえ」
店主はマックスの耳元に顔を近付けて何事かを囁いたようだった。
「何だって……? 本当に……?」
「はい。これもちゃーんとラベルに表記してありますよ~」
マックスは眉間を険しくする。
一体何を言われたの?
「まあ、効力がなくなるまではパワフルに好き好き迫ってきますから、そこは覚悟しておいた方がいいですよ?」
「ああ、わかった」
ぐっと唇を引き結んだ彼は何やら大きな憂いができたかのよう。
どうしたのかはわからないけど、どんな顔をしていても愛しい人。
彼を見る度に走る酩酊感のような感覚の中、私はむうーと不満に頬を膨らませてまた抱き付こうと体を近付けた。
「私が傍にいるのに他の女の人と喋っちゃ嫌です!」
だけど彼は私が抱き付くのを反射的に阻止した。そりゃそうだ。好きでもない相手からベタベタアイラブユーされても嬉しくなんてないわよね。ほらすごい苦行中みたいな眉間のしわ!
「はあ、道端で倒れられても困るからな。念のため屋敷まで送っていく」
「え? うちに引き返しちゃいますけどいいんですか? だとしても私愛馬と来たんです。どうしましょう? 大事なあの子を誰かに任せるのは嫌です。勝手な言い分ですけど」
「わかるよ、そういう気持ちは」
「そうですか?」
彼は遠い目をしてふと投げやりに微笑んだ。ああ恋は盲目ね、そんな顔にもキュンキュンするわ。
「なら、一緒に乗って行きましょう。あの子は力持ちなので大人二人で乗るくらいは朝飯前ですもの」
「それは……」
「いいでしょう? マックス様?」
断られるのは承知だけど、薬の効果で怖いものなしかつ自棄でもある私は普段やりたかった事を遠慮なくリクエストした。
愛馬だって半分は不純な動機で飼い始めたのよね。いつか彼と遠駆けやあわよくば相乗りしたいがために。駄目なら駄目で自分だけ乗って帰るつもり。
「フェリシアは本当にいいんだな?」
「勿論です」
「わかったよ」
「えっ、本当に? 良かった! それじゃ早速行きましょう!」
果たしてマックスは承諾。毎度~、と店主に手を振られながら店を出た。嬉しくてはしゃぐ私が馬までの案内に手を引いても手を離される気配もなく二人で店の裏手の顧客用厩舎に到着。
前に乗ってもらおうか後ろにしてもらおうか迷っていたら、馬の横に立つ彼からひょいっと抱えられて馬上に乗せられた。横座りでね。びっくりしている間に彼も軽々と自らで乗り上がる。
私が前で彼が後ろって位置で。
え、いいのこれ? こんな至福っっ!
手綱を握るマックスからお腹に腕を回されてキュンキュンが止まらない。落ちないようにと思ってだろう逞しいその片腕にぎゅっと抱き寄せられた……のはたぶん私の過剰な認識だろうけど、しかと支えられている。うふふふついでに項にキスでもしてくれたらいいのに。
「危ないからあんまり動くなよ」
きゃー耳元に声ーっ!
「あら、落ちそうになってもマックス様が捕まえてて下さるんでしょう?」
彼の騎馬術は私の乗馬の腕なんかよりも遥かに上だもの。魔物との戦闘でもよく騎乗しているんだろう彼なら馬上で逆立ちだってお茶の子さいさい、寝ていてもできると思う。
帰路、話しかけても短い返事で終わるから会話らしい会話はなかったけど、彼は腕を緩めなかった。服越しとは言え体の柔らかい所に触れられていて恥ずかしかったけど悔い無しな時間を過ごせた。
途中もう無理だと下馬しなかった彼は婚約期間が正式に終わったらもう茶番に付き合う義理はないと突っぱねる気でいるのかもしれない。それまでの辛抱、と。
だけど、何だか、物理的だけじゃなく気持ち的にもいつになく彼との距離が近い気がした。
体感的にはあっという間に屋敷には着いて、私は名残惜しい気分で馬から降りようとしたんだけど、先に降りたマックスが私を降ろしてくれた。至れり尽くせりね。
「ありがとうございます」
思わずはにかめば「礼には及ばない」と微笑み返された。
…………えっ?
微笑、んだ……微笑みいっ!?
私に向けて!?
「ええと、あの、マックス様? 笑いかけて下さるなんてどうされたんですか? 私としては嬉し過ぎるので大歓迎ですけど」
「君は俺の婚約者なんだから別に変な事はないだろう?」
「ええっ! 全っ然ないです!」
ああん興奮しちゃうっ! でも、どういう風の吹き回しなの?
「フェリシア、安心しろ。中和薬ができるまでの辛抱だから」
あ……、そっか、何だ、ふうん。
彼は嫌々なのね。まあそうよねー。暴れ馬を宥めるのと一緒でとりあえず私に合わせておいて私がへそを曲げて騒がないようにしてるってわけね。
……でも、どうして敢えて私に優しくしてくれる必要があるの?
いつもみたいに冷たくしていたって私の好き好き攻撃がウザいくらいで問題はないと思うんだけど? 彼にこんな振る舞いをするメリットはないはずなのに。
「マックス様って、時々変な人」
思わず首を傾げる私の疑問を察したように、彼は失礼なと怒りもせず彼自身でも同感だと思うのか薄く苦笑を閃かせた。
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