ガラーユ森林


「ここで振り返っておく。我々が解決せねばならないのは、ユニークスキル制御障害者についての問題だ。ユニークスキル【フォームチェンジ】が制御できず、本人の意思に関係なく竜種に変化してしまった少女がいる」

「スキル【フォームチェンジ】の暴走……」


「そして、この森のガラーユ洞窟に発見されたと、報告が今朝あった。次に起きるのは推定三時間後だそうだ。決着は早めに付けなければならん」


スキル【フォームチェンジ】。ユニークスキルの種類の名称。肉体を構築する魔力を変化させ、その姿を変化させるスキルである。その変化の姿は人によって異なり――オーク、ゴブリン、あるいは――伝説のドラゴン竜種であったりと様々。


――そして、そのスキルを制御できなかった少女が、暴走し竜となり、街を荒らしたらしい。……貰った写真からは、決して小さいものでないその街の被害の大きさが伺える。


ジグラットとして街に潜伏していたアキラ・ムラカミは緊急事態としてこれを認定。ジグラットとして、街でその竜と戦闘――その後、ドラゴンに変化した少女は彼から逃げるように飛び去ったそうだが、彼は深傷を負い追跡を断念。


そして私達の宿泊している宿へと足を引きずり血まみれ状態で帰ったという。聞けばなんと、アキラ・ムラカミはその宿を棲家としていたらしい。


私達の出会いは、そんな偶然が重なった様子である。

やはり人生は分からないもの。


つい一週間前は私、ぼろとはいえ――貴族として屋敷にいたのに。こんな調子なら、来週までに何が起こるだろうか、空から槍でも降るかもしれない……


「スキルでしょ?――それが制御できなくて暴走。なんて、こと……信じられないんだけれど」

「我々も信じられないが、実際起きたのだから仕方がない。ともかく解決しなければならないことには変わりはないさ。そして私は幸運にも……」


「こっちを見ないで下さいほんと……私が立てた作戦、実際博打みたいなものですよ……?」

「そうね。正気じゃないと思うわよ、こんな金かけてさ。成功率なんて1%もないかも」


アーちゃん程、そこまでは言ってないけれど、まあ確かに、とは私も思う。


スキルとは、行使する際自分が制御できるもの。

それが当たり前である。スキルの暴走というのがそもそも前代未聞。異常極まる現象とも言っていい。


その現象の詳細すら無い状態で、私達はその異常に立ち向かおうとしている。


だが、その少女を「竜化」状態から解除させることができなければ――それを人間の敵として、人間が手を下すしかない。それを避けるのならば、どうにか――暴走竜化現象を解決しなければならない。


解決のためにどうすれば良いのか検討も付かないと、アキラ・ムラカミは溢していた。まだ死者のない事が幸運で、討伐の命令は下されていないものの、誰かひとりでも被害者が生まれて仕舞えば――と、そうやって語る彼があんまりにも健気だったから。


……私の持つユニークスキルの力なら、あるいは。

と、宿で私はつい口にしてしまったのだ。


「安心しろ、私はその1%に金を賭けたのさ。一度出した金を引っ込めはしない。それにもうひとつ」


「?」

「十割の不可能を一分の可能とした、その大きな一歩分の進歩にも、だよ」


……うわあ。アキラ・ムラカミに、アーちゃんがすごい顔をしているのが分かる。


アーちゃん曰く、カインはいきりでキザだったようで、そういうのにはウンザリだそう。


少々キザっぽいのがアキラ・ムラカミの特徴らしいが、ただ、それをかっこつけのつもりもなく、素でやってしまうらしい。つまりあるいみ、素でカッコいい人間?のようなのだろうが。


それでも絶対アーちゃんと相性は悪いだろうな――とはまあ、うん。思う。アキラ・ムラカミのちょっと天然っぽいところもアーちゃんは嫌いだろうし。


……まあ、短い付き合いだろうし、問題はないか。多分。


「よし、ここで止まれ。そろそろポイントのガラーユ洞窟だ」

「……はいはい」


あからさまに機嫌が悪くなるアーちゃん。

そしてそれに気づきもしない彼。


「オッ、車の停め方も上手い。流石魔法使いの下僕だな」

「下僕う!?おいこらもういっぺん言ってみなさい!!!」

「……違う……のか?」


…………この先、大丈夫だろうか?



車から降りて洞窟へ向かう。竜の眠りは深いと聞く。それ故に音を立てても問題は無いはずだが念の為、エンジンの稼働する音が大きい車は、ここで使わないでおく。


ここから洞窟までの距離は1キロ程だろうと、アキラ・ムラカミは言った。あとは徒歩で移動する。


「――では、作戦を開始しよう。ガラーユ洞窟まで、もう距離は無いはず。念の為、警戒は怠るな」


アキラ・ムラカミは様々な火器を取り出して、車に乗っていた時に点検などを行なっていた。その仰々しいさまは、彼らジグラットの慎重かつ油断しない性格を表していた。


「もしその竜が目覚めたら……どうします?私の方法で少女のスキルの暴走を止めるのには……少女が変化したその竜がおとなしい状態じゃないといけませんから」


「ドラゴンって、余程が無ければ基本ずっと寝てるらしいじゃない?そんなの大丈夫でしょ」

「アーちゃんそれ」


「…………何よ」

「フラグだね…………」


「……………………う」

「映画とかだと絶対…………こういう会話のあとは……」

「う、うっさい!なら賭けてもいいわよ!もしドラゴンが起きたら一週間早朝のゴミ捨てやってやるわ!…………何よその目は!!」


…………アーちゃんはこの性格のせいで本当いつも損してるよね……という目である。言葉にすればどこを蹴られるか分かったものじゃないから、私は目で語るのだが。


森を分けて歩く。ガラーユ森林……調べるとこの森は一度、三〇〇年程前に起こった大きな戦争でつい一〇〇年前まで焼け野原になったらしい。それでも、不思議と人が手を加えずとも自然と緑は戻りまた、森の形になったのだとか。


争ったのは二つの国で、領土争いが戦争の原因だったそう。

私達が今暮らしている国の祖である、魔法による発展の歴史のあるポメラデス王国と、科学などを駆使し急成長を起こしたイタラスゴア国の衝突。


この森は大気中の魔力の濃度が高かったらしく当時、商人などらが開発しようと躍起になったようだが、両方の国の境目だったこの土地を所有するのはどこの国かというのがはっきりしていなかった。


それがいけなかった。両方の国に起こる土地の起源の主張は激しさを増し、ついに衝突へと向かうことになってしまったのだ。民族間の対立も深まり……その影響は三〇〇年後の現代にも及んでいる。


そして、人はこの戦争を『塔バベルの大衝突』と呼んだ。



「いやいや!その時は私が止めよう」

「大丈夫なんですか?」


「……この竜の攻撃のパターンは存外少ない。一度戦ってみたら分かるがね――魔術による攻撃だけだ。それも、簡単に固めた魔力を飛ばすだけのな。まだ自身の力を使いこなせていないのか……こちらにしては大助かりだが。だから、気絶させる程度なら、こなしてみせよう」


「昨日大怪我した割には、自信あるのね?」

「ははは……いやまあ、油断していた訳では無いはずなのだがね。戦っている間……少し、気を取られてしまって。その隙に腹に魔力を食らってな」


「命かけてる割にはのんきね。それで何に気を取られたって?」

「…………まあ。お化けとでも言えばいいかな」


「は、お化け?」

「いやすまん。つまり、そのクラスのものを見かけたから、気が逸れてしまったということだよ。私の見間違いだった筈だし、今度ばかりは大丈夫なはずさ」


「やっぱり不安になってきた…………」

「うん。ゴミ出しは三日でいいよ。一週間は長いし」


「最悪を引く前提で話さないでくれる!?」

「…………いや。……最悪のパターンらしいよ」


「………………へ?」

「ギャオオオオオオーーー!!」


聞こえたのは、森を震わすような鳴き声。

それはまさに……


「これは竜の鳴き声…………竜を逃がさん為に私は戦闘に入る!魔法使いとわがまま娘は後ろに下がっていろ…………!!」


「いや。アキラさん、何かおかしいです」


「……どうした、魔法使い?」

「変な音が混じってる…………まるで、何かが爆破しているみたいな……」


「竜の魔法じゃないの?」

「いや、それは違う。――簡単な魔術しか竜は使えない」


なら、それは竜が出している音ではなく。


「――火器の、攻撃する音?」

「まさか!我々ジグラット以外に誰が…………?」


「急ぎましょう。竜を殺そうとしているのかも!……あの竜が人だと知らない人が……」

「ああ。兎も角先ずは状況把握だ。行くぞ……!」

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