第2話 エーデル:幸せな絶頂
――目が覚めると、母の腕の中で寝ていた。
「ふあ〜、おはようエーデル。早起きね、偉いわ」
母はエーデルの鼻をツンと人差し指で触った。指先から愛が伝わる。
「一緒に寝るのは今日までだからね。明日はもう十三歳になるんだから、一人で寝なきゃダメよ?」
部屋には散らかったおもちゃと、積み重なった本が置いてある。いつもと何ら変わりのないエーデルの部屋だ。
寝起きの身体を起こして、カーテンを開けた。眩し過ぎる朝日に片目を瞑る。
「今日も最高の天気だ!」
(エーデル・アイビス。今日はお前の十二歳最後の年だ、今日という日を、うんと楽しめ!)
エーデルは自分に気合を入れた。
部屋を出て階段を駆け足で降り、リビングにあるテーブルの椅子に座った。
テーブルの上には、パンにベーコン、目玉焼き、そしてコーンスープが用意されていた。父が早起きして朝食を作ってくれたらしい。
「僕の大好きな食べ物ばかりだ! ニンジンも……あるのか……」
「好き嫌いは良くないぞ〜。おはようエーデル」
「おはよう! お父さん今日はお仕事休み取れたの?」
「もちろんだとも! なんていったって今日は、うちの大事な長男坊の誕生日前夜祭だ。なんとニ日間も休みだぞ」
父の仕事は魔物狩りだ。依頼を受け魔物が出没した場所に狩りに行く、そして決して多いとはいえない報酬を貰う。それでも父、クラウスはその仕事一つで家庭を支えている。エーデルが最も尊敬する人だ。
「やったー!じゃあ沢山あそべるね」
エーデルは満面の笑みを浮かべる。
「そう急ぐなエーデル。剣術の練習忘れてないか?」
「またやるのー?今日くらいやらなくてもいいじゃん。僕、充分強いでしょ?」
「あなた。今日は十二歳最後の日よ、自由に過ごさせてあげたら?」
「しかしだな、剣術というのは、やはり男である以上必須だ。なにより魔物や敵が襲ってきた時、役に立つのは武闘でも魔術でもない。相手を素早く殺せる、剣だ。その為には剣と一体化、剣を体の一部とし、自分と剣を共に鍛えていかなければならな……」
「クラウス」
母は目の圧で父を黙らせた。
父は母の尻に敷かれているのだ。その方が夫婦のバランスは取れるという。でもそれ以上に父は母のことが大好きで、言い返せないというのが事実。そこらでは仲のいい夫婦としても有名だ。その子供はもちろん愛情いっぱいに育てられた。そんな夫婦のもとに生まれたのがエーデルだ。
「わかったよ、カルラ。今日は剣術の練習は休みだ!なぁエーデル、パパが言いたかったのは剣とお友達になって、最高の剣士になりなさいということだ」
「わかったよパパ。ありがとう」
「よし、いい子だ」
そう言うと父はエーデルの頭をクシャクシャに撫でた。
「みんなおはよう」
目を擦りながらパジャマ姿で登場する彼女は、エーデルの可愛い妹だ。キャラメルの髪色に青いサファイアのような瞳、整った顔立ち、そして可哀想だからと虫1匹も殺せない、優しい性格を持ち合わせている。まさに天使のような妹、その名も――アルメリア・アイビス。
「今日はお兄ちゃんと何をして遊ぼうかな〜」
(アルメリアと遊ぶの確定?! 強制なの?! そんなにお兄ちゃんと遊びたいのか、もうだめだ、妹が可愛過ぎる)
「おっと残念だな、アルメリア。お兄ちゃんはパパと遊びたいらしい」
「何それ! 聞いてない! 」
アルメリアはエーデルに抱きつく。
「まったくもう、三人で遊べばいいでしょ?」
母が仲裁に入ってくれたおかげで、この後エーデルの取り合いをしながらも、三人で遊んだ。
遊び疲れ家に戻る頃には、もう夕方だった。――楽しい日は時間が経つのが早い。
日が沈みかけて、オレンジが山で少し欠けた茜色の地平線はとても綺麗だ。こんな日が続けばいい。この幸せをずっと感じていたい。
家の扉を開けリビングに向かうと、テーブルには今まで見たことのない程、豪華な食事が並んでいた。
「うわ〜。すごいよ」
エーデルとアイビスが口を揃えて言う。
「ママ、頑張っちゃった。だってエーデルあなたは明日で成人になるんだもの。それに学校にも通うことになるでしょう?最後に子供でいられる日だから、沢山食べて、幸せいっぱいで成人を迎えてほしくて」
「カルラ。君は本当に素晴らしい母だよ」
家族四人でテーブルのご馳走を囲い、笑いながら食べるご飯はとても美味しい。明日から大人の仲間入りだ。
このルピナス王国では十三歳になれば、立派な成人である。その為、十二歳最後の日と、十三歳を迎えた日に家族で祝うという習慣がある。それもあって、この二日間は人生の大イベントだ。友人や親族を呼ぶ家もあるが、それは裕福な家のみで、アイビス家は生活には困ってはないが、決して裕福ではない平民、それでも家族四人で十分幸せに生きてきた。
幸せとは――お金でも見栄でも人脈でもない、愛なのだ。
学校に行って、沢山学んで、強くなって、この愛する家族を一生守って行きたい。エーデルは心からそう思った。
エーデルはこの時、まだ知らなかった――
この幸せを全てを失うことになるということを――
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