平和賞
執行 太樹
日曜日の、ある晴れたお昼前の出来事だった。私は、電車に乗っていた。
私は最近、仕事で疲れていた。なかなか仕事がはかどらず、心のどこかで、そんな自分に嫌気がさしていた。だからだろうか、休みの日に、あてもなくどこかに出かけたくなった。そういった理由で、私は電車に乗っていた。
私が座席に座って、ふと前の座席を見ると、目の前に1人の大人しそうな女子高生が座ってきた。制服を着ているところを見ると、おそらく部活動の帰りなのだろう。
私は、読みかけている青春小説の文庫本を鞄から取り出し、本を開いた。少女も、何かの参考書を読み込んでいるようだった。
2つほど駅を過ぎただろうか、電車が次の駅に止まった。するとその駅で、お母さんと小さな女の子が、仲良く手を繋いで乗ってきた。
散歩帰りで歩き疲れたのか、女の子は、座りたそうにしていた。しかし、座席はすべて埋まっていて、座れそうな席は無かった。うなだれている女の子を、お母さんは、車窓からの景色を見せながら、なだめていた。しかし、女の子は、なかなか大人しくならなかった。お母さんは、困った表情をしていた。
そんなときだった。私の目の前に座っていた少女がそっと立ち上がり、ぐずついていた女の子に、どうぞ、と自分の席を譲った。
その少女の振る舞いを見て、お母さんはすみません、と会釈をした。少女は、いえいえと軽く首を振った。そんな少女とお母さんのやり取りを見ていた女の子は、少女に「ありがとう」と元気よく言った。少女は女の子の前にしゃがみこんで、「どういたしまして」と応えてあげた。
女の子は、譲ってもらった座席に座りながら、お母さんに甘えるように手を繋いでいた。席を譲ってあげた少女は、親子の所から少し離れた扉の方へ向かい、そこに立ちながら、また参考書を読み始めた。
何気ない、よく見る光景であった。しかし、それを見て、私は何だか心が満たされているのを感じた。
私は、いつしか持っていた文庫本を鞄の中に戻した。そして、車窓から流れる景色をただ眺めた。
今日もひとつ、世界が少し平和になった気がした。
日曜日の、ある晴れたお昼前の出来事だった。
平和賞 執行 太樹 @shigyo-taiki
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