美少女化したバイクと目指す最強の道
セクシー・サキュバス
1
曇天が広がる冠伎町は、核兵器の爪痕で荒廃した日東国の最大の歓楽街であった。
その闇に包まれた街並みは、昼夜を問わず鮮やかなネオンが煌めき、まるで黄金郷のようだった。
歩道に立つ人々は、疲労や絶望の表情を隠すために仮面のような笑顔を浮かべ、光に身をゆだねている。
街をつらぬく解虫川の水面は、彼らの姿とともにネオンの光をうけて煌めいていた。その水面にさらにもうひとつの存在が映しだされる。
それはひとりの少女だった。
彼女は御雷帝釈こと【ミカ】。
この冠伎町に住んでいるスケバンで、黒い長髪とセーラー服がトレードマーク。
ギラギラと目を輝かせ、凛とした姿勢で立っている。
「やめた方がいいッスよ?」
ミカが言葉を投げかけた先には、人相が悪い女が立っていた。
不気味な笑みをうかべ、周囲に禍々しい存在感をはなっている。
「おめえ、うちのことチラチラ見てただろ。クソガキが」
「誤解ッスよ、ハルさん」
ハルとよばれた女はさらに、笑みを深める。
水天波竜こと【ハル】はここらでは有名な半グレだった。
喧嘩が好きで、目につく人間に何かと因縁をつけて喧嘩をふっかけていた。
その今回の被害者がミカなのである。
ミカとハル――二人の間には緊迫感がただよう。
それを感じとったのか、周囲を行きかう人間も足をとめ、視線をむけた。
「やっぱりやめましょうよ。見られまくりッスよ」
「ビビッてんじゃあねぇよ」
――解虫川に音が響きわたった。
攻撃は鮮やかな動きで繰りだされ、双方の拳が激しくぶつかりあい、空気が揺れうごく。
ハルは俊敏なうごきでミカの攻撃をかわし、力強い一撃を繰りだす。
「おふぅっ...」ミカはその攻撃をうけとめ、苦悶の表情をうかべる。
「なんだ、大口叩いていたクセに雑魚じゃないか」
笑うハルに……。
「あぁ、これだから喧嘩は――最高ッスねぇ」
ミカの全身は血潮が駆け巡る気分に苛まれる。
「いっちょ、大きな華、咲かせますか」
血潮に操られるように――強く握られた拳が、ハルへ疾走する。
「ぐえぇッ!」
ハルの顔面に命中。そのまま地面に倒れ込んだ。
周囲から歓声が湧き上がる。
その中で、ミカはハルの這いつくばった姿を見つめる。
「ハルさん、私の勝ちッス。これでもういいでしょ?」
「ぐぬぬぬ……」
ハルの顔から、ありえないものを目にしたような驚きがにじみでていた。
「じゃあ、私はもう行くッスから」
ミカは言葉を残して身をひく。彼女の姿は颯爽と光の中に消えていった。
****
「うぅ、寒い」
寒々しい風が冷たく街を吹きぬける中、ミカは寂しげな眼差しで周囲を見わたしていた。
彼女が着ているセーラー服。
その純黒はカラフルな街並みとは真逆だった。
彼女は若干一七歳の年齢に達していた。
幼少の頃、肉親を亡くし、姉が代わりに親として彼女を育ててくれた。
しかし、その姉も今はいない。
それ以来、ミカは孤独な生活をおくっている。
今日もまた。
「はぁ……やってやりまッスか」
ここは冠伎町の町外れにある、ゴミの埋め立て地。
しかし、埋め立て地とは名ばかり。
ゴミは埋められることなく積み上げられ山のようになっている。
その山のうえ、ミカは探し物をしているように、見回している。
ミカは日々の生活をゴミ漁りといった手段で切り盛りしている。
凹んだ鍋に、穴の開いた靴……。
ひとつ、ふたつと彼女の手には使い古された物品があつまる。
ただのゴミもあぶく銭で買ってくれる業者がいるのだ。
「うん、なんだこれ……?」
彼女の目が一点を捉える。
ゴミの山の中に不思議な形をした物体が埋もれていた。
「これは……」
彼女が手を伸ばし、ゴミを払いのけると、はっきりとバイクの輪郭が浮かび上がった。
「【バイク】ッスか?」
ゴミ山の中で輝く、一台の黒いスポーツバイク。
そのボディには雷の柄が煌めている。
「ば、バイク……こ、こんなところで見られるなんて……ッ!」
――カッコいいッスゥ!
彼女の瞳には興味と好奇心が宿る。
ミカには不良と言えばバイクという認識がある。
そのせいでバイクを見るたびに、ものすごく興奮するのだ。
ミカはバイクに頬ずりする。
「うっひょぉ! テカテカしていて強そうッスね。肌ざわりなんかスベスベだし……。えっ、エンジンかかるんッスか……エンジン?」
『あなたは誰?』
声が響いた。
その声は年の若い少女のような響きだった。
「えっ?」とミカは声をもらした。
「だ、誰……?」とミカは戸惑いながらも問いかける。
周囲を見渡すが、彼女以外には誰もいない。
『あなたが僕に乗るの?』
再び現れた声。
乗る――それって、もしかして。
ミカの目は、じぃーっと黒いバイクを見つめる。
「おまえなんッスか?」
『おまえって呼ばないでくれない?』
どうやらバイクが喋っているようだった。
「バイクが喋った……ッ?」
ミカの表情から感情がなくなっていく。
うつむいて、「そんなことって......」とつぶやいて、顔をあげて......。
「超カッコいいッス!」
瞳がパァッと輝く。まるで、言葉にならない興奮を伝えているかのようだった。
『……っえ』
「喋るバイクがあるなんて……カッコよすぎまッスよぉ!」
彼女はバイクに身をよせ、抱きしめるようにして密着した。
『ちょ……ちょっと!』
やわらかい胸があたって、バイクは上擦った声をだす。
ミカは頬ずりをしながら、バイクの車体を優しく撫でまわす。
その触れる手つきはなんとなくいやらしかった。
『ベタベタしないで! 暑苦しい!』
バイクの声がミカの耳の中に直接響きわたる。
「ご、ごめんなさい!」
ハッとして、ミカはバイクから離れる。
『んもう……』
バイクの稲妻が光をだす。
その光はバイク全体を包み込んでいった。
瞬く間に、その輝きは髪へと変わり、宇宙を舞うように揺れ動く。
その中から、美しい少女の姿が徐々にうかびあがった。
ミカはあんぐりと口を開ける。
ツンツンしている髪に、フランス人形のような整った童顔。
小さくて可愛らしい体躯は黒のライダースーツをまとっている。
少女は髪色と同じ瞳を開き、不機嫌そうに周囲を見渡した。
『ここはどこ? あなたは誰?』
少女から発せられる声は、さっきまで聞いていたバイクの声と同一のものだった。
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