第9話 迎撃戦闘
同盟国のドイツほどには洗練されていないものの、しかし帝国海軍もまた電探と無線を活用した航空管制を実施していた。
その要となる電探操作員それに航空管制官の間で困惑が広がっていた。
こちらに向かっている敵編隊はそのいずれもが一〇機乃至二〇機規模のものばかりだったからだ。
五月雨式の攻撃は戦力の逐次投入とも言える。
しかし、迎撃側から見れば的が絞りづらくてやりにくい相手でもあった。
そして、こうなってしまうと航空管制官としては急降下爆撃機それに雷撃機を優先して攻撃しろといった至極当たり前の指示しか出すことが出来ない。
一方、米艦上機隊がこのような形で進撃してきたのは、単に大編隊を組む訓練を実施していなかったことがその理由だった。
彼らは訓練不足から艦隊単位はもちろん母艦単位の編隊を組むことすらも出来ず、飛行隊単位で進撃するのがやっとだった。
日本側としては想定外もいいところだが、それでも迎撃を怠るわけにもいかない。
一航艦の「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ一個中隊、二航艦の「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」からそれぞれ二個中隊の合わせて一二〇機の零戦が友軍艦隊を守るべく米攻撃隊に向かっていく。
真っ先に米攻撃隊と接触したのは上空警戒任務にあたっていた「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」の三個中隊三六機の零戦だった。
彼らは眼下の海面を這うように進撃する雷撃機に狙いをつける。
急降下爆撃機が搭載する爆弾も雷撃機が抱える魚雷も剣呑極まりない兵器だが、しかしどちらのほうが脅威かと言えば間違いなく後者だ。
雷撃機を撃墜すべく三六機の零戦が機首を下げ、次々に降下を開始する。
狙われたのはそれぞれ一五機のTBDデバステーター雷撃機からなる「エンタープライズ」雷撃隊と「サラトガ」雷撃隊、それに同じく一四機からなる「レキシントン」雷撃隊だった。
友軍雷撃隊を守るべく九機のF4Fワイルドキャットからなる「エンタープライズ」戦闘機隊と同じく一〇機からなる「サラトガ」隊、それに九機のF2Aバファロー戦闘機からなる「レキシントン」戦闘機隊が零戦の前に立ちはだかる。
一方、零戦のほうもその挑戦に応じる。
敵の護衛戦闘機をそのままにして雷撃機を攻撃することは出来ない。
そのような真似をすれば、間違いなく敵の護衛戦闘機に側背を突かれてやられてしまう。
低空域で日米の戦闘機が混交するのにわずかに遅れて「赤城」戦闘機隊と「加賀」戦闘機隊、それに「蒼龍」戦闘機隊と「飛龍」戦闘機隊が迎撃戦闘を開始する。
こちらはもっぱら急降下爆撃機にその的を絞っていた。
日本の艦隊に向けて進撃していたのは索敵任務にあたっていた「エンタープライズ」索敵爆撃隊を除く二個索敵爆撃隊それに三個爆撃隊の合わせて九一機。
そのいずれもがSBDドーントレス急降下爆撃機で編成されていた。
このうち「赤城」戦闘機隊それに「加賀」戦闘機隊はそれぞれ「サラトガ」爆撃隊それに「レキシントン」索敵爆撃隊を、「蒼龍」戦闘機隊それに「飛龍」戦闘機隊はそれぞれ「エンタープライズ」爆撃隊それに「サラトガ」索敵爆撃隊にその矛先を向けた。
急降下爆撃機隊にとって不運だったのは、護衛の戦闘機はすべて雷撃隊と同道していたことだ。
旧式で鈍重なTBDと比べて、SBDのほうはそれなりの強武装で運動性能も良好だから、こちらは戦闘機の護衛がなくとも大丈夫だと判断されていたのだ。
一方、鬼の居ぬ間の洗濯とばかりに零戦はSBDを襲撃、二〇ミリ弾や七・七ミリ弾をしたたかに浴びせて次々に屠っていく。
その頃には残る「翔鶴」と「瑞鶴」それに「雲鶴」の迎撃第二陣、合わせて三六機の零戦が戦場に到着、こちらは低空に舞い降りて「エンタープライズ」雷撃隊と「サラトガ」雷撃隊、それに「レキシントン」雷撃隊に食らいつく。
護衛の戦闘機を引きはがされ、無防備となった雷撃機ほど脆弱なものは無い。
もともと運動性能が低いうえにさらに腹に一トン近い重量物を抱えているのだ。
逆に零戦のほうは低空域における低速戦闘こそを最も得意としている。
TBDとは真逆の軽快な運動性能にものを言わせ、それこそ面白いようにTBDを平らげていく。
「一二〇機の零戦をもってしても撃ち漏らしが出てしまうのか」
電探操作員から二〇機ほどの編隊がこちらに向かってくるとの報告を受けた第一艦隊司令長官の高須中将は驚き混じりのつぶやきを漏らす。
しかし動揺は一瞬、すぐに必要な指示を出していく。
「敵編隊の狙いはこちらの空母である可能性が大だ。すぐに一航艦ならびに二航艦にこのことを伝達せよ。それと、第一艦隊の戦艦に搭載している零式水観のうちで緊急発進が可能なものはこれを迎撃に当たらせろ。どこまで効果があるかは分からんが、しかし何もしないよりは遥かにマシだ」
高須長官の命令一下、「大和」から二機、それ以外の戦艦からそれぞれ一機の合わせて八機の零式水観がカタパルトから緊急発進する。
それらは編隊を組むのを惜しむかのようにして上昇していく。
しかし、自身の焦りからか、高須長官にはその動きはもどかしいほどに緩慢に見えてしまう。
(敵が低空から迫ってくる雷撃機であれば零式水観の上昇力でも事前に必要な迎撃高度に到達することが出来るはずだ。しかし、中高空を行く急降下爆撃機であればおそらく無理だろう)
そう考える高須長官の耳に予想通りの報告が飛び込んでくる。
「我レ大和一番。敵編隊我ガ頭上ヲ通過セリ。敵ハ急降下爆撃機ト思ハレル」
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