溶けた愛は変わらない。△
この世に生を受けてから何十年と経った今、私は変わり果てた姿の世界で生きている。
世は皆、言葉を捨て、機械を用いる事でコミュニケーションを取る。そんな世界になってしまった。例に漏れず、対岸に見える恋人達を見てみればわかる。
【愛してる】や【ずっと一緒にいようね】だなんて言葉なぞ発することなく、ただ屍のように見つめあっているではないか。
それでも今の世では通じあってしまうのだ。 全くもってつまらない。
今の世には珍しい補整のされていない砂利道を履き崩した靴で歩く。武家屋敷のような風景の先にある小さな茅葺き屋根の家が私の場所だ。
「ただいま」
そう告げると何処かで音がする。が、私はその音の主とは顔を二度と合わせたくない。
「お前もつまらぬものに変わってしまったのね」
つい口を突いて出た言葉だった
それは受け取る相手が居ないがために、ただすぅっと空気に溶けた。
私の愛した女は、もういない。
死んだ訳では無いが、生きていないのだ。
【私の愛した】女がいないのだ。
全てが機械なのだ。言葉が捨てられているのだ。
隣に女が座った。
女は目の前に電子機器を出しただ見つめる。そうすると女の思考を電子機器が映すのだ。
「つまらない女になったもんだな」
そうまた口に出た。
女は何も言わなかった。
ただただ悲しそうな申し訳なさそうな表情を浮かべた。電子機器にはもう思考が映ってはいなかった。
「もう一度出かけてくる」
女は私に着いてくることは無くなった。
昔はよく2人でこれでもかと言うほど寄り添って歩いていた。学校の帰り道、財布に入れた千円札で近くの駄菓子屋で沢山のお菓子を買い、公園で語り合いながらお菓子と共に幸せをかみ締めたはずだったのだ。
『私もついて行っていい?』
なんてどこもかしこも2人で歩いたというのに。
もう今は、女の声が聴けないのだ。女は言葉を捨てた。機械というものに全てを投じた。
私の職業は小説家だった。
過去形なのは、今のこの世に小説家は必要が無いから。
皮肉なもんだよな。本当に。
言葉の重みを1番理解していたあの女が言葉を捨てたことが私にとっての打撃だったのだ。
〝言葉はね、書くだけじゃダメだし、頭の中で浮かべるだけでもダメなの、だってそれじゃあ軽くなっちゃうじゃない?形にならないもん〟
〝つまりね?大事なのは口に、声に出して貴方が言うことなのよ。貴方が言う事で言葉に重みが生まれるの〟
〝言葉はね、人を救うことも殺すことも出来るの、人を愛してあげることも、素直にさせてあげられることも。これから先機械が私達の生活を蝕むかもしれないって言われてるけど、機械と私達の差は言葉の重みだと思うわ〟
…なんて。
お前がそう言って笑っていたあの頃に戻れたら。
もう一度お前を愛せたかもしれないのに。
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