第七章 最終決戦〈5〉

「これはこれは、勇ましい事ですね、来栖杏。勇者気取りですか? 今はまぐれで我が天威を防げたようですが――」

「まぐれ? そんなわけないだろう。光牙の鎧によって硬質化したシャイニングブリンガーは、あらゆる攻撃魔法を弾く事が出来るんだ。知らないのか?」

「下劣な人間の分際で何を増長している! だったらこれならどうですッ!」


 怒号と共に、ペイルは無数の触手から衝撃波の天威を連発してきた。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェェェェェェェッ!」


 しかし、デビルズサーガを完全に思い出した今の俺に取ってそんな攻撃は、どうって事はない。


「フフ、かつては余が連続で放った轟雷魔法ティン・ドラムすらもアレで弾いたのだからな。ようやく思い出したようだな、来栖杏……」


 そのすべての天威を、俺はシャイニングブリンガーで弾いてみせたのだった。


「オマエの天威に比べたら、いちいちデカい魔法をオマエ以上のスピードで、あらゆる角度から撃ってくるアドリーの方がよっぽど厄介だよ」

「ありえない……天威は不可視による攻撃……それを弾くなど……」

「可視も不可視も関係無いだろ? 相手の攻撃モーションに合わせて弾けばいいだけだ。オマエはその姿になると口を開けてそこから天威を発する。攻撃が見えようが見えまいが、モーションがある限り要領は同じだよ」

「あ、ありえない……ありえない……」

「そもそもデビルズサーガに見えない攻撃をしてくる敵なんていくらでも居たしな。まあ、慣れるまでタイミングがちょっと難しいけどな」

「ならば、ならば力尽くで抑え込むまでですッ!」


 無数の触手が俺の周りを覆い尽くすように襲いかかってくる。


「まずは、少し慣らしだ」


 俺はシャイニングブリンガーを腰に構え、左手の人差し指で素早くコマンドを切る。

 ――左右右左!

 シャイニングブリンガーが光り輝く。


「聖剣技――シャイニング・スラッシュ!」


 俺は、シャイニングブリンガーを横薙ぎに一閃。同時に、シャイニングブリンガーからは無数の光の斬撃が放たれる。それは、襲いかかってきたペイルの触手をすべて切り刻んだ。


「フフフ、何をしているのです、来栖杏。そんな事はムダ。すぐに再生を――さ……再生が遅い……!」

「へえー、やっぱり少しは効果があるみたいだな」

「貴様ァァァッ! 我が高貴なる体に何をしたッ!」

「今のシャイニング・スラッシュは、勇者最強剣技の一つ前に覚える技なんだよ。アドリーからオマエを倒せる唯一の技があの最強剣技だって聞いた時から、もしかしたらこっちも多少は効くのかなって思っていたんだ。シャイニング・スラッシュは手数系の技だから威力は小さいけど、攻撃の種別そのものは最強剣技と同じだからな」

「バカな……バカなバカなバカな!」

「もっとも、友達はみんな最強剣技よりシャイニング・スラッシュばっかり使ってたけどな。こっちの方がコマンドも簡単だから使い勝手の悪い最強剣技なんかより汎用性が高いんだ。まあ俺は、一撃必殺の最強剣技の方が勇者っぽくて好きなんだけど――さて、デビルズサーガの思い出話はここまでだ」


 そして俺は、聖剣シャイニングブリンガーを頭上に高々と構えた。


「これで終わりだ。ペイル」


 ペイルは恐れるように後退りしながら、それでも嘲るような笑い声を上げた。


「ハハハハハッ! 知っていますよ来栖杏! その技は必ず発動するものではない事くらいね! アドリーの時は運良く発動したようですが、必ず発動などするはずがない! 我らの世界にも、そんな光の剣使いはいなかったのですから!」

「そりゃ、ヘタクソばっかだったんだな」

「なっ……!」

「確かにこの技は簡単じゃない。バカほど長いコマンドを3秒以内に叩き込む必要がある。しかも発動確率は10分の1っていう最悪の使い勝手の悪さだ。でもな――」


 裏技のデパートとも言われたデビルズサーガ。当然、これにも裏技があった。


「――3秒ジャストで打ち込む事が出来れば、100パーセント発動するんだよ。そして俺は、常に100パーセント発動させられる」


 コマンド――上下上下右左左右右に一回転左に一回転!

 ――ジャスト3秒――

 聖剣シャイニングブリンガーが、凄まじいまでの黄金色の光を解き放つ。


「何なのだ……何なのだ、貴様はッ……!」

「ただのゲーマーだよ」

「ふ、ふ、ふざけるなァァァッ!」


 ペイルが、その巨大な体ごと突っ込んでくるが、遅い!――


「究極聖剣技――天魔覆滅剣ゴッド・スレイヤーァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!」


 振り下ろした聖剣シャイニングブリンガーより放たれた巨大な光の刃が、地面を割りながらペイルへと向かい――ペイルの巨大な体を真っ二つにした。


「なんだ……なんだこれは! 再生が、再生が、神より承った高貴なる体が消えて行く!」

「当然でしょう、ペイル。今アンタは、ダーリンの放った一撃によってその魂を斬られたの。もう再生は出来ないわ」

「おのれ来栖杏! アドリアーナ! この恨み! この恨みィィィィィッ!」


 そんな断末魔の声と共にペイルの体は爆散する。

 と、そこから無数の光の筋が解き放たれように空へと消えていった。


「あの光は……」

「魂よ。体を失えば、その魂は解き放たれて死者の国へとやらに導かれるだけ。天魔覆滅剣ゴッド・スレイヤーで魂を斬る事は出来ても、魂が消滅するという事はないのよ。あの天族ですら魂の上では平等なの。ムカつくけど、それが世界のことわりだから、こればっかりは仕方ないわね」


 つまらなそうに、アドリーはそう答えた。と、そこに――


「アンちゃーん!」


 そんな声が聞こえてきたかと思うと、リイネが抱きついてきた。


「よかったの! アンちゃんが無事でよかったなの!」

「泣くなよリイネ。俺は勝ったんだから」


 俺はリイネの頭を撫でながら微笑む。

 ――あれ? そういえば、珍しくアドリーが抱きついてこないな。

『リイネ! アタシより先にダーリンに抱きつくなんて! さあダーリン、勝利のチュー』

 とか言ってきそうなもんだけど……

 ……見ると、アドリーの体は透き通っていた。


「アドリー、オマエ……!」

「そろそろ時間切れみたいね」


 消えようとしている体で、ニコリと微笑むアドリー。


「笑ってる場合かよ、アドリー!」

「その通りだ! だから余は言ったではないか!」

「だからアタシも言ったでしょ。ダーリンが死ぬよりはマシって」

「それじゃアドリーは、俺を助ける為に……」

「ダーリンが気にする事ないわ。この体はリイネの体から離れる時に、魔力で即席的に作った疑似肉体なんだから。どのみち長くは持たないのよ」


 そこにリイネがアドリーに抱きついた。


「アドリーちゃん! リイネの体に戻ってなの! そうしたらアドリーちゃん、きっと助かるの!」

「バカね、リイネ。そんな事したらアンタが消えちゃうじゃない」

「ならばッ! ならば余の体に移るがよい! そして魔力を再び回復させ――」

「はいはい。シルヴィ、アンタもバカね。アタシの魔力が回復する頃には、アンタは消えてるわよ。それにさ、もうウンザリなのよ。アタシの事で誰かが消えちゃうなんて」

「魔王クイーンアドリアーナ、とは思えない、セリフ……」

「当たり前でしょ、ミー。今のアタシはスーパー美少女天才魔法使い・魔法少女アドリーなんだから――まっ、こんなザマで言えた事でもないけどさ、ハハハ」


 アドリーは、皮肉っぽく笑顔を浮かべる。


「でもミー、こんな状態になっちゃったら月光蟲も役には立たないけど、あの時は本当に助かった。アンタに賭けて正解だったわ。殺されてあげる事は出来なくなったけど、あらためてお礼を言っておくわ。ありがとう」

「……? アドリー、優しく、なった? あの部室小屋の騒動、の時も、誰も殺さなかった。以前のアドリー、なら相手を敵とみなした時点、で皆殺しにしていた、はず……」

「そうかもね。魔法少女はそんな事しちゃいけないって、リイネに教えられたし。魔法少女を好きになったのも、そしてダーリンをどんどん好きになっていったのも、全部リイネのおかげかもしれないわね……」


 自分のそばで両手で涙を拭いながら泣きじゃくるリイネに、アドリーは優しい眼差しを向けながら頭を撫でる。

 その手は、体は、更に薄くなってゆく。


「さてと、それじゃあアタシはそろそろ行くわ。あっ、ダーリン、心臓の事は心配しなくていいわよ。その魔力はしっかり固定されているから、ずっとダーリンの心臓を動かし続けてくれるはずよ。それどころか、かなり長生きできるかも――」


 堪えきれず、俺はアドリーを抱きしめた。


「――って、ダーリン……?」

「アドリー……」

「ま……まいったわね……アタシ、抱きつくのは得意だけど、抱きつかれるのは慣れてないのよね……」

「勝手な奴だな……」

「勝手はアタシの性分。今更よ……」

「本当に……本当に、どうにもならないのか……まだ、何か手立てが……」

「今回ばっかりは無理そうね。さすがのクイーンアドリアーナ様でも、世界のことわりには逆らえないもの……」

「なんだよ、なんだよオマエ…………勝手に現れて……勝手に俺の事ダーリンとか呼んで、迫ってきてさ…………わけ分かんねえよ…………今も、まだ……わけ分かんないまま、行っちまうのかよッ……!」

「しょうがないわ。ダーリンの童貞はじめてを奪えなかったのは、心残りだけどね」

「ばかやろう…………俺は……俺は……アドリーが行かないで済むなら、なんだってしてやるのに……」

「ありがとう、ダーリン。楽しかったわ……」


 腕の中で、アドリーの体が泡のように消えた。赤いドレスと、笑顔を残して……

 そこから一本の光の筋が伸び、それも空へと消えていった。

 俺は膝を折り、腕の中に残った赤いドレスを抱きしめて、ただ涙を流し続けた。

 気が付くと、天族によって偽の太陽に仕立て上げられていた月は、いつの間にか本来の姿になっていた。

 そして町は、本物の夜明けを迎えた。

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