第16話 最終試験:友との別れ
僕が初めて異世界の街に行ってからニ週間と五日が経過した――後一日でアレクとの鍛錬が終わる。
そして僕の入学まで後三日だ。
今日もアレクと実践を終え、そろそろ普通に戦えるレベルまでになった。アレクからも筋がいいとセンスがあると褒められるほどだ。
そして帰り際アレクは言った。
「明日、試験を行う。今までとは違うと思え、剣を持ち本気で私にかかってこい」
元々心の準備はしていた。鍛錬最終日は今までとは違うだろうと思っていた。
大丈夫だ――決意は固まっている。
四週間前とは違う。あの時はアレクが何を考えているのか分からなくて、僕は何のために戦うのか迷いがあった。
でも今は目標を見つけた――そのために強くなると決めたんだ。
僕はベッドに入り布団を被る。
(眠れないな)
大丈夫だと思ってはいても、心の奥底では不安がある。理由は明白だ。
もし明日アレク怪我をさせてしまったら――相手が傷つくくらいなら僕が傷ついた方がいい。
鍛錬が終わり師匠であり友であるアレクとの別れ――ひと月とは短いようで長い、その時間の大半を一緒に過ごしたことによる安心感は明日以降無くなる。
そしてこれからは一人で生きていかなければいけないということ。
こうして振り返ってみると、思ってた以上にアレクは僕の心の拠り所になっていたという事がありありとわかる。アレクという人間の存在感は僕にとって大きかった。
もっと一緒の時間を噛み締めておくんだったな。
気づくのはいつも後からだった――
(エーデル。僕は明日アレクと本気で戦わなければいけない、それにこれからは一人で頑張って生きていかないとな。でも大丈夫だ。僕には目標がある、それにお前もいるしな…………ごめん嘘だ、やっぱり一人は怖いな……)
僕は心の奥底の不安を捨て切れなかった。
その瞬間、頭の中のフィルムが勝手に動き出した。
これは……
家族との団欒の情景、僕とアルメリアで庭で昼寝をした情景、朝起きてクラウスとトイレの取り合いをした情景、アレクと笑いながら会話をした情景、アレクとアルメリアが仲良く本を読んでいた情景達が頭の中で大きく写真のように並んだ。
思わず涙が溢れた。まるで本当のエーデルが大丈夫だよと、僕は一人じゃないと背中を推してくれた気がした。僕には思い出がある。思い出が僕を決して一人にはしないと――
(エーデル、ありがとう。僕は馬鹿だ、死ぬわけじゃない。そうだよな? 僕には沢山の思い出ができたんだ)
「よし覚悟を決めよう」
次の日カルラとアルメリアが見守る中、僕はアレクに貰った剣を持ち庭へと歩き出した。
そこには既にアレクが剣を持って立っていた。見慣れた庭なのに、いつもと違う静けさと感じる殺気。まるで本当の戦場にでも立たされた気分だ――
(大丈夫だ、大丈夫。僕は大丈夫だ頑張れエーデル)
僕はエーデルのまじないを借りて深呼吸をした。
何かいつも通りが欲しくて空を見上げた。でも空は答えてくれなかった、こんな日は晴れていて欲しいのに。今にも雷が落ちそうで、ポツポツと降る雨に嫌な感覚が蘇る、僕らが死んだ日はこんな雨の日だった――
アレクは一言も話さず僕を凝視している。
「本当の戦場で前置きをする馬鹿がどこにいるんだ」と言っているかのようだ。
アレクとの戦闘距離を保ち、僕は目を瞑り呼吸を整える――
剣を構えて三秒――目を開けてアレクに向かって走りだした。アレクは一歩も動くことなくまだ僕を凝視している。
(アレク……君は誰かと戦わなければならない時そんな顔をするんだな……)
僕は距離を詰めてアレクに剣を振るった――
僕の振るった剣とアレクの剣ぶつかり、キィンという音を鳴らした。
今までに聞いた木刀の音とは全然違う。心地の良いなんて物じゃない恐怖の音だ。するとアレクはフッと笑い、右脚を一歩前に出し力を入れて左腕に持つ剣を斜め上から精一杯横に振るい、それを戻すように剣を横に振るった。
――動作が大き過ぎる。僕は必死に避けたが、剣が服にかすり破けた。
(やばい、手を抜くなんてものじゃない、これは本気でいかない死ぬ!)
一度距離をを置き、戦闘体制を整える。
そして再び剣を構えアレクの方へ走り出した――
そうだ、風を起こせ――
走りながら剣をバツの文字に振るい風を起こし、その風を剣にまとわせ、九十五パーセントの神力でアレクに切り掛かった――アレクの剣とぶつかる――
(もっと押せ! もっと力を入れろ! )
一瞬アレクは目を見開き少し驚いた顔をした。
風を起こしたせいで砂埃が舞い視界が悪なってきた。神力が味方をしてくれているんだ。段々と纏う神力が大きくなっているのがわかる。
(いける。もっと風を!)
もう少し。もう少しでアレクを押し倒せるかもしれない! と思ったその時、赤い何かが視界入り――僕は吹っ飛んだ。
そして気絶した。
(なんかこれ……デジャブだな)
…………僕は夢を見た。
白い空間で僕は寝ている。誰かの足音が聞こえる――
僕の顔を覗いてきたのはエーデルだった、本当の体の持ち主エーデル。
話しかけたいのに、話したいことが沢山あるのに、声が出ない、体も動かせない、辛うじて目だけが動く。
エーデルは心配そうな顔を浮かべると僕を見てニコニコと笑っていた――
――気がつくと見慣れた青い空、雨は上がったのか……
僕は寝そべっているようだ。するとカルラとアレクが顔を覗いてきた。
「エーデル大丈夫?」
僕の頭はまだ働いていないが、アレクは無事なんだな……とにかく良かった。
結果は――負けたのか? 負けたんだよな……もう少しってところでアレクの剣が赤くなって吹っ飛んだ……あれはアレクの神力か? それにしてもアレクは強いな、本当に敵わないや。さすが僕の師匠だ。
でも負けたってことはどうなるんだ? また鍛錬つけてもらえるのか?
「おい」
「アレク、ごめん」
「何がだ」
「なんとなく」
「ごめんの意味がわからん。とにかく合格だ」
「…………え?」
「おめでとう。これで鍛錬は全て終わりだ」
いや、待て待て待て。
吹っ飛んだよね? 負けじゃないの?
「アレク、でも僕は吹っ飛んで気絶したよ」
「当たり前だ。私がお前に負ける訳ないだろう。まさかとは思うが、また怪我させてしまうとか考えたんじゃないだろうな?」
「そ、それは……」
図星だ。一瞬加減を……と考えたが、実際に剣を交えた時そんな余裕も必要はないと感じた。寧ろ加減しなくても僕は殺されるかもとさえ考えていた。
「私に勝つことが試験だとは言っていないぞ。お前は前よりも充分強くなった。それも予想を超えてきた。私が相手では実感がないと思うが、一般的に考えれば規格外だ。そもそも私は神力を使うつもりは無かったんだが、最後は危なかったから使ってしまった」
一瞬見えた赤いのはやはり神力だったのか。
「アレクの神力って……」
「ああ、火だ。風の神力は火の神力と相性が悪い。風は火を大きくしてしまう。神力が多ければ多いほど大規模な戦いになる。だか、お前は私に神力を使わせるほどの強さがあった。よって合格だ」
合格だ……と言われても嬉しかったでも同時に悔しさと悲しさもある。
僕はアレクには勝てない事実と本当にこれで最後だということ。涙は流したくないな……別れるなら笑顔がいい。
僕は立ち上がりアレクに深々と頭を下げた。
「アレク、いや師匠本当にありがとうございました」
「こちらこそだ」
ああ、やっぱり無理だ。僕は本当に泣き虫だな。
目いっぱいに溜めてた雫は、もう溜める場所がなく溢れ出した。
「泣くな。永遠の別れじゃないぞ。またいつか会える、私は色んな街に行く、だがお前のためならいつでも飛んで来れる……友達なんだろ……」
「はいっ! 僕もアレクのためなら何処にでも飛んで行きます。友達だから!」
「次会う時は更に強くなっているだろう、期待している」
アレクは僕を抱きしめた、僕もアレクを強く抱きしめた。そして感じたのはアレクは思っていた以上に柔らかく華奢で普通の女の子だったということ。
こうして全ての鍛錬が終了し、アレクは去っていった――永遠ではなく暫しの別れだ。またいつか会える。
気のせいだろうか。去り際アレクの目にも何か光る粒が見えた気がした。きっと僕の見間違えだと思うが、僕は気のせいじゃないことを願ってしまった――
クラウスが仕事から帰宅し今日のあれこれを話した。
アレクには負けたが試験は合格だったこと、風の神力と火の神力のこと、僕が前より強くなったこと、そして明日がこの家で過ごす最後の日だということを。
部屋に戻ると直様ベッドに入った、流石に今日は疲れた。
僕は今日のことを思い返してみた。
何よりアレクと試験をしたときのあの殺気……
僕は戦闘経験がないからよくわからないが、普通では無かった、まるでこれから殺人を犯す勢いの圧。別人のように思えた。
三白眼と鋭い目つき、決して上がることのない下げたの口角。その表情から読み取れるのは……人を殺した経験があるかないかだ。
同じ目をした奴を一度だけ見たことがある。前世で悪い奴ならいくらでも見た。いじめてきた奴は皆笑っていて、笑いながら殴ってくるんだ。
でもその一度だけ僕は本気でコイツに殺されるんじゃないかって思った時があった――理由はわからない、もしかしたらただイラついていただけのかもしれない。でもあの死んだような目を忘れたことは一度もない。
タイミングよく先生が通りかかって止めてくれたが、あの時先生が来なかったらどうなってたのだろう。
その後そいつは遂に犯罪を犯して少年院に入ったと聞いが、理由は放火や人を殺したなど噂が飛び交っていたが真相はわからない。タイミングよく先生が通りかかって止めてくれたが、あの時先生が来なかったらどうなってたのだろう……
――でもアレクはいい人だ、何か理由があるはずだ。
僕は友であるアレクを守れるように――アレクが剣を抜くことがないように更に強くなると心に決めた。
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