第54話 奇襲爆撃

 戦いが始まる前、日本の巡洋艦戦隊と水雷戦隊、それに米国の巡洋艦戦隊と駆逐戦隊はそれぞれの上級司令部から似たような命令を受けていた。


 「敵の補助艦艇を友軍戦艦に近づけさせるな」


 各隊の指揮官は上記の命令をその言葉通りに捉えていた。

 だから、それぞれが阻止線を形成する。

 そして、そのラインを踏み越えてきた相手に対してのみ迎撃行動をとるつもりでいた。


 ただ、例外もいた。

 重巡「愛宕」をその旗艦とする第四戦隊司令官の角田少将だった。

 角田司令官はこの七月、これまで務めていた第四航空戦隊司令官から「高雄」型重巡で編成された第四戦隊司令官へと転じた。

 主力である空母戦隊司令官から脇役とも言える巡洋艦戦隊司令官への鞍替えは、一見すると降格人事にも思える。

 だが、帝国海軍内ではこれは昇任人事だと捉えられていた。

 実際、第五航空戦隊司令官だった原少将もまた同じように巡洋艦戦隊である第八戦隊司令官へと転任している。

 そして、角田少将と原少将は、ともにこの一一月に中将に昇任することが内定していた。

 その角田司令官は上級司令部からの命令に対して、他の司令官とは違った解釈をしていた。


 「相手を潰してしまえば、その目的は達成される」


 要は味方の戦艦に敵の巡洋艦や駆逐艦を近づけさえしなければいいのだが、しかしその手段は問われていない。

 ならば、自分のやりたい通りにやればいい。

 そのための手札はすでに切ってある。


 巡洋艦戦隊の最先任である角田司令官は第四戦隊と第五戦隊それに第七戦隊の指揮を委ねられていた。

 それら重巡にはそれぞれ三機の零式水偵が搭載されていた。

 ただ、航空巡洋艦へと改装された「最上」だけは例外としてこちらは九機が配備されている。

 重巡に搭載されている零式水偵は偵察をその本務とし、他に着弾観測や対潜哨戒、それに連絡機としても使用されていた。


 また、これとは別に零式水偵は爆撃にも使える機体だった。

 二五番であれば一発、六番なら四発を装備できた。

 もちろん、命中精度の高い急降下爆撃などは、その機体構造上から無理ではあったが、それでも緩降下爆撃であればなんとか可能だった。


 それら零式水偵は接敵前にすべての機体が発進していた。

 砲撃戦が始まる前に可燃物である艦載機を空中退避させるのは珍しいことではない。

 だから、米側はこの振る舞いに対して何の疑問も抱いてはいなかった。

 一方、八隻の重巡から飛び立った三〇機の零式水偵は艦ごとにその編隊を整え、そして緩降下に遷移した。


 真っ先に敵目掛けて突っ込んでいったのは「最上」隊の九機だった。

 乗艦が同じだということもあって、これら九機についてはその連携に心配は無かった。

 三つの三角型編隊を形成した「最上」隊は、撃ち上げられてくる対空砲火をものともせず、緩降下しつつ殿艦である敵七番艦に狙いを付ける。

 対空戦闘に不向きな単縦陣で、そのうえ殿に位置するものだから、敵七番艦は他艦からの支援をほとんど受けられずにいる。

 それでも、投弾前に「最上」五番機が機関砲弾かあるいは機銃弾に絡め取られて撃墜される。

 だが、残る八機は投弾に成功、さらに離脱にも成功した。


 狙われた七番艦、米軍で言うところの重巡「チェスター」の周囲に六本の水柱が立ちのぼるのと同時に艦の前部と中央部に爆炎がわき立つ。

 命中率が二五パーセントというのは、開戦時の九九艦爆が挙げたスコアと比べれば極めて不満の残る成績だ。

 それに、損耗が甚だしい九九艦爆の搭乗員に比べ、それほどでもない零式水偵のほうは熟練搭乗員の比率が極めて高いからなおのことだった。


 それでも、戦果は大きかった。

 艦中央部に命中した二五番は「チェスター」の水平装甲をあっさりと食い破り、機関室に飛び込む。

 そこで解放された爆発威力は複数のボイラーを爆砕する。

 艦の心臓部に甚大なダメージを被った「チェスター」は、見る見るうちにその速力を衰えさせていった。

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