アブソル・ノワール~最強パーティの異世界放浪記~

悠な未来を

第一章~迷宮と連合国

第1話

 そのパーティは一つの夫婦と一つのハーレムで構成されていた。

 かつて、その夫婦はとある世界を統治した王族であった。

 かつて、そのハーレムの主はとある並行宇宙を統治した王であった。


 そのパーティの名はアブソル・ノワール。

 何者にも染まることのない黒である。


 この物語は、そんな彼らが織り成す旅の一幕である。




 荒野にぽつんと急造の建物が立っていた。


「リョウ、今良いか?」


 パーティのリーダーであり、ハーレムの主であるシンは声を掛けた。彼の外見はとても特徴的であり、深い藍色の髪に星空が写る瞳を蓄えていた。


「何かあった?」


 パーティのサブリーダーであり、夫婦の片割れであるリョウは、素振りしていた刀を止めて鞘に仕舞った。彼の外見はシンとは正反対で、黒髪黒目と至ってシンプルであった。


「次の旅先を考えていてな。中々決まらないんだ」

「……まあ、聞くだけ聞くけど、俺に聞いても意味無くね?」


 シンの相談にリョウは肩を竦めた。


「仕方ないだろう。パーティの中で同性はリョウだけなのだから」

「んなこと気にするならハーレムなんて作んな」

「……作りたくて作った訳では無い」

「ああはいはい、惚気は聞きたくない。

 んで、気になってる所は何処だ?

 流石に何も無いわけじゃないんだろ?」


 別の話に発展しそうだった為、リョウは強引に話を軌道修正する。


「ああ、もちろんだ」


 シンは何処からともなく取り出した電子機器で、気になっている旅先をスライド形式でリョウに説明した。


 一つ目は、聖ブルガリア王国。名の通りとある神を祀っている王国だ。

 二つ目は、魔リリアック王国。こちらも名の通りで、魔王が統治する魔族と呼ばれる者たちが集う国だ。


 三つ目、四つ目、五つ目、最終的に十の提案を超えた所で、


「いや、多いわ。絞れよ」


 リョウから文句が出た。


「いやぁ……」

「いやぁ……じゃねえよ。聞かされる身にもなれ」

「ちなみに、一番近いのは何処なんだ?」

「ヴァーリーズ連合国だ」

「何が有名なんだ?」

「知らない。行かないとわからない」

「良いじゃん、もうそれで。あ……一応他の奴らにも聞けよ?」


 リョウは自分の一存で決まることに危険性を感じ、シンに念の為に注意を促した。



 シンは自らの妻の元を、一人一人訊ねて回った。


「私は別に何処でも良いわよ?

 シンが行くって言えばついて行くけれど」


 ヴァンパイア族のミリアリアはシンの言葉にあっさりと頷いた。

 彼女はヴァンパイア族の中でも最も高位のビギンズ・ヴァンパイアと呼ばれる種族であり、シンの妻の一人である。

 金髪紅目の妖艶な美女であった。


「……私、特に、異論、無い」


 アンデッド族のデリは少し考えた表情を作ったが、カタコトの言葉でシンの意見を尊重した。

 彼女はアンデッド族の中でも最大進化系であるロード・アンデッドと呼ばれる種族であり、彼女もミリアリアと同様にシンの妻の一人である。

 銀髪銀目と、まるで一色の人形のようであった。


「……えと、その、私ももちろん無いです」


 悪魔の羽と天使の翼を兼ね備えたルルアはシンの質問がわかっていたのか、シンの言葉を聞く前に答えた。

 彼女はエンジェル族とデーモン族のハーフであり、正式な種族名は無い。強いて言うならば、デーモン・エンジェルとでも呼ぶべきだろうか。彼女もミリアリアやデリと同様である。

 茶髪で黒眼と碧眼を併せ持っていて、茶目っ気を感じさせた。


 シンは行く先を決めた。その一方で、リョウも愛すべき妻に言伝をしていた。


「ミレイ、シンさんがヴァーリーズ連合国に行きたいらしいよ」


「ほーん、どんなとこなの?」


 ミレイはリョウの言葉に首を傾げた。

 彼女もリョウと同様に茶髪黒目と、非特徴的な外見をしていた。


「それが、知らないらしいよ」

「行ったことないところだし、そりゃそっか。今までも何回かあったもんね。私は特に異論ないよ」

「だよな。だから、それで良いって言っておいた」

「おっけー」


 彼らはとても軽い調子で、お互いに同意を取った。


「リョウ、そっちはどうだ?」

「ああ、こっちは問題ない」


 シンとリョウはお互いに、相手に合意が取れたことを確認した。


「ヴァーリーズ連合国がどんな国なのか、ほんとに調べなくて大丈夫なのか?」


 リョウはシンに疑問の声をかける。

 何故ならアブソル・ノワールは様々な種族によって構成されているからだ。

 国や星によっては特定種族の立入禁止を宣言していたり、立入禁止とまで行かなくとも迫害対象になっているケースも存在する。そんな文化がある土地とアブソル・ノワールは相性が酷く悪いのだ。


「気にしなくて良いだろう。逆に気になるか?」

「んー、トラブルになっても良いなら良いんじゃないかな?」

「それはそれで一興だな。むしろ巻き込まれたいまである」

「……まあ、性格は悪いけど、俺もそういうの好きだし、まあいっか」


 彼らが総じて寿命が無い種族だからか、日常の刺激を求めてしまっているのは間違っていない。

 人種差別や迫害に巻き込まれて不愉快になることすら、彼らにとっては日々を美味しく感じる為のスパイスにしかならない。


「今も今までも、そしてこれからもそれは変わらん」


 シンは目的地の方向に視線を向けた。


「行けるわよ」


 ミリアリアがデリとルルア、それからミレイを引き連れて、建物の外に出てきた。

 シンはもぬけの殻となった建物に手をかざした。すると、その建物は一瞬で姿を消した。


 シンは土、水、火、風、鉄や時空間、ありとあらゆる物質や次元を操作することができる。既に姿を消した建物も同様にシンが創った物であった。


「……ほんとに、いつ見ても超能力ね」


 ミリアリアは自分には無い超常の力を見て、パーティ内で最もシンと付き合いが長いにも関わらず驚嘆していた。


「そろそろ慣れてくれても良いだろう?」

「私には使えなくて、自分にとって超常現象にすら近い力を見たら、何度だって驚愕できるわよ。……ねえ、そう思わない?」


 彼女はデリとルルアに同意を求めた。


「慣」「慣れました」

「うっそぉ……」


 彼女はリョウとミレイにも視線を向けた。


「「いつもの事じゃん?」」


 彼女は肩を落とした。


「ミリアリア、乙」


 デリは彼女の肩を叩いた。


「ミリアリアさんも気を取り直してください。それから、そろそろ出発しませんか?」


 ルルアはパーティ全員に視線を巡らせた。


「そうだな。立ち止まって駄べっていても構わないが、キリがないからな」


 寿命の無い彼らは時間の感覚を捨て去っている。それ故にただ喋って眠るだけで一年以上は軽く過ごせてしまう。

 だからこそ、誰かが'行こう'と言い出す必要があるのだ。


 アブソル・ノワールはヴァーリーズ連合国に向かって移動を始めた。


 ヴァーリーズ連合国とは、彼らの現在地から南下した先にある。

 連合国の名の通り、様々な文化が共存することにより生み出された大国である。

 大国内には正反対とも表現できるほどに、様々な文化の種族が存在していた。

 それ程までに多種多様な種族が結束したのには訳があった。

 世間一般的にダンジョンと呼ばれる迷宮が、連合国の地下に突如として発生し、様々な種族の村や町を崩壊させた。

 ダンジョンとは、迷宮内部で魔物と呼ばれる種族を生み出し、それらの種族に人や獣を殺害させ、それによって得られた魂を吸収し、拡大させる為の肥料とするのだ。

 迷宮内部には人や獣を釣る為の撒き餌も存在している為、正しく運用ができるのであれば、国を豊かにさせることも可能である。

 だがしかし、ダンジョンが発生した当初は、どの種族の町や村にもダンジョンを運用する術を持っていなかった。

 それだけならば良かったのだが、更に大きな悲劇が起こった。

 ダンジョンから溢れた魔物が町や村の人々を飲み込んだのだ。町や村にいた人々はあっという間に食い荒らされた。

 また、ダンジョンが生まれた事により町や村の環境を一変させてしまった。それによって、普段の作物すら普段通りにすら作れずに、飢饉が横行する時期が発生した。

 その際に消滅した文化や、町、村は数知れず、それに危機感を持った人々の手によって建国されたのだった。


 彼らは数日掛けて、ヴァーリーズ連合国に辿り着いた。


「へえ、こんな感じなのか」


 一つの国を前にして、リョウは今まで無かったヴァーリーズ連合国のイメージを作り上げる。

 彼らの目の前には連合国への入国口があり、恐らくは国境だと思われる壁がずらりと並んでいた。だがしかし、その国境らしき壁は内部と外部を断絶する"壁"とは呼べないほどでの高さであり、連合国のさほど高くない建物が壁の上から見えてしまうほどであった。


「国防を趣旨とする壁にしては、随分と低いな」


 壁自体は石積みで作られており、壁だと言われれば壁ではあるのだが、国を守るという趣旨は無いように思えた。


「国防の趣旨は無いと思うわ。ほら、あれとか……」


 ミリアリアは前方の一部始終を指さした。

 連合国入口の門には兵士が立っていたが、見る限りでは中に入る人々を精査しているようには見えなかった。


「治安、悪い、そう、?」


 デリはそんな兵士たちを見て、国の治安を憂いた。不法侵入が許される環境であればあるほど、治安が悪化するのは自明の理である。


「かもね。ま、それはそれで面白そうだし、さっさと行こうよ」


 アブソル・ノワールは、あっけらかんとしたミレイの物言いに急かされて、入国口に並んだ。

 アブソル・ノワールの番は直ぐにやってきた。入国審査は彼らの想像通りでとても緩く、何か身分を証明せよとすら言われなかった。


「気が付いたか?」

「うん。

 ……監視カメラかな?

 私たちの顔が撮られたね」


 リョウとミレイは世界を統治していた際に見た事のある道具と、かなり近しい道具が置かれていることに気が付いた。


「もしかしたら、それなりに文明が発展してるのかもしれないね」

「ううん、どうでしょう」

「ルルアさん、何か見つけたの?」


 ミレイの予想にルルアが疑問の声をあげた。


「全てが石積みの建物で、道も舗装されていないことを踏まえると、中々そうだとは思えませんね」


 石積みの建物によって、それなりに堅牢な建物が立ち並んでいたが、ルルアの言う通りで道は舗装されておらず、人が多くて踏み均されただけの地面は、まるで、この国には高度な文明はないと強調しているかのようだった。


「まずは観光して見ないとわからないさ。

 一旦は別行動にして、機を見て集まることにしよう」


 シンはリーダーとしてパーティに指示を出した。

 新天地に来たら、より一層に新天地を楽しむ為に、一人一人で街を観光して情報集めをすることを鉄則としていた。


「そうだね。色々と見てみよう。じゃあ、私とリョウはこっちに」

「では、私はこちらに」

「じゃあ、私はこっちに行くわ」

「私、あっち」


 アブソル・ノワールはミレイの言葉を皮切りに散り散りになった。

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