学部 記憶 (1)君はしっかりしてるな

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は、様々な女子に援けられながら波風ありながらも充実した日々を過ごしてきた。

 一浪の後、進学した大学では二年以降地味に過ごしていたが、高校時代の留学生エリーが再留学で現れ、状況が一変。

 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 十月。大学も世間並みに始まった。

「駿河!」

「ハイッ。」


 解散後、主将とリーダー責任者に声を掛けられた。解散後に声を掛けられるということは、食事に連れて行ってもらえるか、プライベートなことでの話題だ。


「最近、ドイツ語からよく電話があるそうだな。」

「ハイ、左様そうで御座居ます。(エリー、俺の居ない間に寮に電話掛けまくったな?)」

「お前、何か隠し事してないか?」


 主将が『隠すなよ』と言いたげにニヤニヤしている。


「いいえーっ。」

「そうか? ブロンドで中々の美人姉妹と仲が良いって、寮生から専らの噂だぞ。」


 今度はリーダー責任者まで興味津々だ。ここまで言われると隠せない。というか隠す必要もない。


「ハイ、留学生と其のご家族で御座居ます。」

「そうか、彼処に見えているのが、其の方か?」


 振り返って見ると、少し離れた所にいつの間にやって来たのかエリーが立っていて、飄々とした風で、ひらひらと小さく手を振っている。


「(あらぁ…)ハイ、左様そうで御座居ます。」

「ひとつ挨拶しておくか。」

「されますか? (悪戯されても知りませんよ)」

不可いかんか?」

「いえぇ、ご紹介致します。」


 主将とリーダー責任者をエリーの処まで案内する。

 彼女は、僕と一緒に二人がやって来るのを見ると、少し首を傾げて、目をぱちくりさせた。それを見て、彼女の魂胆が識れた。


「Fräulein Wilhelms、

 Dies ist der Kapitän der Organisation und

 der Kapitän der Ausübung.」

(ヴィルヘルムスさん、こちら、うちの主将とリーダー責任者さん)

「Ah、 Wie geht es Ihnen. Gentlemane. Main Name ist Ellisabetth Marie Josepha Wilhelms von Österreich. Ich bin der fremde Student, der von der Vienna Universität von Österreich kam. Ich lerne jetzt Biologie in einer Abteilung der Wissenschaft. Ich kam in den Tagen eines älteren Gymnasiums nach Japan. Danach unterstützt er mich. Ich bin froh, Sie zu sehen.」


 彼女は、敢えてペラペラと、しかも南ドイツ方面のアクセントでまくしたてた。


「G、 Guten Abend、 Wie geht es Ihnen.」


 主将とリーダー責任者とて、ドイツ語は履修しているが、こうもいきなりまくしたてられては敵わない。何とか挨拶だけ済ませて握手をしていた。


「駿河!」

「ハイッ。」

「しっかり、彼女の面倒をみるように。」

「ハイッ。」

「Was?」


 彼女は『ワカリマセン』といった風情で、またもや首を傾げている。


「(分かってるくせに…)Ich unterstütze Sie.」

(よく面倒をみなさいってさ)


「Ah、 so. Vielen Dank、 Gentlemane.」

(ありがとうございます、紳士方)


「Auf wiedersehen.」

(では、失礼)


「Ja、 wiedersehen.」

(ええ、また今度)


 踵を返して戻る主将とリーダー責任者に、エリーは小さくバイバイと手を振っていた。


「ありがとうございました。失礼します。」


 二人の先輩が角を曲がる所まで見届けてから、漸く彼女に声を掛けた。


「どうしたの? 此様な時間に? もう夜は涼しい季節だから風邪ひくよ。」

「図書館で調べ物してタラ、此様な時間にナリマシタ。外に出タラ講堂から太鼓の音が聞こえたから、Goが居るかな、ッテ。」


 彼女は、厚手のポロシャツの襟を立てて紅葉色のスカーフを襟巻きのように掛けている。流石に高地のある国の出身だけあって、季節の変わり目には敏感なようだ。


「じゃあ。待たせちゃったね。ああ、そう言えば、寮に大部電話掛けた?」

「Ah、 何度か。…叱られマシタ? 幕末でもナイですし、敵性外国人でもナイデショウ? それトモ私のこと、隠しておかなければならない存在デスカ?」

「まあ隠しておかなきゃならないわけでもないけど…。」


 姿恰好は大部大人というか、常識人になったと思っていたら、外国人に対する好奇心や興味に対しては完全な《異人》ぶりで、素人をおちょくるあたりは全く変わっていなかった。


「それにシテモ、先手必勝だったデスね。」

「まぁね。」

「Go、夕食まだデショ。一緒に食べないデスか?」

「ん? 良いけど…。」

「ケド?」

「エリー、他に友達は居なくて良いのか?」

「また、ソレですか。友達? いっぱい居るよ。Go、亜惟ベーデ、Österreichにも、他の国にも。」


『やれやれ、何を言い出すのか』とでも言いたげに、彼女は驚いている。


「そうじゃなくて、大学にさ。」

「勿論、専攻でも仲の良い人いるヨ。」

「ちゃんと、普段のお付き合いしてる?」

「ウン。心配しなくても、社交は大丈夫。」

「なら良いけれど。」

「Ah、 ...Go? 大学は高校と違って研究する処デスよ。」


 ここまでくると僕が何を言いたいのかが解った様子で、眉毛を片方だけ下げて反論してきた。


「理屈ではそうだけど。」

「私は、理屈を言ってるんじゃなくて、時間は限られているってことを言い度いんデスよ。」

「日本には数年しか居られないってことだろう?」

「違う。其様な細かいことじゃナクて、日本に居ても、Österreichに居ても、今の時間は二度と戻って来ナイってこと。」


 口では理屈ではないと言いながらも、ゲルマン系特有のあの理屈っぽさを出してきた。


「そうだね。」

「だから、余計な人間に関わっている余裕はナイの。」

「クールだね。」

「Goは、私を冷タイ人だと思う?」

「んー、冷たいんじゃなくて、はっきりしているというか。」

「何でもはっきり選んでイナイと、好きなことは出来ナイし、物事も成功しナイよ。」

「まあ、それは一理あるね。」


 エリーは自分の信条に対して僕が理解不充分であることに落胆したのか、小さな溜息を吐いて、夜にもなれば誰も居ない傍らのベンチに座った。

 そして綺麗な装飾の付いたシガレットケースから細身の煙草を一本抜き出して口にくわえ、慣れた手つきで火を点けた。


(…へ? 此奴いつの間に煙草なんか吸うようになったんだ。)


「アノネ、講義が終わる度に、『ドイツ語を教えて下さい』っていう男の子たちが来ル…。」

「そうなの?」


 ただでさえ殆ど講義が一緒の僕は、努めてべったりとくっつかないようにしていたし、部活で休み時間がつぶれることも多かったので、そういうことまでは知らなかった。


「Go、私の傍に居ナイから分からナイデショ。教科書や辞書を見れば直ぐに分かるようなことを聞いてくる奴は、ただの馬鹿か下心でしかナイから相手にしナイ。」

「アハハ。」

「…Go、 笑い事じゃナイよ。」


 彼女は嘆息と共に白く長い煙を吹いた後で、此方をキッと睨みつけ、僕を窘めた。


「…ごめんなさい。」

「一人で居タリ、友達を選んだりスルのは、私が冷淡だったり孤独が好きだからじゃナクて、もう二十一の女性として、誰彼相手構わず話している暇は無いと思っているからデス。」

「ん~。」

「コレ間違ってル?」

「国民性もあるのかな。」

「Ah、最後は其処に行き着くのはある意味仕方ナイね。」


 彼女はシガレットケースから一本勧めてきた。


「周囲からも結局そういう《外国人だから》という見方をされて了うのも間違いじゃナイと思う。」


 僕が吸い口をくわえると、彼女は風で消えないように手を添えて火を点けて呉れた。


「君はしっかりしてるな。持論という点では僕もしゃんとしないと不可ないのかな。」

「Goは、Goで良いヨ。」

「人間、成長に終わりはないだろ?」

「無理までする必要はナイデスヨ。」

「無理はしないけど、もう直ぐ部活も幹部交代だし。」

「忙しくナル? 講義ノート、いつでも貸してアゲル。」

「有り難う。ドイツ語でびっしり筆記されたやつ?」

「Natürlich!」(当然)

「どうもね。」

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