第19話 鈴は高校一年生なのに結婚情報雑誌を読むある日の話

 制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、歩きながらマスターに『いつもの』と同時に一言だけ言って、一番奥のいつもの場所に座った。

 座った鈴はカバンの中から何冊もの雑誌を次々と取り出した。

 何気なくそれを眺めた豊水は思わず声を上げてしまいそうになったが、慌てて口を塞ぐ事に何とか成功する。

 声を上げそうになった原因は、取り出されたのは全て結婚情報雑誌だからだ。




「……ちょっと早いと思うけど、もう結婚式に備えて準備してるのかな?」

「……? 結婚式って何ヵ月も前から準備するっては聞くけど、さすがに今からは私も早いと思うよ?」

「……それにしてはこれ全部今月号なんだけど、じゃあ何で何冊も買ったの?」

「ああ、これを買ったのは私じゃなくて私の友達のお姉さん。友達がお姉さんから貰って、私は友達から貰いました」

「…………友達のお姉さんは、その……、使わなくなったから、もういらなくなった。って事?」

「多分豊水が考えてる事とは逆かな。そのお姉さんが彼氏にプレッシャーを与えるために大量にこれ買ったんだって。で、成功したからもういらないって友達が捨てるように言われて、友達はみんなで一回見ようと学校に持って来て、みんなで読み終わって捨てようとしたから、もったいないと思って私が貰って来たの」

「いろいろ言いたいけど、その友達のお姉さんは成功したのに買ったこの雑誌はいらないんだ?」

「プレッシャー用に同じ雑誌を何冊も買ったんだって。だからこれはかぶる分」

「……それにしても、もし先生が結婚情報雑誌を読んでる生徒達を見てしまったら、さぞや驚いた事だろうね。……いや、結局何でもらって来たのかが分かってないんだけど」

「お待たせしました、アイスコーヒーとポテトのセットです。…………分かってるとは思うけど、まだ二人は結婚できないからね」




 戸西さんはそう確認するように言って、返事を聞かずに去って行った。

 高校生が大量の結婚情報雑誌を机に並べていたら、親戚という立場ならば言ってしまうのも当然だろう。

 バイト中の態度を改めようとしていたのに、申し訳ない事をしてしまった。

 しかし女性には分からないかもしれないが、自分の彼女が結婚情報雑誌を眺めている所を見ると、男は相当なプレッシャーを受けてしまう。

 まだ結婚できる歳でもないし結婚の約束もしている豊水ですら、この光景を見ると落ちつかなくなってしまったのだ。

 しかし鈴は全く気付かずそして気にせず、雑誌を楽しそうに読んでいる。




「今は六月だからジューンブライド特集やってるんだけどさ、ブライドって言葉は何か、強そうだと思わない?」

「……多分それは、ブレイドだと思うよ。高学年男子小学生みたいな事を言うなぁ」

「そうかな、今日友達みんなで言ってたんだけどな。あれはまさか、ブライドモード! とか言って」

「……男子高校はそんな事を話すだろうし、歳は同じだろうし。……うん、女子が言っても不自然じゃない。それはどうでもいいとして、女子は憧れないの、ジューンブライド?」

「全然。梅雨だし、濡れるし。将来の豊水の嫁は涼しくなってきた秋あたりを希望します」

「それにつきましては様々な点から情報を調べつつ、総合的に判断をして決めようと思います」

「……つまり、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する、と?」

「何で結婚式の予定を考えるのに、そんな行き当たりばったりの作戦になるのさ。要するに、二人で相談って事」




 呆れたようにそう言いながらコーヒーを飲むと空になり、鈴も中身が殆ど空になっていたのでマスターにお代わりを頼んだ。

 軽くとはいえもう冷房が聞いている店では、豊水は二杯目をホットコーヒーと決めている。

 ふと思ったのは、鈴も同じように二杯目にホットコーヒーを飲んでいる事だ。

 鈴に同じメニューにしろと言った覚えは無い、好きな物を頼めばいいのにと言ったら、だからこれを選んだと言われたのだ。

 無理ない程度で相手に合わせるのがコツだ、将来相手が出来たら覚えておけ。

 昔に父からそう聞いたのだが、あれを言われたのは幼稚園児の時だった気がする。




「どうしたの急に涙を流して、ぽんぽん痛いの?」

「父は偉大だった、それを今になって確信しただけだよ。……あと、ぽんぽんは止めて」

「じゃあぽんぽんを使うのは、将来の子供の為に取っておきますか」

「是非そうしておいて。誰かに聞かれたら変な趣味をしてると思われるから」

「誰かに聞かれても冗談としか思わないと思うけど。……あと何年かで結婚するつもりって、真面目に考えたら不思議な気分かも?」

「でも、その歳で結婚した人はそりゃいるだろうし、少し前なら鈴の年で結婚してる人もいたんだから」

「そうなんだけどそうじゃなくて。……豊水と一緒の所に住んで、同じ物を食べて、同じお風呂を使って、一緒の所で眠るんだよ。不思議とは思わないの?」

「……それは、二年前にもうやったような?」

「お待たせ、帰ろっかー! 豊水君はもう少し言葉につけるように」




 叱るように言った戸西さんに、しまったといった顔で答える豊水。

 誰にも聞かれていないのか、それとも聞こえてないふりをしているのか。誰も反応しなかったので、二人はもうそれに触れずに立ち上がる。

 結婚式の二次会はここでやろうか、それともいっそ最初からここでやろうか。

 店長がどう答えるのかは分からないが、そう言いながら三人は店を出た。




「高校卒業が三年後で、ストレートで入って1大学卒業が四年後。最短で七年後になるのかな」

「三年たてば結婚自体は出来るそうですけど、同棲を楽しむと前に言ってましたね」

「昔流行ったよねえ、同棲。……その頃はまだ、生きてると思いたいなぁ」

「……と言うか、その前にうちの孫はどうなるんでしょうかねぇ」

「……最近は晩婚化が進んでるから、まだ問題無いんじゃないのかな」

「今まで一回も聞いた事が無いのは、隠しているのかそうじゃないのか。問題無くはないでしょうに」




 そう言われてマスターは肩をすくめた。

 昔と違うとはいえ、年寄りからしたら早めに結婚してもらう方が嬉しいに決まっている。

 それにしても、あの子達が結婚しても不思議ではない歳になるのは、年寄りから見ればあっという間だった。

 まだあの子達が産まれる前の、あの子達の親から知っているのを考えると不思議な気分になる。

 あの子達もそれ以外も、いつまで見る事ができるのか。

 そしていつまで一緒に居られるのだろうかと。

 そう思い二人分のコーヒーを火にかけ、ちょっといいビスケットを皿に並べた。

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