とうひこう
湊 哨
……
〝ねぇここから抜け出さない?〟
このフレーズに憧れたことがある人は私だけじゃないと思う。
小さい頃は仮面ライダーよりもプリキュアが好きで、かわいいものが他の子よりもずっと好きだった。
いつの時だろうか、同じクラスで仲の良かった子に【合わないよ】なんて言われたのは。
そこから私は、合うように合わせてきた、他人が求める私の像と噛み合うように。
すると皆はまるで満足したかのような顔をするのだ。私にはそう見えてならない。
高校生になった。
桜が綺麗に舞っていて、その並木道の真ん中でただ1人静かに佇む、墨のような綺麗な黒髪を2つに結んだ女の子が立っていた。制服からしてうちでは無い、お嬢様学校とやらであろう。
暫く私はその子から目が離せなかった。触れられそうで触れられない。壊れそうな子。
そうして時を過ごしていれば、ふと風が強くなって目をぎゅっと瞑る。漸く落ち着いた風に目を開ければ
「貴女も私と同じ顔」
口に手を添えて笑うあの子が立っていた。
「あの…だれ…?」
やっと口に出した言葉は掠れていたと思う。
「私は、深川すずよ。貴女は?」
「山瀬…渉」
「渉ちゃん、貴女が明日もここに来てくれたら私嬉しいわ」
「えっ、あの…」
「それでは、また明日」
彼女はそう残して颯爽と去っていった。
季節は巡って、高校生活が板についた2年の冬彼女とはあの日から凄く仲良くなった。お互い名前で呼びあっているくらいには。だけどまだ、彼女を知らないし、彼女も私の本当の姿を知らない。
「ねぇ渉ちゃん、貴女は本当に私そっくりね」
チョコアイスを頬張るすずを見ながら私もレモンティーを飲み干す。
「すずと私は違うでしょ」
「…そっくりよ悲しいほどにね」
「何言ってんの?」
すずはたまによく分からない発言をする。
「そう言えば明日花火大会あるけどすずは誰かと約束してるの?」
「それが誰とも約束してないの、行きたい人がいて」
「…へぇ」
「渉ちゃん私とデートしてくださる?」
「えっ、私でいいの?」
「ふふっ、渉ちゃん、その代わり、とびっきり好きな服装を着てきてね」
「うん、分かった…」
好きな…服装。
花火大会当日、神社の境内で池を悠々と泳ぐ鯉を眺めていた。
私の服装はきっと似合わないものだろう。
けれど、私はそれでも好きなものだから。すずと約束したから。
「お待たせ、渉ちゃん」
そう頭上から声がして見上げてみれば
「す…ず?」
「ふふっ、ちゃんと好きな服着てきた?」
「すずなの…?」
「私だよ、渉ちゃん」
すずは髪をまとめあげ、きちっとしたクールな服装で来た。
まるで別人…。
かっこいい……。
「渉ちゃん凄くかわいい」
かわいいだなんて言われたことない私は頬が赤く染まるのを感じた。
親でさえ私を見てくれないのに。
花火大会の日は初めて秘密を共有した日となった。勿論…それによって関係も…なんて。
そうして更に時はすぎ、3年の春。
桜が咲き始め、浮き足立つ皆の色とは裏腹に私の家庭は崩壊した。私の身体は心と共に疲弊し徐々に音を立て壊れていった。
「…渉どうしたの?」
「すず…ごめん…なんでもな」
「なんかあるでしょ」
「…違うの…違うの、私が…」
「渉…ゆっくりでいいから吐き出して?」
優しいすずの声に全てを委ねたくなった私は洗いざらい話した。
「…そっか辛かったね、渉ちゃんの家ってどの辺なの?」
「えっ…とこの道を真っ直ぐ行ってすぐ左に曲がれば…」
「わかった、今日の夜は窓を開けててね」
「へっ…?」
その日、私はすずに言われるままに窓を開けた。窓枠には人1人座れる部分がある。
そっと寄りかかって目を閉じる。まるで御伽噺の様に。今から連れ去られるかのように。両親はワインを溢れるように飲んでいまは寝ている。
誰かここから連れ出してはくれないだろうか。
……なんて。
ふと心地よい風が頬を撫で、カーテンを揺らした。
その瞬間。
「お待たせ、渉」
「すず…!?」
声に驚いて目を開け、見ると、大きな満月を背に桜吹雪と共にすずがこちらへ手を伸ばしていた。
「どういう…こと、?」
『私と一緒にここから抜け出さない?』
その手を取り満月に駆け出せば、新たな自由の始まりがもう既に目の前に広がっていた。
とうひこう 湊 哨 @minasyo_1110
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