第26話 誤算
「日本の連中は、一体どれほどの索敵機を放ったんだ?」
マーシャル沖海戦で重傷を負ったハルゼー提督。
その彼に代わって空母部隊を指揮することになったフレッチャー提督が呆れ混じりの声をあげる。
自分たちは、第二航空艦隊から見れば、それこそ盲点あるいは死角になる方向から忍び寄ったはずだった。
しかし、あっさりと敵の索敵機に接触されてしまった。
それこそ全方位に近い索敵線を設定していない限り、このようなことはあり得ない。
「最低でも二〇機、場合によっては三〇機に迫る索敵機を投入したのでしょう。日本海軍の索敵にかける執念には目を見張るものがあります。実際、インド洋では奇襲を企図した東洋艦隊が同じように日本艦隊の索敵網に引っ掛かっています」
航空参謀の見立てに、フレッチャー提督も同意の首肯を返す。
現実を見れば、それ以外に考えられない。
いずれにせよ、敵を発見するよりも前に、自分たちが先に敵に見つかってしまった。
展開としては最悪と言っていい。
重苦しい空気が立ち込めつつあった「ヨークタウン」艦橋だが、しかしそこへ待望の報告がもたらされる。
「空母六、他に一〇隻余の護衛艦艇から成る機動部隊を発見」
「ヨークタウン」が放った索敵爆撃隊に所属するSBDドーントレスからの報告に、フレッチャー提督は情報参謀に目を向ける。
「日本海軍は開戦時、七隻の正規空母以外に『龍驤』と『瑞鳳』それに『鳳翔』と『春日丸』の四隻の小型空母を保有していました。おそらくはそのうちの三隻を二航艦に組み込んだのでしょう」
そう言って少し間を置き、さらに推測だと断って自身の考えを述べる。
「四隻の小型空母ですが、このうち『春日丸』は商船改造空母なので脚が遅い。ですので、二航艦に配備された三隻は『龍驤』と『瑞鳳』それに『鳳翔』とみて間違いないと思います」
当然のことながら、小型空母は正規空母に比べて戦力が小さい。
それでも三隻もあれば、それなりの脅威には成りうる。
だから、その点をフレッチャー提督は情報参謀に質す。
「三隻の空母の搭載機ですが、おそらくは七〇機程度で、どんなに多く見積もっても八〇機には届かないでしょう」
戦前、フレッチャー提督はこちらに向かってくる空母は「翔鶴」型の三隻のみで、その搭載機数は二〇〇機をわずかに超える程度だと聞かされていた。
一方で、こちらは「ヨークタウン」と「ホーネット」それに「ワスプ」の三隻に二四〇機を搭載しているから、わずかではあるが数的優勢を確保しているものだとばかり思い込んでいた。
しかし、三隻の小型空母の存在によってその立場は逆転した。
他にも計算違いはあった。
事前の計画では、自分たちは隠密裏に二航艦の背後に迫り、そしてその背中を思いきり蹴飛ばしてやるはずだった。
しかし、実際には正面きっての殴り合いになろうとしている。
そして、そうなればいささかばかりまずいことになる。
空母を守るための巡洋艦や駆逐艦といった護衛戦力が極めて少ないからだ。
昨年末に生起したマーシャル沖海戦で、当時の太平洋艦隊は二三隻の駆逐艦を撃沈され、さらに一一隻の巡洋艦を撃破された。
このうち、巡洋艦のほうはそのほとんどが修理に時間を要する機関室に被弾しており、現時点において戦列に復帰できた艦は数えるほどでしか無かった。
だから、この戦いでは空母一隻につき、二隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦を充てがうのが精いっぱいだった。
それでも、やるべきことは決まっている。
自分たちの目標には二航艦の撃滅の他にポートモレスビーの防衛もまた含まれているからだ。
ここで、自分たちが戦わずして逃げるようなことがあれば、米国と豪州の間に修復しがたい亀裂が生じてしまう。
いずれにせよ、すでに敵の索敵機に発見されてしまっている以上、時間の猶予は無かった。
だから、フレッチャー提督はその目的に沿った命令を下す。
他に方法は無い。
「ただちに攻撃隊を発進させよ。狙うは空母のみ。それ以外は目をくれるな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます