西暦2025年救世主

絶華望(たちばなのぞむ)

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「カグヤ、新しいシナリオが出来上がったぞ、やってみないか?」

 40代男性の姿をした私の親友が話しかけてきた。場所は宇宙船内の操縦室だった。

「え?嫌だよ」

 私は、彼の提案を拒絶した。

「なんで?」

 彼は、まったく理由が分からないといった顔で答えてきやがった。今まで作った難易度の高すぎるクソゲーギリギリのモノを私にプレイさせるのだ。面白いと思っていた時期もあった。だが、それは最初だけだった。

 彼は『アメノミナカヌシ』は、私がゲームをクリアするたびに難易度を上げてくるのだ。最近では、死ぬのがクリア条件という理不尽なシナリオもあった。普通にクリアできないゲームなどクソゲーでしかない。私は断る事にした。

「難易度高すぎ、私は暇人じゃないしファンにやらせときゃいいでしょ?」

「カグヤ……。私が誰の為にこのシナリオを書いたと思っているんだ?」

「みんなの為でしょ?」

「違うよ。君の為だ。昔は喜んでくれてたじゃないか」

 私はカグヤ、宇宙船『地球号』の操縦士だ。操縦士と言っても舵を動かす事は無い。航路をパソコンに打ち込むだけだ。船の操縦はAIがやってくれる。私は、それを監視する仕事をしているだけだ。まあ、ぶっちゃけ暇ではある。

 私は自分で言うのもアレだが美人だ。交際を申し込まれるのも慣れている。アメノミナカヌシも私を喜ばせる為に色々してきた。そして、私はゲームが好きだった。だから、彼は私の為にゲームを作っている。

 昔は良かった。丁度いい難易度のゲームだったから私は楽しめていた。だが、私がゲームをクリアするたびに難易度が上がってくるのだ。その理由は彼が私が悔しがる姿を見たいと思って高難易度のシナリオを作った事が切っ掛けだった。


 そのシナリオは『釈迦』と名付けられた。クリア条件は、王族の身分を捨て、既存の宗教を否定し悟りを得るという頭のおかしい内容だった。

 最新のVRMMOでは、ログイン時に記憶を消し、あたかも現実世界に居るような感覚でゲームをプレイする事が出来るようになっている。そして、そのプレイ時間は長く設定される。出始めの頃は30年から50年だったが、今では70年から100年まで伸びている。

 理由は単純だ。宇宙船地球号で人間は暇を持て余しているのだ。内部の仕事はAIがやってくれる。人間の仕事はAIに指示を出し、間違った事をしないか監視するだけなのだ。

 ぶっちゃけ暇である。そして、人類は寿命を克服している。何年でも生きられるのだ。そして、宇宙旅行を楽しんでいるのだが、移動には時間がかかる。広大な宇宙を旅する技術はあるのだが、時間を持て余すのだ。

 だから、ゲームが作られた。記憶を消して有限の時間を生きるゲームだ。そのゲームには宇宙船の全ての人間が参加している。


 そして、シナリオ『釈迦』を最初にクリアしたのが私だった。


 ちなみに、釈迦が得た悟りは宇宙船内では常識となっている。私たちは宇宙の意志、創造神が見ている夢なのだ。何もない空間に生まれてしまった意志が見ている暇つぶしの物語、それが現実なのだ。

 そして、何もかも思い通りに成る人生は退屈なのだ。苦難を乗り越え成長し、弱いものが強くなっていく物語が面白い。だから、世界は人生は思い通りに行かないように出来ている。

 この世界は最初から完全なのだ。俯瞰して、自分を第三者の視点で見れば、面白い物語に成っている。創造神が、そうあるように創っているからだ。


 この常識は科学が進み世界の法則を知った結果、人類が、いや知的生命体がたどり着く結論だ。宇宙船内では常識なのだが、記憶を忘れて文明レベルが低い世界で、その結論にたどり着くには哲学が必要になる。哲学とは、合理性の追求と置き換えても良い。


『矛盾なく世界を説明できる理論にたどり着く』


 私はこれが得意だった。記憶は消えても魂に刻まれた能力は失われない。だから、釈迦に生まれた時、私は全ての記憶を失っていたが、物事を深く考え真理を探究する能力は失っていなかった。

 だから、『釈迦』のシナリオもクリアできた。だが、それが良くなかった。私は、アイドルに成ってしまった。

 悟りのスペシャリスト、最高の人格者、非の打ち所の無い美女として勇名をはせてしまった。アメノミナカヌシは、それを喜んだ。そして、私も嬉しいと思ってしまった。それをアメノミナカヌシは見逃さなかったのだ。


「大丈夫、君ならクリアできる。釈迦の時も『聖母マリア』のシナリオもクリアできたじゃないか、今度も君なら、いや君でなければクリアできないよ」

 アメノミナカヌシは嬉々として私に語ってくる。うん。クリアした後は良い。確かに称賛されるのは気分が良い。でも、記憶を失ってゲームをしている時に受けている精神的苦痛は良いモノではない。

 死への恐れ、苦痛、感情の揺らぎ、どれも不快なものばかり、だが不老不死で暇を持て余した人類にとっては、それら全てが快楽なのだ。私も少なからず悟りを忘れてのめり込むぐらいには楽しいイベントだったりするのがタチが悪い。


『苦しんでいる間は、退屈だと思う暇さえないのだから……』


 だとしても、もう面倒な難易度に成っている。今度のシナリオを見たが、無能、怠惰、癇癪、貧乏というデメリットが付いている。そして、2025年7月5日に全人類の悟りを開かなければ文明が破壊されるシナリオだった。


「ムリゲーでしょ。あなたは私が失敗するのを期待している」

「そんな事は無い。こんな条件でも君はクリアする。だって、君は私の最愛の人なのだから!」

「なら、難易度を下げて、今の難易度は面白くない」

「それは出来ない。君は特別であるべきだ。誰もが成しえない偉業を成すべきだ」

「じゃあ、やらない。めんどくさい」

「そうか、残念だよ。君の為に作ったシナリオなのに……」


 アメノミナカヌシは本当にガッカリして帰っていった。だが、私の心は痛まなかった。クソゲーを強要するなというのが私の本音だったからだ。


 私は、勤務を終えて自分の部屋に帰っていた。白い空間。無駄が無い掃除が行き届いたベットだけがある空間が私の部屋だった。食事は入力すれば出てくるし、掃除はロボットがやってくれる。テレビもあるしゲームも望めば出来る。

 だが、私は窓を見ていた。部屋の明かりは消してある。輝く星々、美しい天の川銀河、私はこの銀河が好きだった。何年でも見ていたい。宇宙船は光を発しない。理由は世界の美しさを損なわない為だ。

 創造神が生み出した世界は光を発しては見れないのだ。暗く静かな世界からしか美しいものは見えない。自己主張をしていては見えない美しさ。それが、世界の真理。

 ゲームにログインしたら、この美しい世界を見れない。ログアウトすれば見えるのだが、ログインしている間は見えなくなる。それはデメリットでしかない。


 そんな事を考えていると、私の部屋に来た者が居た。


『光り輝くもの』『太陽神』『アポロン』『大日如来』『天照大御神』色んな呼び名はあるが、私の幼馴染が来た。10代の少女の姿をした黒髪の美少女だ。


「アメノミナカヌシから聞いたんだけど、今度のシナリオをやらないって本当?」

「本当。だって難易度高すぎ、もう嫌だよ」

「本当にそう思っている?私が神として貴方にヒントを送る事が許可されているんだけど?」

 なんだそれ?そんな条件は聞いていない。

「アメノミナカヌシは、そんな事は言ってなかった。でも、アマテラスがヒントをくれるのなら話は変わってくる。難易度ダダ下がりじゃん」

「あ、でも条件があった。自力で創造神の存在を証明する事、これが出来たら私はあなたに何でも助言できることになっている」

「は~あ、アメノミナカヌシは、私に甘々だな、そんなのは『釈迦』をクリアした時点で出来るに決まっているじゃないか」

「あの方はいつも貴方の味方ですよ」

「とわいえ、面倒な事には変わりない。面白くしてくれる?」

「ええ、もちろんです」

「しょうがない、シナリオ『西暦2025年救世主』やってみるけど、失敗しても恨まないでよね」

「恨む理由なんてないよ。私はカグヤが楽しめればそれで良いんだから」

 本当に、アマテラスは良い子だ。私の為だけを考えて行動してくれる。そんな幼馴染がサポートしてくれるというのだ。クソゲーに参加する事にした。


「そうか、やってくれるか、ありがとうカグヤ」

 アメノミナカヌシは、嬉しそうに微笑んだ。

「約束は守ってよね。私が悟りを開いたら、アマテラスのアドバイスを受ける、あと、あんたの管理者権限の一部を使って私のシナリオを書き替える」

「良いよ。本当に悟りを開いたのなら、その後は好きにしていい」

「約束したからね」

「ああ、約束だ」


 こうして、私は西暦1978年12月8日に記憶を全て失い、救世主候補の一人として仮想空間『地球』に生まれ落ちた。

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