第2話
「変な名前の人もいるもんだなあ」
アナスタシアは新聞を読みながら、女性にしては低い声で呟いた。
辺境の地、裏フウマ村には一月に一度しか届かない新聞。
その中に書かれていた、英雄への感謝を示す記事。
英雄を称える市民の声。
それらにざっと目を通して、紙の束をテーブルへと放り投げる。
「お茶おいしい」
ロッキングチェアに揺られながら暖かい茶を啜る。
アナスタシアにとって実に平穏な時間だ。
数か月前では考えられない。
「わふ」
彼女の傍らで声をあげた真っ白な大型犬もまた同じくだ。
彼は数か月前までアナスタシアと共に旅をしていた。
今は約3年ぶりとなる穏やかな日常なのだ。
少々刺激が足りないという点に目を瞑れば夢のような生活だろう。
「わふ」
そんな彼はアナスタシアに頭を押し付ける。
それは彼女に大切なことを伝えるためだ。
「どうしたの、アシモフさん」
彼女は腰掛けたまま、長い手足を大きく伸ばして背伸びをした。
色気のない簡素な黒の下着姿で欠伸をするアナスタシア。
アシモフと呼ばれる大型犬の行動はあまり気にしていないようだ。
対する純白のもふもふ毛玉は必死に何かを訴えている。
「んん?」
とりあえず撫でてみたが一向に頭突きをやめない愛犬。
よっぽど何かを知らせたいのだろうと、背もたれから体を起こしてみる。
そしてアナスタシアはすぐ隣に視線を送った。
「なにそれ」
毛量の多い秋田犬のようなフォルムと優しそうな瞳。
そんな愛くるしい姿のアシモフの口元には一枚のメモが咥えられていた。
それを受け取り目を通す。
するとアナスタシアの顔がみるみる青ざめていく。
「これ今日じゃん!」
迂闊。穏やか過ぎて日付感覚を失っていた。
そのメモには今日行われる大事な予定が書かれていたのだ。
『城下町ハレでガーリッツ領主と会う』
アナスタシアは大慌てで鎧を身に着けた。
長旅で世話になった黒鉄の鎧。
背の高いアナスタシアの体格が更に一回り大きくなる。
顔が隠れる兜を被り、大剣を背負って準備は完了した。
「行こっか、アシモフさん」
「わふ」
ひとりと一匹は揃って穏やかな日々を後にした。
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