教え子が義妹でメイドなんだがどうすればいい?

そえるだけ

第1話 新人メイドのアリスです❤

 夏休みが終わってもまだ暑さが残る九月。

 首元に流れる汗を拭いながら、俺ーー長谷川勇気はせがわゆうきは教室で大きめな声を出していた。


「ほらお前ら! プリント配るから静かにしろ!」


 四限目の授業。

 これから数学の授業が始まるところだが、教室はかなり賑わっていた。

 どうやらさっきが体育でサッカーをやっていたらしく、特に男子が騒がしい。


 何とか聞こえてくる単語を繋ぎ合わせると、サッカー部のやつがオーバーヘッドキックで点を入れたようだ。


「もう授業は始まってるんだぞ!」


 もう一度呼びかけるが、一向に静かになろうとしない。

 チラチラと周りを見渡す生徒はいるが、一緒に注意してくれるまではいかなかった。


「皆さん、静かにしましょう。先生が困ってますよ」


 その時、一人の女子生徒が立ち上がって声を上げる。

 決して大きな声で叫んだわけではない。


 しかし彼女の透き通った声は教室全体に響き渡り、騒がしかった教室が一瞬で静かになる。


「助かった。ありがとうな、有栖川」

「いえ、私は当然のことをしただけですので」


 軽く頭を下げて上品に椅子に座り直す。

 こうして一瞬で教室を静かにしてくれたのは、有栖川萌生ありすがわめいという女子生徒だ。


 日本人離れした銀色の髪の長髪に、サファイアのような青い瞳。

 品行方正で成績優秀。

 所謂『非の打ち所がない美少女』という存在で、他の彼女は生徒だけではなく俺たち教師からの信頼が厚い。


 俺は高校教師になって初めての担任というものを持っているが、クラスに有栖川がいることに安心したくらいだ。


「それじゃあ授業で使うプリント配るから後ろに回してけよ~」


 ようやく授業を始めることができた俺は事前に用意しておいたプリントを前に座る生徒に配って行く。


「ああ……今から数学か~」

「体育の後の授業怠いよなぁ……」

 

 数人の生徒からのそんな声が聞こえてくる。

 教師としては怒るべき立場なのだろうが、俺も当時は数学の授業が嫌いだったので気持ちはよく分かる。

 だから俺は特に注意することなく、聞こえないフリ続けた。


「お前ら、喋ってるとまた有栖川さんに言われぞ」

 

 すると今度は別の生徒が有栖川の名前を出して注意をする。

 どうやら生徒たちにとっては、俺に言われるよりも彼女に言われた方が効くらしい。


 それはそれでモヤモヤするが……。

 とりあえず授業が進められればいいかと思う自分もいた。


◆◆◆


「ふう……」

「あれ? 長谷川先生どうしたんですか? ため息なんかついちゃって。そんなんじゃ幸せが逃げますよ」


 授業が終わって職員室で一息つこうとすると、隣に座っていた神崎かんざき先生が声をかけてきた。

 担当教科は体育だが、年が同じ25ということもあって何かと話すことが多い。


「いやぁ……。さっきちょっと生徒たちを静めるのに時間がかかっちゃって。やる範囲がギリギリだったんですよ」

「ああ~。それは大変でしたねぇ。あ! そういえば、今日の体育でオーバーヘッドが出たんですよ! 凄くないですか?」

「それで大盛り上がり状態だったんですよ!」

「おっとっと。それはそれは」


 なんて軽いやり取りをしながら、朝学校に来る途中に買ったおにぎりを食べようとする。

 

「長谷川先生、そんな時は飲んで忘れましょ! 今日はちょうど金曜日ですから!」


 肩をポンを叩きながら親指を立ててきた神崎先生。

 ああ……そっか。今日は金曜日か。


 俺は少し目を逸らしながら数秒考え、再び神崎先生の方を向く。


「すみません、今日はちょっと別に行くところがあって。また今度行きましょう」

「ええ~! しょうがないですね! 絶対ですよ!」

「はい。もちろん」


 もう少し粘ってくるかと思ったが、そこはしっかりと大人な神崎先生は直ぐに引いてくれた。

 同僚とはいえそこまでプライベートな領域に踏み込もうと思わないのだろう。

 俺としてはそっちの方がありがたい。


 人と飲んだり食事をするのが嫌いなわけではないのだが、自分一人で楽しむ時間も欲しいのだ。


 特に……今日はあそこに行く予定だからな。


「ーーお帰りなさいませ~! ご主人様❤」


 そう。

 『メイド喫茶』である。


 少し前に友人に誘われ嫌々行ったのだが、日頃の仕事の疲れもあってかとんでもないくらい癒されたのだ。

 それから一人で通うようになり、いつしか毎週のように行くようになっていた。


「本日のご主人様のお席はこちらになっております~❤」


 フリフリのメイド服をきた従業員に案内され、席につく。

 メイド喫茶と言えばめちゃくちゃメイドさんとお喋りできるという印象があると思うが、実際はそこまで長く会話ができるわけではない。


 あくまで『喫茶店の延長である』ということを忘れてはいけない。

 これは一緒にいった友人に言われたことだ。


 それでも俺はこの可愛らしい店内と、フリフリのメイド服を着た店員さんが太陽のような笑顔を見せてくれたり、明るく声をかけてくれるだけでめちゃくちゃ癒される。


 ……ありがとう。俺にここを教えてくれて。

 心の中で友人にお礼を言う。


「さてと……」


 メイドさんに注文を終えた俺は小さいパソコンを開いて、来週授業で使うプリントの作成をしていた。

 今年からクラス担任というものを持ったが、想像以上に忙しい。

 それに加えて授業もしっかりしないといけないので、とにかく時間がない。


 本当はもっともっとメイド喫茶というものを堪能したいところだが、来れているだけでも満足するとしよう。


 ……また来週来ればいいしな。


「ご主人様お待たせしました~❤」 


 そんなことを考えていると、早速オムライスが届いた。


「愛情たっぷり萌え萌えオムライスで~す❤ 新人メイドのアリスが、さらに美味しくなる魔法をかけちゃいま~す❤」


 パッと顔を上げると、そこには銀色の長髪をしたメイドさんが立っていた。

 オムライスを片手に持っており、俺を案内してくれたメイドさんにも劣らない完璧な笑顔をしていて、声も可愛らしく聞いていて心地が良い。


 他の人から見たら期待の新人間違いなしだろう。


 だが、俺にとっては違った。

 むしろ彼女のことを見た途端、体中から変な汗が止まらない。


 そして俺はゆっくりと口を開いて、声を震わせながらメイドさんに尋ねる。


「あ、有栖川……?」


 恐る恐る名前を呼ぶと、彼女がぴくっと反応して笑顔がちょっとだけ崩れる。

 そして怪しげな目をしながら俺のことを見ると、「あっ!」と小さく声を漏らした。


「せ、先生……!?」


 彼女……いや、有栖川がそう呼んできて俺は絶望する。

 まさかこんなことになるとは。


 金曜日の放課後。

 メイド喫茶で俺は、教え子と出会うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る