第11話 豊水の為に鈴が怒ってるある日の話
制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水と田北鈴は足を止めず、鈴は苛立たしげに歩きながらマスターに『いつものアイスで』と一人で言って、一番奥のいつもの場所に座った。
鈴は怒っている、それは店の中の全員がすぐにわかっている。そしてどうやら原因は豊水ではないらしい。
豊水が落ち着かせようと喋っていて、それに対して鈴は駄々をこねる子供のような事を言っているからだ。
「あー、むかつくむかつくむかつく! あいつらなんか買い物をしたら直前で売り切れになるのが三年ぐらい続く呪いでもかかればいいのに!」
「地味に嫌な事だな、それは。……その場で断ったんだろ、同窓会は。いいかげん落ち着こうか」
「落ちつこう、そう思っても、落ちつけない。……所詮人間は感情を完全に制御できない生き物だから」
「一句言えるなら落ち着いてきたかな。じゃあ深呼吸でもしようか、はい吸ってー、吐いてー」
「吸ったー、吐いたー。……もうちょっと落ち着きたいから豊水、ちょっと私をぎゅっ、てして」
「店の中だからダメ。さっきは人が多い駅でいきなり抱きついてきて、何事かと思ったんだから」
「あれはついと言うか何と言うか、むかついて自分を抑えきらなかった。駅で豊水を抱きしめなかったら、大猿に変身して街を破壊していたのかもしれない……」
「はい、アイスコーヒーとポテトのセットです。……店長から、ちょっとぐらいならぎゅってしても許すって言われたから、やってあげたら?」
そう言って戸西さんは振り返り、豊水の返事は聞かずに去って行った。
正面を向き直すと、期待する目をした鈴が見つめてくる。豊水は諦めて立ち上がり、後ろに回り鈴をぎゅっ、と抱きしめた。
鈴が怒っているのは豊水の為に怒っているからだ。だから本当は豊水もこのままでいたいのだが、そういうわけにもいかなかった。
少しして離れると席に戻り、残念そうな鈴を見ながらコーヒーをかき混ぜ始める。
「しかしもう同窓会をするだなんて、どれくらいが集まるんだろ?」
「さあ? あいつらなんか聞いた全員からそっぽを向かれて広いパーティー会場で寂しくしていればいいのに」
「その時は会場取ってないと思うけど。まあ、中学校を卒業してから三か月、ぐらいか。仲がいいなら普通に連絡取り合ってるだろうし、別に行かなくていいと思うのが普通だよなぁ」
「だからってうちの弟を連れて来いとか言われても連れてくるわけないでしょうが。イタリアからの移動費も払うとは思えないし、それに豊水にあんな事を言うなんて。……またむかついてきた。豊水、もう一回抱っこ!」
また怒り始めて抱擁を要求する鈴に豊水はたしなめる様に断った。しかし言いながら、同時に少し嬉しいともも思ってしまう。
話は詳しく聞いている。鈴は豊水の頼みを断れないのだ、隠す事も出来はしない。
今日、同じ学校に通っている去年まで同級生だった人が鈴を尋ねて来てこう言ったのだ。
同窓会をしたいからゲストに鈴の弟を呼べ、と。
それだけなら断るだけで済む話だ。だが相手はこうも言った。
南田は呼ばないで、来たらみんなが事故に遭う、と。
「別にもう慣れてるから言われても気にしないけどね」
「怒りなさい、そこは! 言う方がおかしいんだから、怒るのは当然、むしろこれは豊水の権利を通り越して義務!」
「……でも、先に鈴が怒ったらこっちは怒れないかな。……面倒だし」
「じゃあ私はこれからは三十秒だけ我慢します、その間に豊水が怒らなかったら私が爆発します」
「爆発するんだ。じゃあその時はまた落ち着かせないといけないな。でも俺が居なかったらどうすればいいんだろう」
落ち着かせるために出された二杯目のホットコーヒーを二人で飲んでいると、急に鈴の様子が変わった。
豊水の言葉をきっかけに何かを思い出して、どうしようかと思っている顔だ。
しかもこの顔は、豊水に頼まなきゃいけないんだけど言いにくいな、だけどやっぱり頼まないといけないし、今日の夜の誰もいない時に隕石でも落ちて明日休校にならないかな。
そんな顔だと豊水は知っていた。
だから豊水はにっこりと笑い、早く言えばその分罪は軽くなるぞ、の顔をした。
「実はその、あの時に押さえてくれた友達がいたんだけど、その時に豊水の事がバレちゃって……」
「鈴にそんな友達が! 赤飯……は古いから、ケーキでも食べる?」
「いや、それはどうでもいいから。……何人か仲が良くなってきたんだけど、豊水の事はまだ話す前にあいつらにばらされちゃって……」
「……ああ、その時に名前も出したのか。それが?」
「彼氏がいるなら写真か動画か本人を見せろって言われちゃって……」
「まあ、そう言われるのも当然か。でもこの前にここで撮った写真で良いんじゃないの?」
「店の中の写真だから見せない方がいいと思って。……二人の時の自分の顔も見られたくないし」
「じゃ、写真がいいから、出たらどこかで撮ろうか。動画は何をしたら良いのかわからないし、会うのも面倒だし」
「よかった、鈴ちゃんが落ち着いてる。さすがにもう親戚のお姉ちゃんじゃあ彼氏には勝てないのか」
それを聞いた鈴は戸西さんの腕に抱きついて、子供の様な顔になる。
そして二人で帰って行って、仕方が無いなと言いたげな顔で豊水は一人で後を追って行く。
やはり高校一年生になったばかりはまだまだ子供だ。
戸西さんは歩きながら、そう思っていた。
「同窓会か、もうずいぶんやってないな」
「何年か前に行ったのでは?」
「知ってるだろ、あの時は嫌な奴も来てて、さっさと帰ったのをさ」
「いい歳をして、大人げない」
「大人がするから大人げないって言うんだ。みんなが大人げない事をしなかったら、大人げないという言葉が無くなってしまう」
「いいでしょうに、そんな言葉は無くなっても」
結局あの後はよく覚えていないが、仲が良いメンツで集まり直して騒いだ気もする。
時間がたてば仲良くなかった人とも話せると言われたが、どうやらそれは嘘だったようだ。
ましてや二人は卒業したのはついこないだ、仲良くできるはずも無い。
東戸さんはそう思いつつ、同時に二人の生活のアクセントにしたのではなかろうかとも思ってしまった。
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