第16話 迎撃方針
マーシャル沖海戦の大敗は米国に激震をもたらしていた。
当初、ルーズベルト大統領は太平洋艦隊司令長官のキンメル大将に敗北の全責任を押し付けることで事態の収拾を図った。
しかし、野党共和党はその程度では納得せず、ルーズベルト大統領の強硬な対日姿勢こそが現在の状況を招いたとして、議会で激しくその彼を突き上げた。
「ハル・ノートによる挑発こそが日本を怒らせ、そして日米間における無用の戦争を生じさせたのだ」
そう言って、大勢の合衆国青年がマーシャルで血を流したのも、ひとえにそれはルーズベルト大統領の失策によるものだとして彼を糾弾した。
だが、政界のごたごたはそれとして、米海軍としては太平洋の防衛戦力の再構築に努めなければならない。
マーシャル沖海戦では八隻の戦艦と三隻の空母、それに二三隻の駆逐艦を失った。
しかし、一方で一三隻の巡洋艦と一一隻の駆逐艦が生還した。
巡洋艦は一三隻のうちの九隻、駆逐艦に至ってはそのすべてが空母の護衛にあたっていた艦だ。
そして、これら巡洋艦や駆逐艦は空母から投げ出された大勢の将兵を救った。
その中には搭乗員や整備員、それに兵器員や発着機部員といった希少種とも言える人材も含まれている。
逆に、もしこれら二四隻の巡洋艦や駆逐艦が沈められていたとしたら、太平洋艦隊は回復不能の人的ダメージを被っていたことだろう。
太平洋艦隊にとっては、まさに不幸中の幸いといったところであった。
そして、新しく太平洋艦隊司令長官に就任したニミッツ大将の差し当たっての任務はその太平洋艦隊の再建と、それに同盟国である豪州の防衛だ。
一方、フィリピン救援に関しては、すでにこれを諦めている。
現有戦力での奪還など、それこそ夢物語にしか過ぎないからだ。
そのニミッツ長官に重大情報がもたらされたのは、つい先程のことだった。
「日本海軍がインド洋侵攻とそれにポートモレスビー攻略を同時に実施するという情報だが、しかしこれは本当なのか」
ニミッツ長官が情報参謀のレイトン中佐に情報の真偽を確かめる。
日本海軍はマーシャル沖海戦以降は東南アジアの資源地帯の攻略に専念しているのか、それ以外の戦線については大きな動きを見せていない。
連合艦隊の主力もまたマーシャル沖海戦で相応の手傷を負っており、現在はその回復に努めているのではないかというのが情報部の見解だ。
そして、傷を癒やした連中が再び蠢動を開始した。
それも、東洋艦隊と新生太平洋艦隊を同時に相手取るという傲慢極まりないやり方で。
「電波傍受や間諜からの報告、それに物資や人の流れから考えて、まず間違いありません」
信頼するレイトン中佐が情報の信憑性に太鼓判を押すのであれば、ニミッツ長官としてもこれを疑う理由は無い。
「時期それに敵の戦力は分かるか」
「時期は三月下旬から四月上旬。インド洋には第一艦隊と第一航空艦隊、ポートモレスビーには第二航空艦隊が来寇するものと見られています。さらに、これらに加え、南方作戦に従事していた第二艦隊の艦艇もその多くが参陣することになるはずです」
レイトン中佐の見立てに、ニミッツ長官は彼我の戦力を思い浮かべる。
日本の第一艦隊は戦艦を主力とする部隊で、その中には「大和」と言う超巨大戦艦も含まれている。
一方、第一航空艦隊と第二航空艦隊はその名の通り、空母と艦上機をその戦力の基幹としている。
第一航空艦隊のほうは空母が「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」の四隻。
第二航空艦隊のほうは「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」の三隻であることがこれまでの調べから分かっている。
「敵の戦力配分を見れば、我々よりも東洋艦隊のほうを強敵と見なしているようだな」
ニミッツ長官が自嘲まじりの感想を吐き出す。
「太平洋艦隊が壊滅的ダメージを被ってからまだ三カ月と経っていません。一方で東洋艦隊のほうは未だ無傷を保っています。日本軍が東洋艦隊のほうがより大きな脅威だと考えたとしても、特におかしなことではないでしょう」
レイトン中佐の言う通り、昨年末に生起したマーシャル沖海戦で当時の太平洋艦隊は八隻の戦艦とそれに三隻の空母を一度に失うという大敗を喫した。
それからまだ三カ月と経っていないのだから、日本側が自分たちよりも東洋艦隊のほうを強敵だとみなすのも、致し方なしといったところだ。
だがしかし、見方によってはこれは好機でもある。
日本軍は兵法の最大の禁忌である戦力分散の愚を犯そうとしている。
逆に言えば、自分たちの全力をもって敵の分力を討つ最大のチャンスをお膳立てしてくれたとも言えた。
「大西洋から回航中の『ワスプ』、それに新型のF4Fは間に合いそうか」
ニミッツ長官が端的に尋ねる。
現在、太平洋艦隊は「ヨークタウン」と「ホーネット」の二隻の空母を中心に戦力の再編中だ。
そこに「ワスプ」が加われば、こと空母の数に関しては第二航空艦隊と同等になる。
それと、F4Fの新型というのはF4F-4のことで、このタイプは従来のそれとは違って翼を大きく折り畳めるようになっていた。
このことで、搭載に必要な床面積もまた従来型に比べて半分以下になっている。
その恩恵をもとに、太平洋艦隊の空母の戦闘機定数は、戦前のそれに比べて十割増しとすることが決定されている。
しかし、それも「ワスプ」とF4F-4が間に合ってこその話だ。
「両者ともに十分に間に合います」
一切の装飾を省いたレイトン中佐の言に、ニミッツ長官は力強く頷く。
方針は決まった。
言葉を紡ぐ。
「ポートモレスビーに来寇する日本艦隊については、これを迎え撃つ。思い上がった連中に、きつい一発をお見舞いすることにしよう」
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