私たちは蝉でない

黒瀧 蜜

蝉ではない

蝉———

ふと、思い出した。

蝉が鳴き止む理由がいくつもあるにもかかわらず、人間にはなぜ今泣き止んだのかわからない。蝉が鳴き止んだのは夜遅くなってきたから?ただ単に疲れたから?雨が降りそうだから?それとももう死んでしまったから?蝉の考えてる事は言葉がないから分からないけど、私たちには意思表示ができる言葉がある。相手にもしっかり自分の気持ちを言葉で伝えなきゃエスパーじゃない限り伝わらないよ。


え?誰に言われたんだっけ?あ、そうだあの時だ———


「奈津は何にする?私は夏限定、冷やし中華!」

「私も冷やし中華にする」


私は小夏と一緒によく来る近所の定食屋にいる。おばあさんが営んでいて、近所の人が涼みにくるような小さな定食屋だ。しかし味は最高に美味しく、もっと大きな店にすれば人が大勢来るのではといつも小夏と話している。昼頃なのにお客は私たちだけだ。

小夏の元気な注文がこぢんまりとした店内に響きわたると同時に蝉が鳴き止んだ。

「しかし今日も暑いね、おーい奈津聞いてるのか」

「あ、ごめん、もうすぐ夏も終わりなんだなーって考えてた」

すると小夏が笑いながら「奈津らしいや」と言った

小夏の言ってることがわからず私が困惑しているのに気付いたらしい

「奈津の考えてること当ててあげようか。蝉が鳴き止んだから、夏が終わりに近づいているんだなーとでも思ったんでしょ。蝉はそんな簡単に死なないよ。蝉が鳴き止むのにはね色々理由があるらしいんだけど、一つの理由として気温が高いからってのがあるんだ。今ちょうど昼頃で暑くなってきたから鳴き止んだんじゃないかな」と小夏が笑いを必死に堪えて言った。


小夏は高校で初めてできた友達だ。高校2年の今は違うクラスだが、高校一年の時一緒のクラスで一緒の帰宅部ということもあり自然と一緒にいることが多く、仲良くなった。地元の高校なので中学の知り合いもいるが小夏が今は一番の友達だ。

小夏は成績優秀で運動もできる。それに比べて私は頭脳も運動もいまいちだ。

加えて小夏は明るく太陽みたいな性格をしているが、私の方はマイペースな性格をしている。周りもなぜ気が合うのか不思議に思っているがわたしにもよくわからない。ただわかるのは、言葉では説明できない何かが私たちを互いに惹きあわせていることだ。


「うひょー!美味しそう!お腹ぺこぺこだよー」

小夏の声で我に帰った。

おばあちゃんが運んできてくれた冷やし中華を見て小夏が喜びの声を上げる。自分の目の前にもいつのまにか冷やし中華が置かれている。確かに庭で育てた採れたてのきゅうりトマト、金色に近い錦糸卵、それと分厚いチャーシューがのっていってほんとに美味しそうだ。

「やっぱここの料理は最高だね!おばあちゃんすっごくおいしいよ!」

小夏が絶賛する理由もわかる。想像以上に美味しい。小夏の言葉を聞いておばあちゃんはとても嬉しそうだ。

中学の時の自分ではこんな楽しんでる自分のこと想像できなかったな。

ふと思い出した。あの子今どうしてるかな


あれは私が中学2年生の時。今日のように気温が高く、じりじりと太陽が照りつける日だった

汗を地面に垂らしながら1人で下校していると少し前に歩く他校の制服を着た女の子を見つけた

珍しい。この通学路は自分の学校の生徒しか使わないと思ってたのに


その子は歩くスピードが遅く、簡単に追いついてしまった。ほんとは抜かしたくなかったが、この子のスピードで帰ってたら何時に家に着くかわからない。抜かしてしまおうとしたとき、ちょうどその子と顔があってしまった。気まずいと思ったも瞬間、いきなりその子は私の顔を見るなり笑顔で「こんにちはー」といった

私は戸惑いながら

「あ、はい」と挨拶もろくにできず返事だけになってしまった。恥ずかしくなりその場から足早に立ち去った。


次の日またその子が目の前を歩いていた。ああ、嫌だなと思いながら昨日と同じようにその子を抜かそうとしたら、

「お、やっほー!昨日あったよね?また会えてうれしいな」

昨日逃げてしまったのに私のことを覚えててくれ、今日も話しかけてくれたことに驚いた。

「こちらこそ」と当たり障りのない言葉を今度は返した。

抜かして先に帰るわけにもいかず、そのままの流れで2人で横に並んで帰ることになった。会話していくにつれ私たちは同い年の中学2年生で、隣の学校だということがわかった。

相手のコミュニティ能力がいくら高いとは言え会話は長く続かなかった。当たり前だ初対面なのに15分も続いたことがすごい。私は沈黙が苦手なので何とか会話しようと

「いつもこの道で帰ってなかったよね」と聞いた。

すると彼女はいきなり顔を曇らし俯いたまま、少し間を開けて

「実は最近学校の子と少しうまくいってなくて、」

「ある時突然自分がほんとにこの友達といたいんだろうか、とか相手は自分といて楽しいかとか考えてると自然と友達といるのが気まずくなっちゃって。そしたら友達も私が避けていることに気づいたらしく、私にあまり喋りかけなくなっちゃって。

もう1か月も続いてるよ。しまいには昨日から一緒に帰ってくれなくなっちゃった。」

とぽつんとつぶやいた。意外だった。こんなに明るいのに。初対面の私にこんな喋りかけてくれるのに

「でもいいんだ!私、前からその子とあまり合わない気がしてたんだよね。だから新しい友達作ろうと思って」

そういうとまた笑顔に戻った

「相手のこと勝手に決めつけるなんて。私、やだな。」

私は独り言のように自然と呟いてしまった

「それって単に相手からもし嫌なことをされたり言われたら自分が傷つくから、先に相手と距離を取ろうとしてるんでしょ。自己防衛のためにしかすぎない気がする。それで自分とその子は前から合わなかったなんて言われたら私だったら傷つくよ」

やばい。言い過ぎた

「自分が相手にしっかり向き合ったら、相手も自分に向き合ってくれてると思う。自分の考えてることとか話すの難しいけど、しっかり自分の意見を伝えることが大切なんじゃない?ごめん。私がいうことでもないけど。」

フォローしようと早口で言ったため、他にも何か話したが私はそれ以外覚えていない。相手は口を結んだまま何も話さなかった。怒らせてしまったか。

「うん、そうだよね。ありがとう」

さっきとあまり変わらない明るい口調だった。その時確信した。この子は根が優しい。私の予想に過ぎないが、この子は友達から悪口を言われてるのだろう。もしかしたらもっと酷いことを。それでもその子が悪いとも言えず、自分に非があると思っている。誰かに相談したらその友達が悪者扱いされてしまうかもしれない。だから何も知らない私に相談してきた。私の想像であって欲しいがもしそれが本当だったら、そう思うと口が勝手に動いていた。

「私もね、少し仲良くなると相手のことがよくわからなくなっちゃうんだ。何考えてるんだろとか、嫌われてないかなって思っちゃう。私こそ相手のことを悪く見過ぎだね。」

「だからね。私、心から一緒にいたい!と思った人には言葉も行動も正直になれるようにしたい。自分が正直にならないと相手だって不安で自然と離れていっちゃうでしょ。そしたら絶対相手も私に正直になってくれるって信じてる。そんな友達はまだ自分にできてないけど、いつかできたいな、って思う」

相手の顔が見れず、上を見上げた。今日はいい天気だ。

「私もそんな友達が欲しいな」

小さな声だったが私にははっきりと聞こえた。

「できるよ。きっと。お互い約束しよう。自分が一緒にいたいと思う友達を作るって」

「うん、ありがとう」

その子に結局何があったかわからない。その子も本当のことは話したくなさそうだったし、聞く必要もないと思った。


それ以来その子にあってない。その後どうなったのか結局分からずじまいだ。


「奈津!!また全然話聞いてなかったでしょ!」

はっと我に帰った。また上の空だったらしい。

「ごめん、何の話してた?」

「昔、自分に素直になれ!って初対面の人に言われてさー。確かに、って思ったんだよねー」

「へー」

「で、今ふと思い出したんだけど蝉が鳴いてる理由は人間からしたらほんとのことはわからないけど、人間は言語があるんだからそれを使わなきゃって言われたんだ。その言葉に救われて自分にも相手にも素直になれた私がある。感謝してるよ、その子には。また会えたらいいなー、名前くらいきいとけばよかった、2回会っただけだから顔もよく覚えてないんだよね」

「小夏にも色々あったんだね」

「あったよ!いろいろ!中学2年生の時一番仲良かった子に裏で悪口言われてさ。私、当時弱かったから言い返せなくて。でもその人に会えてその仲良かった子に自分のこといじめないでくれ!って言えたんだよね。ま、そっから自分のこといじめた子と喋ってないんだけど」

「でさ、私のこと救ってくれた子と約束したんだ!自分が一緒にいたいと思える友達作ろうって!」

え。それって私とあの子との約束では、、そう言えば蝉の話もあの子にした気がする。上手く伝えられなかったから比喩として。早口で言ってしまったから覚えていなかったけど小夏と仲良くなれたのは必然だったのか

「奈津のこと紹介したいなー、絶対奈津もその子のこと好きだと思う」

笑みが溢れた。お互い約束守れたね———小夏

外では蝉が鳴いてる







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私たちは蝉でない 黒瀧 蜜 @kan_mihaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ