ぬらりひょんは異世界にて嗤う

九戸政景

序章

第1話

「起きてください」

「んー……?」



 空に浮かぶ月に軽く雲がかかり、辺りが暗闇で包まれた古ぼけた一軒の屋敷。その屋敷の中の薄暗い和室に敷かれた布団の上で眠っていたモノはゆっくり目を開けた。その視界に入ってきたのは、クリーム色の長髪の女性であり、西洋の神話で語られるような女神を思わせる服装をしていた青い目の色白な女性を見ると、眠っていたモノは体を起こしてからニヤリと笑った。



「目覚めと同時に異国の別嬪べっぴんさんのお出ましかぃ。こいつぁ嬉しいってもんだが、あんたはいってぇ何者なんだぃ? ここも俺の隠れ家の寝床じゃねぇみてえだが」

「ここは私の力で生み出した異空間です。あなた程の存在であれば既に感じ取っているはずですが、私も超常的な存在ではありますから」

「みてぇだな。この妖力とも霊力とも異なる力の気配は……もしや神力かぃ?」

「その通りです。これでも私は世界を創り出し、管理をしている女神なのです」



 女神の言葉にそれは大きな笑い声を上げる。



「かっかっか! それなら納得だ!」

「やはりあなた程の存在となれば女神だと聞いても驚きませんか。これまでにあらゆる存在の前に姿を見せてきましたが、驚くことなく納得したのはあなたが初めてです」

「おれぁこう見えても神と酒盛りした事もあんだ。旅ん中で霊峰の一つに行った時に偶然その神も来ててな、そん時は神の方が驚きやがったから思わず笑っちまったさ。んで、その後は二人揃って麓の町で飲み歩いてな、朝になったら二日酔いで頭がいてぇの道の端で揃ってぶっ倒れてるので二人で笑っちまったんだ。それからはソイツも時々隠れ家まで酒持参でダチ公まで連れて来てくれるようになってそれは楽しい時間を過ごせるようになったもんだ」

「ふふ、そうですか」



 女神が口元に手を当てながら笑っていると、それは女神をしげしげと見た。



「しかし……見れば見るほどあんたは本当に綺麗なもんだな。こういう場じゃなけりゃあ口説き落として、寝ぼけた鳥っこ達が囀ずるまでそのまま愛してやって、身も心も俺のもんにしてぇとこだがどうだぃ? 今が何時だか知らねぇが、俺に抱かれて一時の夢でも見てみねぇか? 一度俺の“刀”に貫かれりゃあ俺の虜になること請け合いだぜ?」

「それも一興ですが、とりあえず色々お話をしなければならないので今は遠慮させてもらいます」

「くくっ、そうかぃ。まあ機会は幾らでもあっからな。しかし、ここは中々居心地が良いもんだな」

「ここはあなたの新たな隠れ家となりますから、あなたが好きそうな場所にしているのです」

「はっはっは、そりゃあありがてぇや。家なんざ幾らあっても困らねぇし、それを何のしがらみもなく受け取れるってんなら嫌がる奴なんざいねぇさ。んで、その話ってぇのは何なんだぃ?」



 月が雲から現れ、月明かりが和室の中を照らす。月明かりによって女神の色白の肌が際立つ中、先程まで暗闇の中にいたそれの姿も露になる。小柄な体を包む紺色の着流しに腰に差した一振の刀、そして多少シワがあるものの鋭い眼光を宿した二枚目顔と異様に突き出た後頭部。そのおよそ普通の人間ではない存在を前に、女神は静かに口を開いた。



「あなたの力を見込んでお願いしたい事があるのです、百鬼夜行ひゃっきやぎょうの主たるぬらりひょんの力を」

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