第2話
アブソル・ノワールの面々は、各々に街の見物を楽しんでいた。
デーモン族とエンジェル族のハーフであるルルアは、右翼がコウモリのような形をし、左翼が鳥のような形をしているため、周囲から注目を集めていた。そもそも翼の生えた人の姿が少ない中で、背中から翼が生えているだけでも目立つのに、さらに両翼の種類が違うとなれば、周囲の人々が二度見するのは間違いなかった。
その中には、彼女の特徴的な容姿を値踏みするかのような鋭い視線を送る者もいた。その視線は氷のように冷たく、彼女の皮膚に這うような不快感をもたらすこともあった。
(奇異の目で見られるのには慣れているのですが……)
自分の姿の異端さを認識しているからこそ、それを奇異に見られることには慣れていた。
だがしかし、そこに希少性や商品価値を見出すような人々にはあまり出会って来なかった。何故なら通称悪魔と呼ばれるデーモン族は、他種族にとって不吉の象徴であるからだ。
値踏みした視線はやがて、狙いを定めた捕食者の物に変わった。ルルアはそれに気が付き、恐らくは戦闘になるだろうと感じた。
アブソル・ノワールは各々が単独行動中である。それ故に他のパーティメンバーと合流するべきか、それとも、自らを獲物と定めた不届き者を成敗してしまうか、彼女はとても頭を悩ませた。
その捕食者たちは賑やかな大通り沿いでは騒ぎを起こすつもりは無いようで、彼女が表通りの何処に立ち寄っても、ねっとりと視線が付き纏うだけであった。
逆に言えば、常に監視されていたという事であり、視線の正体は酷く彼女に執着していることになる。
(顔見知りでもないのに、凄い執着心ですね……)
ルルアはある意味で感心していた。
出来心からつい裏路地に入って、正体を暴いてやろうと思ったが、そんな事をして仲間に迷惑を掛けたら目も当てられない。
彼女は露店を物色しながら、他のパーティメンバーに出会うまで大人しく過ごす事にした。
「ルルア、何か良い物でもあった?」
ルルアが表通りの露店を物色していると、背後から快活なミリアリアの声が聞こえた。どうやら彼女は観光をしっかりと楽しんでいるようだ。
ミリアリアは身内贔屓を差し引いても絶世の美女と言うに相応しい妖艶な容姿をしている。だからかもしれないが、彼女がルルアに話しかけたと同時に、何となしに視線が強くなった気がした。
「いいえ、特には。
……それより、ミリアリアさん。
少し、協力していただけませんか?」
ルルアは彼女にストーカーの話をした。すると、彼女はとても悪そうな、楽しい玩具を見つけたかのような表情をした。
「へえ、面白いじゃない。でも、一人でも何とかなるわよね?」
ミリアリアも視線には気が付いていた。だがしかし、視線の主がルルアを制圧できるようには思えなかった。
「だとは思うのですが、私はミリアリアさんみたいに近接戦闘ができませんので……」
ルルアは首を横に振った。
「……いつも思うけれど、あなた、心配性よね」
「そうですか?」
「そうよ。まあ、その心配性も良い所だとは思うけれども」
ミリアリアはルルアの考え過ぎる気質を指摘しつつも、その彼女の気質は自分には無い物であり、だからこそ、必ずしも短所に成り得ないことを理解していた。
「あはは、すみません。自分でやるべきですよね」
流石にルルアも考え過ぎだと言われるとバツが悪かった。それはミリアリアがあまり他人に興味が無く、相当のことが無い限りは指摘をしない性格であることを知ってるからである。
「まあ良いわよ。今回は私がやってあげる。ちなみに裏には行った?」
ミリアリアは悪党退治をやりたくない訳ではない。荒事になるトラブル退治は刺激的でむしろ好物だ。
「戦闘になると思ったので、まだ……」
指摘されて肩身が狭くなったルルアは、恐る恐るといった形で現状を口に出す。
「ついでに観光も楽しみましょうか」
指摘した当の本人は全く気にしておらず、とてもあっけらかんとしていた。
ルルアはミリアリアに手を引かれて、裏路地に連れ込まれた。
裏路地の曲がり角を一つ、二つ、三つ曲がった時だった。
時間にしておおよそ五分も無いくらいだろうか、彼女たちの前に刃物を持った男たちが姿を現した。
「……いや、早いわね」
「……そう、ですね」
彼女たちはお互いに顔を見合わせた。
じっくり相手をしてやろうと考えていた獲物が、釣り餌を落とした途端に引っかかったら、釣り人も嬉しさ半分、驚き半分だろう。
それと同様で、誘き出すことが目的であった彼女たちも、早過ぎる展開に驚きを隠せなかった。
「大人しく付いてくれば、悪いようにはしねえ」
男の一人が使い古された台詞を吐く。その言葉はとても芝居がかっていて、まるでその男たちには言葉の意味が理解できていないのではないかと、そう思わせる程であった。
「酷い嘘を吐きますね」
その男の言葉を聞いて、ルルアは冷めた視線を向けた。それが絶対的に嘘であるとわかっていたからだ。
彼女は真偽眼という能力を持っている。それは彼女のエンジェル族としての力の一端であり、この能力は対峙した相手の嘘を見抜く事ができるのだ。
だがしかし、ミリアリアはそんな彼女の様子を見て肩を竦めていた。
何故なら、そもそも畜生が吐く言葉の八割以上は嘘であり、本来は能力を使う必要すらなければ、まともな話題として取り合う事に意味が無いからである。
言い換えれば、無視をしてしまえば良いだけのことを、エンジェル族の能力を使ってまで拾い上げたことに、彼女はルルアの幼さを感じていた。
「……倒しちゃっても良いかしら」
「あ、はい」
男たちと問答をしているルルアを尊重してから、ミリアリアは動いた。
本来の彼女であれば、敵と認識した時点で口より先に身体が動いていたはずだ。
彼女の拳は次々と敵の顔面を捉え、柔い果物のように紅い体液を飛び散らせた。
男たちとの戦いは軽い騒ぎになったが、治安の悪い街のその路地裏には誰も行きたがらない。
男たちが持っていた武器を回収して、彼女たちはその場を後にした。
「……あ、やっほー」
裏路地を歩いていた彼女たちは、同じく裏路地を散策していたミレイとリョウに出会った。
「こっちはさっき敵を倒したから、行かない方が良いわよ」
ミリアリアは自分たちが歩いてきた通路を示し、ミレイたちに情報を共有する。
「……殺ったの?」
ミレイは恐る恐る訊ねた。
「ええ、まあ」
「ふぅん、ちなみに何で?」
「襲われたのよ」
「表に居る時からずっとストーカーされていました。人攫いの類のようです」
ミリアリアとルルアから理由を聞いて、ミレイは呆れたような表情をした。
「あぁね。ミリアリアさんもルルアさんも美人さんだもんね」
貴族の子女と言っても差し支えないような、そんな外見をしている彼女たちが人攫いに目を付けられるのは、ミレイにとってはそんなに驚くような事ではなかった。
「それは褒められたと思って良いのかしら?
……ああ、リョウにこれを」
ミリアリアは思いついたように、倒した男たちから回収したナイフを取り出して、リョウに渡した。
「ありがとう」
リョウは武芸百般の達人であり、剣術や弓術はもちろん、格闘技や投擲術に至るまで、あらゆる戦闘技術を自在に操ることができた。
卓越したその技量から、武器が多ければ多いほど様々な戦術を取る事ができる為、打ち倒した敵の武器は必ず回収するようにしているのだ。
それをミリアリアたちは知っていたから、ついでにと言わんばかりに、倒した男たちの武器を回収したのだ。
「じゃあ、また後でね」
「ええ、そうしましょう」
今はまだアブソル・ノワールが集まる時間ではない。彼女たちは再び二手に分かれて、その場を後にした。
「人攫い、ね……」
ミレイは彼女たちと分かれてから、顎に手をやって何やら頭を悩ませていた。
彼女が不老となった時期が若い頃だったので、その思慮深い表情は彼女の外見には似合わなかった。
「そんなに眉間に皺を作って、一体どうしたんだ?」
リョウは彼女に訊ねた。
「人攫いが横行してるってことはさ、人攫いが誘拐した人たちを解放できたら、色々と美味しいなぁって」
「いや、俺たちはもう王族じゃないからな?」
かつてミレイが統治していた世界で起こったことならば、彼らの立場も相まって善は急げだが、今の彼らには解放した人々を保護、制御する為の場所も権威も存在しない。
「そーなんだよねぇ……」
ミレイはリョウの指摘に頭を悩ませていた。
「まあ、ミレイがやりたいって言うならやれば良いんじゃない?」
リョウはやりたい事はやれば良いと背中を押した。
ミレイがとある世界で王となった理由、王になれた根本の原因は、彼女の善性にある。
彼女は困っている人を助けたい性分をしている。もちろん、自分が何とかできないような状況下においては、潔く引き下がるだけの冷静さを持ち合わせている。だからこそ、それが民からの評価に繋がった。
彼女は優しいのだ。だから、他人に好かれる。だがしかし、彼女は決して甘くない。その優しさを盾に反抗、反逆を行った者を容赦なく殺戮するだけの冷酷さも兼ね備えていた。
長く王政を続けるには、黒か白かではなく、良い塩梅の対応が求められる。彼女のそのアンバランスにも思える物の見方こそが、彼女を王たらしめる所以であった。
「優しくなければ生きていく資格がない、とか言われるしね。人攫いの本拠地を叩こうかな」
「そうそう、それくらい軽い気持ちで良いんだよ。きっと」
ミレイにやりたい事ができた。
くだらない正義感に苛まれた訳ではなく、本当に暇潰し程度の感覚で人攫いの拠点を探した。
「こういうの、宝物探しみたいで面白いよね」
彼女たちは裏路地の至る所を歩いて、しらみ潰しに拠点を探した。
「出てくるのはお宝じゃなくて、人攫いだけどな」
彼は彼女が口にした軽過ぎる表現を訂正した。
「人攫い探しが楽しい……、うーん、表現的にはセーフ?」
「いや、どこからどう見てもアウトだから。ちょっと可愛い感じに言ったからセーフとかないから」
「おい、そこの兄ちゃんたち。
さっきからうちのシマをウロチョロしやがって、一体てめぇらどこのもんだ?」
治安の悪い裏路地に似つかわしくない、他愛のない会話をしていた彼らは、顔に大きな切り傷が刻まれた男に絡まれた。
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