第21話 豊水がペットが欲しくなって鈴が猫ではなかったある日の話

 制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、歩きながらマスターに『いつもの』と同時に一言だけ言って、一番奥のいつもの場所に座った。

 鈴は正面にいる恋人を見ると、腕を組んで何かを考えているような顔をしている

 二人とも期末テストがついこの間に終わり、鈴は結果を待っている所だ。

 豊水が通う進学校ではもう答案は帰ってきているのだろうか。そして予想以上に結果が悪かったから、あんな顔をしているのだろうか。

 そう思い何を言おうかと考えていると、豊水は鈴を見つめてしょうもない事を言った。




「昨日から急激にペットが欲しくなったけど、どれがいいと思う? 俺としては定番の犬か猫か……、あるいは鷹か鷲か」

「……前々から思ってたんだけど、鷹と鷲ってよく似てるけど違いって何だろう、将軍が狩りをするのが鷹とか?」

「……将軍以外も鷹狩りはするよ。……大きさで区別するって書いてある」

「見せて見せて。……本当だ、分類上の違いは無いって書いてある。……で、鷹を買うの? そして狩るの?」

「別にどうしても鷹が欲しいとは思っていないから。……狩りするのに免許とかいるかもしれないし」

「狩猟免許って言うから、確かに鷹狩りにはいりそう。じゃあ織田信長とか豊臣秀吉とか徳川家康とかも、免許取ってから鷹狩りしてたのかな?」

「もしそうなら、加藤清正は虎を捕まえるために狩猟免許を取ってるかも知れない」

「そうなると一休さんはどうなるんだろ。虎を捕まえていないから免許はいらなかっただろうけど、本気で捕まえるつもりだったなら、免許を取ってから虎を捕まえるのに臨んだのかも」

「多分あの一休さんは小学生だと思うから、取れる歳じゃないんじゃないかな?」

「小学生にそんな事をやらせるなんて……」

「お待たせしました、コーヒーとクッキーのセットです。……危険な事はしちゃだめだからね」




 コーヒーとクッキーを置きながらそう言って、戸西さんは帰って行った。

 本当はウエイトレスの見本となるために、戸西さんはもう何も言わないつもりだった。しかし二人の狩りとか虎とか捕まえるとか小学生とかの会話を聞いて、何をするつもりだと言わずにはいられなかったのだろう。

 そして鈴も豊水も、テーブルに置く時に何かを言ってほしいと思っている。何より軽い会話をして店の居心地をよくするのも、ウエイトレスの仕事とではないのだろうか。

 そう考えていたが自分から気付いてほしいと思ってあえて何も言わず、二人ともクッキーを口に入れるのであった。




「やっぱりいつ食べてもここのクッキーは美味しい。店長の手作りかもしれない」

「前に聞いたんだけど、少し遠くに店長の友達のパティシエがやってる店があって、そこらか定期的に仕入れているんだって。ちなみにケーキの作り方を教えてもらった事もあって、それを私が習いました」

「じゃあ、そこに行けばこのクッキーはもちろん、色々なお菓子が買えるんだ。場所は?」

「……学校の反対側。だから電車で買いに行っても定期は使えないし、電車とバス代でかなりかかるよ。店長は車で買いに行ってるって」

「車かぁ。……猫がバスになってタダにならないかぁ」

「……あれはお金の代わりに木の実か何かがいったような。昨日、あれ見たの?」

「……あれの前にも、動物番組を。最近のTVって家で飼ってる動物の映像が多くて。……正直見てると……、寂しくなった」




 この豊水の言葉に、鈴は心の底から驚かずにはいられなかった。

 いつもなら余裕があって、求めてばツッコミをしてくれる豊水が、こんな傷ついた心を無防備にさらけ出すとは。

 こんな豊水を前に見たのは確か、中学二年生の大晦日の時だった。これ以上は書けないがその時に鈴は豊水を見て、壊れそうだと思ってしまった。

 今またそんな顔を見せた豊水を、会話をしながら心の中ではどうやって助けようかと鈴は考えていた。




「それで結局、飼うのは猛鳥系? それともバスに変身しそうな猫?」

「見ただけでバスに変身する猫ってわからいよね、そもそも絶対に変身しないし。……まあペットを飼ったら予想以上に大変だろし、一人暮らしでペットは難しいかな。来年は修学旅行もあるし」

「……分かりました、私は明日からペットになって、豊水の家で暮らす事を決めました」

「……いや、何を言っているんだろう、この人は。あなたは私の彼女であってペットではありません」

「でも豊水言ったじゃない、あの大晦日の時に。『私のかわいい子猫ちゃん、今日から君はペットになって、一生ここに居るんだよ』って」

「いや言ってないからねそんな事、言ってないよね? ……やっぱり一人称で『私』って一回も使った事ないから、言ったとしたらそれは鈴の妄想だから」

「でも豊水……、我慢できる?」

「できるに決まってる。一人暮らしするのをね、もう二年以上やってるから我慢できるから。……ほぼ毎日会ってて連絡方法もたくさんあるから、我慢できるって」

「まぁ、一緒に住むまでには三年切ってるし、私も我慢しますか」

「お待たせ、帰ろっか。……にしても、やっぱり我慢が必要なのは鈴ちゃんの方だったか。保護者として私が一緒なら泊ってもいいって事にになってるから、どうしてもって時は言いなさい」




 その戸西さんの言葉は、ネコ科ではなく猛鳥系だった鈴に言ったのか、それともまだ壊れかけそうな豊水に言ったのか。

 その答えは言わないまま、三人は店を出た。

 その後姿を見ながら、マスターは思っていた。

 戸西さんだけでは、人が足りない気がする、と。




「もしそうなったら保護者として、一緒に泊まりに行こうか」

「駄目ですよ、若人に混ざろうとしたら」

「でもねぇ。……じゃあそうだ、それならいっそ三人は我が家に泊めよう。約束に違反してないし、気分も変わるだろうし」

「それも駄目でしょう、孫はともかく、他の二人は親戚じゃ無いんですから」

「孫の従姉の娘だから、親戚でいいんじゃないかな?」

「遠すぎて全く親戚じゃありません血も繋がってないし。戦国時代じゃあるまいし。それに豊水君はそれ以上に関係がありません」

「豊水君は産まれた時から知ってるし、彼の親の事だって結婚する前から知ってるんだし、言ってみれば親代わりならの、親戚代わり?」

「……確かに彼の祖父母からある程度は頼まれはしましたけど、それはやりすぎですよ」

「……そうだろうか……そうだろうねぇ……」



 そう言われ、そうかもしれない、そう思う。

 そんな一句を考えながら、マスターは思う。

 知っている相手が多い場所で、ゆっくりとした時間を凄です。

 それが少しの助けになっていると思っていたが、やはり高校生にはこれだけでは足りないのだろう。

 しかし確かに親戚でもないのにあまり助け過ぎたら、豊水は心苦しく思うだろう。

 後三年間、彼が高校を卒業するまでに、どれだけ頼ってくれるのだろうか。

 ……鈴の方は、ケーキの作り方を教わるぐらいには頼ってくれるようになっているのだが。

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