マナ憑きのエステル 〜拝啓 次期公爵閣下、この手紙は姉に脅されて妹が代筆しています〜
一色一葉
ある語り部の口伝を記録したもの
かつては、マナ憑きを巡って戦争が行われていました。
ですが、あるマナ憑きの少女は、自らを争い、数千、数万という人々が命を散らしてく現状を目の当たりにして心が壊れ、自死の道を選んでしまいます。
それでも、マナは巡るものです。
宿主を失ったマナは次の新しい宿主──赤子を選定して、そこへ宿ります。
それなので、今度は各国で赤子狩りがはじまってしまいました。ですが、このままでは子供の数が激減し、国が滅びてしまうと考えた諸国の王が、停戦協定を結びます。
ある平和な時代に生まれたマナ憑きの少年は、各国の使徒として生きていました。使徒として生きる少年に、人間としての自由や、自分の人生はありません。各国を巡礼し、人々や土地を癒して、自らの命を削っていました。
それを哀れに思った少女が、周囲の目を盗み、少年の手を取って逃亡を図ります。その逃亡劇は長くは続きませんでしたが、マナ憑きの少年から目を離した代償は大きなものでした。少年が連れ戻されたときにはもう、その体からマナは失われてしまっていたのです。
逃亡している間に何かあったに違いないと、詰問され、拷問にまでかけられますが、その間に何があったのか、少年はついぞ口を割ることはありませんでした。
マナの力を失った少年は使徒としての役割を果たせなくなり、人々から失望されてしまいます。最終的には、見せしめとして殺されてしまいました。
人々の目から逃れたマナは、例の少女──巡礼に合わせてその国に滞在していた、小国の王女のお腹の子に宿っていました。逃亡の最中に二人は男女の営みを交わしていたのです。
王女から話を聞き出した小国の王は、自国にマナを授かったことを密かに喜びました。しかしながら、その喜びはおくびにも出さず、少年を憐れむふりをして国葬を執り行い、丁重に葬ります。娘の腹の子にマナが宿っていることはひた隠しにし、その力を自国のためだけに使おうと企てたのです。
マナ憑きの子供が産まれると、小国には豊穣が訪れました。鉱山からは金銀財宝が採掘されるようになり、一代で大国にも劣らぬ財を成しました。
マナ憑きの子供は優しい女の子に育ち、大人となり、結婚をして、子供を産みます。
マナは子から子へと受け継がれ、小国はますます繁栄していきました。周辺の国々が干魃に見舞われても、水害に襲われても、その小国だけは楽園のように平穏でした。
行方が不明のままだったマナが、小国にあるのではないかと訝しんだ周辺の国々は、図らずもそれぞれに間者を放ち、ついには小国の王家がマナを独占していた事実を突き止めます。
マナの力さえ手に入れることができれば、自らの国も繁栄するはずだと、周辺の国々はこぞって小国に攻め入りました。小国は一夜にして滅び、マナ憑きと思しき王女は、誤って敵兵に殺害されてしまいます。
マナは再び失われたかに思われました。しかし、マナは数日前に生まれたばかりの赤子に引き継がれ、父親の近衛騎士と共に小国を脱出して、密かに生きながらえていたのです。
親子は流浪の民として生きていくことになりました。
マナは再び行方知れずとなり、数百年の時が過ぎ去りました。
もしも一所に留まってしまえば、たちまちのうちにマナ憑きの居場所が世界に知れ渡ってしまいます。マナ憑きとその家族は、子から子へとマナを受け継ぎながら、こうしている今も旅から旅の生活を続けているのでしょう。
もしかしたら、マナ憑きはあなたのすぐ傍にいるのかもしれません。
ともすると、あなた自身がマナ憑きなのかもしれません。
マナは、奪い合えば災いとなりますが、分かち合えば幸いとなります。
マナとは、本来、ただそこにあるべきものなのです。
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