第76話 燃えるエルフの里

「燃えている?」

「ん? 今何か言ったかい?」


 まずい。ノアの声が聞かれたか? だけど今はそれより重要なことがある。


「何か燃えている匂いがします」

「えっ? 本当かい!」

「ええ。俺はノアと現場に行ってくる!」


 俺達は急ぎ外へと向かう。


「ちょっと待って! 私も行くわ!」


 リビングから俺達の話を聞いていたのか、フィーナが追いかけてきた。

 そしてノアを先頭に、俺達は東へと駆け走る。

 外に出ると薄明かりの中、白い霧が俺達の視界を邪魔してきたが、昨日よりはまだマシだ。

 だがマシだと言っても十数メートル先の視界はわからない。

 もしかしたらこの視界のせいで、火事の発見が遅れてしまう可能性があるな。


「燃えているって本当なの?」

「はい。火はどんどん強くなっています。霧がなければ煙が見えると思うのですが」

「それにこの時間だと起きている人の方が少ないわ。燃えていることに気づいてないかもしれない」

「最悪だな。でも何で火事が起きているんだ?」


 朝食の準備で、誤って何かに燃えてしまったのか?

 エルフの里は木々が沢山あらから燃え移るものが多い。早く火を消さないととんでもないことになりそうだ。


「ハッキリとは言えませんが、火の燃え移るスピードが早すぎます。たぶん風魔法を使って、火の勢いを強くしている可能性があります」

「風魔法? まさか人為的に火事が起こされたのか?」


 誰かがエルフの里を潰そうとしている? いったい誰が⋯⋯初めてこの里にきた俺には、誰がそんなことをしようとしているのか、検討もつかない。

 だけど風魔法と聞いて思い浮かんだことがある。エルフは風魔法の適正を持っている者が多い。でも自分の里を燃やすようなことをするか?


「風魔法⋯⋯里の人達がそのような暴挙をするとは思えないけど⋯⋯」


 どうやらフィーナも、この火事にエルフが関わっている可能性があると考えたようだ。


「とにかく急ぐわよ!」


 俺達は火事が起きているとされる現場へと急ぐ。

 そして数分程走ると、焦げ臭い匂いと熱気を肌で感じるようになった。


「火事があることは間違いなさそうね」

「ああ。霧も少し晴れてきて赤い炎らしきものも見えてきた。だけどこれは⋯⋯」


 目の前にうっすら見えるのは、高く長い赤い壁だ。

 もうかなり燃え広がっていることがわかる。


「なんだこの炎は!」

「水を! 水を早く持ってこい!」

「消せ! とにかく火を消すんだ!」

「このままだと神樹に燃え広がってしまうぞ!」


 慌ただしい声が聞こえてくる。

 この熱気とうっすら見える赤いものが、炎であることは間違いなさそうだ。そして現場に到着すると多くのエルフ達が右往左往している姿と、広範囲に広がる炎が見えた。


「どうしてこんなことに⋯⋯誰か状況がわかる者はいないの!」


 フィーナは叫ぶように声を張り上げるが、皆自分のことで精一杯なのか、その言葉に応えるものはいない。


「もう! 落ち着きなさい!」


 フィーナは混乱しているエルフの男性の腕を掴み、無理矢理動きを止めた。


「け、傾国の姫! 何をする!」


 この状況でもそんなことを言うのか! 俺は改めてエルフ達に怒りを覚える。

 だが俺の気持ちとは違い、フィーナはそんな言葉も気にせず、エルフに問いかけた。


「誰か指揮を取っている人はいるの? いつから燃えていたのかわかる?」

「し、指揮を取るものはいない。少なくとも十分前からは燃えていたと思う」


 冷静なフィーナの圧に押されたのか、エルフは素直に喋った。


「も、もういいか。俺は川に行って水を取りに行きたいんだ」

「ええ」


 フィーナは掴んでいた腕を離すと、エルフの男性はどこかに走って行ってしまった。


「水がある所は近いのか?」

「いえ、川があるけど五百メートルくらい離れているわ」

「遠いな。そこの水を使って火を消すのは現実的じゃない」

「たぶん混乱していて、そんなこともわからないのよ」

「ここは冷静に指揮を取れる者が必要だと思うけど⋯⋯」


 人間の俺が命令しても誰も言うことを聞かないだろう。そうなると適任者は一人しかいない。


「そうね。私がやるわ」


 俺の意図を汲み取ったのか、それとも自分自身で思い立ったのかわからないが、フィーナは自ら先頭に立つことを決意する。


「でもどうするつもりだ。さっき叫んでいたけど誰も言うことを聞いてくれなかったじゃないか」


 フィーナはエルフでも皆に侮られている。ただ呼びかけても言うことを聞くかわからない。それ以前にエルフ達の耳に声が届かないかもしれない。


「それなら考えがあるわ」

「考え?」

「ええ⋯⋯こうするのよ」


 フィーナは自信満々の表情で両手に魔力を集め始めるのであった。

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