月は無職な夜のレディー
猫村有栖
不細工な月
「感覚ーー欠落う?そんな自傷スキル保有者が、私たちと同じ貴族なんてーー笑えるわねえ?」
「あははははははははは!あの偉大な、いえ、ごめんなさい、だ・っ・た・、マツリ家の終焉がこんな結末とはーーなんたる無様なのかしら!」
あの儀式から逃げるように出て行った私に、そうやって言葉を刺す彼女らにーー私は、なにひとつ、返す言葉が無かった。
***
ーー重ねられたバナナと、織られたクリーム。それを丁寧に束ねるクレープ生地。シンプルーーしかしそれゆえにその三重奏はより際立つ。
味が薄くとも、しかし濃すぎてもいけない。甘すぎずしかし、余韻が残らねばならない。
調理するにあたり、考えなければならないことは単純。しかし故に、底なしに匹敵する程の深さがそこにある。
並々ならぬ経験と才能に、まるで星を目指すかのような強き意思が、その究極地点へと料理人を至らしめる。構築された食材を、その原子の塊を、芸術品へと昇華させる。
ーー故に、料理人の腕前が分かるのだ。
「うまい……うますぎる」
私が口にしているそれは、まさにひとときの奇跡だと。
そう思った、だからこそ、送る賞賛の言葉はシンプルに。
「そんな凄いカオでクレープ頬張るコ、おばさんはじめて見たわあ……それに何個目だっけ?」
「8コ目ですっ!ーーほんと美味しいんですって。これ料理したあなたは、一体何ものなんです!?」
「うふふ……わたしゃしがないクレープ店員ヨ……て、そんな貴女は何者なの?」
「私ですか?……うーん。マツリ家……って言えば分かります?」
「マツリ家!?」
大袈裟にクレープ店主は驚く。
「それは大変失礼しました……先ほどまでのご無礼をお許しください……」
口調までも変わってしまった。正直私の方が驚いている。
ーー話のネタになるかな、と思っただけなのだけれど。
「私が言うのも寂しくなりますけど、あ・の・マツリ家ですよ?……そんな改まる必要なんてないのに……」
私は貴族、マツリ家の人間である。この地方で何百年もの格を持つ由緒正しき貴族……だったのだが。
どうやら私の祖父に当たる代で、その勢いを保つばかりかーー地に落ちてしまったようらしい。それでいて、地に落ちる時の勢いたるや、まさに激突だったとお父様は語る。
没落の原因は詳しくは知らない。子供の頃からいつもはぐらかされていたのでーー周辺貴族とのあまりに夢がなく、壮絶で、どろどろの戦いがまあ繰り広げられていたのだろうと、そういう想像をするに難くは無いのだが。
「いえーーそういうわけには行きません。ーー何故なら」
そう言うと、店主の女性は粛々と語り出した。
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