第40話 冤罪はよくないことだ

「あの~レッケさんにお願いがありまして」

「ムーンガーデンの英雄の願いだ。何でも言ってくれ」

「でしたら俺がフレスヴェルグを倒したことは秘密にしてもらってもいいですか?」

「な、なぜだ! 初代国王様が封印した魔物をユートは倒したんだぞ! 富も権力も思いのままだ。若い女性からもキャーキャー言われてモテモテだぞ」

「わ、若い女性から⋯⋯ゴクリ⋯⋯」


 レッケさんの言葉を聞いて少し考えが揺らいでしまう。だがそう思ったのは一瞬だけだ。


「ユート様⋯⋯レッケ騎士団長⋯⋯お二人は何を考えているのですか」


 リズが笑顔で問いかけてくるが、目が笑っていない。どこか殺気を感じるが気のせいではないだろう。


「お、俺は邪なことなんか考えてないぞ、うん」

「私は一般的なことを述べただけで、良からぬことを考えていたのはユートだけです」

「えっ!」


 このおっさん⋯⋯リズが怖いからと言って俺を切り捨てやがったな。


「ユート様、そうなのですか? もし肯定するならセレスティア様がお仕置きせよと言っています」

「本当に!? それってリズが決めているんじゃ⋯⋯」


 俺は思わずさっき考えていたことを口に出してしまった。


「ユ、ユート様は私の神託を疑うのですか? 悲しいです」


 だけど今リズはどもったぞ。真面目な子だと思ったのに意外にちゃっかりしているようだ。でもそんな所も少し可愛らしく思えてしまうなんて、これもリズのカリスマ性なのか?


「ユート貴様! リズリット王女を悲しませるとは何事だ!」


 そしてこの人は本当に最低だ。俺はこれから絶対に信用しないと心に誓う。

 だけど今はそのことよりリズを何とかしなければ。


「俺はレッケさんみたいに不埒なことを考えていない」


 このまま自分だけ助かろうしているレッケさんを俺は逃がしはしない。


「そうなのですか?」

「な、何を言ってるのかなユートは。騎士団長ともあろうこの私がそのような邪な考えを持つはずがない」

「リズ、俺を信じてくれ!」


 無実を訴えるために、俺はリズの目を真っ直ぐと見つめる。リズは人が良いから、心を込めて話せばきっと信じてくれるはず。

 だけど俺はこの時気づいてしまった。リズの可愛らしい顔に。

 しかも身長差があるため、リズは上目遣いで俺を見ている。

 こんなの反則だろ? 美少女の上目遣いって! これでリズのことを可愛いと思わない男など、この世界のどこにもいないだろう。

 何だかリズに見られていると俺の方が恥ずかしくなってきた。

 そのため俺は思わず目を逸らしてしまう。


「やはりユート様は邪なことを考えていらっしゃったのですね」

「いや、これは⋯⋯」

「これはなんでしょうか。嘘をついていたからいたたまれなくなって、目を逸らされたのですよね?」

「ち、違う! これはその⋯⋯」

「そうです! きっとリズリット王女のことも、舐めるような視線で見ていたのに違いない」


 もういいからおっさんは黙れ。

 こうなったら正直に言うしかないか。恥ずかしいけど邪な考えを持たれていると思われるよりはマシだ。


「リ、リズが可愛い過ぎるから⋯⋯真っ直ぐ見ることが出来なかったんだ」

「かか、可愛い!?」

「そうだよ」

「そ、そうですか⋯⋯それならし、仕方ないですね」

「これで俺は無実だってわかってくれたかな」

「はい。セレスティア様もユート様は邪な感情を持っていないと仰っています」


 完全に邪な感情を持っていないという訳じゃないけどね。だけど余計なことを口にして、リズの怒りを買うのも嫌だから黙っていよう。


「ちなみにセレスティア様はどんなお仕置きを考えていたのかな?」


 純粋に興味があるのと、もしリズの怒りを買ったらどのような目に遭うのか知りたくて聞いてみた。


「え~と⋯⋯その~」


 まさか考えていなかったのか? これは益々セレスティア様の神託ではない可能性が高くなったな。


「そうです! 食事の際におかずを一品少なくするとか、おでこにデコピンをすることですね。後は私に耳を掘らせてもらうとか⋯⋯と、とにかく色々です」


 何だか御褒美も入っている気がしたけど気のせいか? しかもお仕置きも可愛らしいものばかりだ。これじゃあむしろ邪なことを考えたくなってしまうぞ。


「そろそろいいですか? 早く城に戻りましょう。お腹が空いてしまいました」

「ああ」

「マシロちゃんごめんなさい」


 マシロが間に入ってきてことで、この話は終わりのようだ。


「発情するのもいいですけど、時と場所をわきまえて下さい」

「発情してないから」

「いいえ、聖獣である私の目は誤魔化せませんよ」

「ユートはリズのことを発情した猫のように見ていましたよ」

「ユート様⋯⋯」


 リズがまた圧のある笑顔を向けてきた。正直恐ろしくて背筋が凍るからやめてほしい。

 そしてこの駄猫は俺に冤罪をかけてきやがった。勝手に人の気持ちを代弁するのをやめてくれ。だけど問題はそこじゃない。

 リズがマシロの言葉を信じてしまったことだ。猫好きのリズにとってマシロの言葉は絶対だからな。


「ユート様⋯⋯信じていましたのに」


 もうこれはダメだ。何を言っても俺の言うことは信じてもらえなさそうだ。

 それなら俺の出来ることは一つ。


「あっ! あれはなんだ!」


 俺は東の空を指差す。

 すると全員そっちに目を向けた。


「今だ!」


 俺はその隙をついて一気に西門へと走り出す。

 ここに残っても弁護士のいない裁判にかけられるだけだ。それなら逃げるしかないだろう。


「あっ! ユート様! マシロちゃんノアちゃん追って下さい」

「仕方ないですね。新鮮な魚三匹で手を打ちましょう」

「わ、わかりました」


 こうして俺は冤罪をかけられて、追いかけてくるマシロとノアから逃れるために、急ぎこの場から離脱するのであった。

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