【短編連作】喫茶店で、暇つぶしな、逢瀬を重ねる、ふたり
直三二郭
第1話 鈴が遅刻したある日の話
制服のまま喫茶店『無聊』に入った南田豊水は足を止めず歩きながら、マスターに『いつもの』と一言だけ言って一番奥のいつもの場所に座った。
教科書とノートを取り出すが誰も水すら持ってこない。しかしそれが『いつもの』という注文だからだ。
しばらく教科書とノートを眺めて復習をしていると、向かい側の椅子に別の制服を着た女の子が座った。
見ないでもわかる、座ったのは田北鈴。
志望高校がわかれた為に別の高校に進学した、元同窓な少女。
分かりにくく同窓と言うよりも、二人は彼氏彼女と言った方がふさわしい。
「ごめん、遅れた」
「大丈夫、おかげで今日の復習が終わったから」
「じゃあ私にありがとうと言ってもいいんじゃないかな?」
「いや、その理屈はおかしい」
「何で素直に謝れないの、この子は。こんな様子じゃ立派な大人になれませんよ!」
「鈴は立派な大人になりたいなら、もう一回今度はじっくり俺に謝るように」
そんな事を言いながら、豊水は教科書とノートを片付ける。
今朝ぶりに会った、彼女と会話を楽しむために。
火曜日と木曜日はこの場所で話をする、それが法律よりも重く決められた二人の規則。
その証拠に二人とも、家のカレンダーにはきちんと予定を書いてある。
その事はお互いに言わないし、見せた事も無いが。
「で、最近どうかな、豊水は友達と楽しく学校ですごしてるのかな?」
「……彼女じゃなくて、息子と上手くコミュニケーションが取れない父親にでもなったのかな?」
「何しろ豊水には父親がいない訳ですから、彼女としては父親の役もしないといけないと思ったわけですよ」
「母親もいないんだけど、そっちの方は?」
「そっちもまあ、彼女としてはやぶさかではないでござる」
「やぶさかではないって、喜んでやるって意味だと思うけど?」
「つまり、おとかあさんになれと言ってる訳だ」
「そんな謎な存在、どうやったらなれるんだろうな」
「頑張れば、不可能無いと、思い込め、さすれば君は、明日の
「いい事を言ってるようで全く意味がない短歌をありがとう。これからも精進してください」
「お待たせしました、コーヒーとポテトのセットになります」
意味の無い会話を続けていると、ウエイトレスの戸西さんから『いつもの』が届けられた。
二人分のコーヒーとレンジで暖められた大盛のフライドポテト。これにプラスで一人一回のお代わりがついて、二千五百円。
この金額で三時から七時までここで過ごす事を許されるのだから、まあ高くは無いのだろう。
「ポテトオイシイ、ミンナダイスキ。これは人類永劫不変の真理に違いない。俺はそう信じている」
「いや、ジャガイモアレルギーな人もいると思うけど」
「確かにそうだが、それと好きな事は矛盾しない。中学一年生の時にクラスメートに猫が好きだけど猫アレルギーな人もいたから」
「ああ、渚ちゃん。確かに」
「あれ、鈴は藤さんを知っていたのか?」
「渚ちゃんは私の三年の時のクラスメートだったから」
「そうか、結局俺たちは一回もクラスが同じになってなかったから、知らない事はまだ有ったのか」
「部活に入ってなければクラスが同じなわけでないのに、私たちは何で付き合っているんだろう」
「そういう時にピッタリな言葉を俺は知っている。これさえ言えば警察に捕まった時にもとても安心できます、そんな言葉です」
「ほうほう、何でしょうかその言葉は? ……少し考えたら私にもわかりました。同時に言いましょう」
「それでは。せーの」
『かっとしてやった、後悔はしてない』
そう言い終わると、二人は同時にコーヒーのお代わりを頼んだ。
すると予測していたのは、すぐに新しいコーヒーは運ばれた。
豊水は砂糖を二つで鈴は砂糖を一つ、丁寧にかき混ぜたら相手のそばにゆっくりと運んだ。
そして自分に渡されたコーヒーを掴むと、ゆっくりと流し込む。
そして二人は口にしないが、同時に同じ事を思った。
これ、やる意味無いよな、と。
「……もう七時だ、私が遅れてしまったから。しかし私は謝らない! それはそうと、夕食は何を食べたい?」
「まるで自分が作るかのように言ってるけどさ、いつもの定食屋に行くんだけど?」
「私も将来的には作れるようになるつもりだから、今のは言ってみれば予行練習です。夫に夕食に何を食べたいを聞く妻。これは今から練習しないといけません」
「それはどうやったら失敗できるのかが知りたいが、宇宙は広いからそういう人も三人ぐらいはいるかもしれないな」
「ちなみに、豊水も練習しなくてはいけません。そして失敗したら謝らないといけません」
「それはいいけど、俺は基本的に自炊してるから料理もある程度はできるけど?」
「つまり、私が倒すべき敵は豊水だった。愛する者を倒さなければならない悲しき宿命。しかし私はそれすらも乗り越えて料理をすると誓います」
「お待たせー。じゃあ帰りましょうか」
着替え終わった戸西さんが出てきたので、豊水と鈴は会話を止めて立ち上がる。
これから三人で夕食をとるために、二つ隣の定食屋『環尉流弩』に行くからだ。
夜の営業の為に戸西さんと交代した東戸さんに豊水は二人分の代金を渡す。
火曜日は豊水で木曜日は鈴が支払う決まりなのだ。
豊水と鈴が出た後に、最後に戸西さんが「お疲れ様です」と言って、三人の姿は無くなった。
「かっとしてやった、って犯人が言うような言葉だよな」
「? どうかしましたか、マスター?」
「何でもない。……所で、環尉流弩は何であんな漢字なのか知ってるか?」
「何十年も前に暴走族でもやってたんですかね。ちゃんと読める人はいないと思いますけど?」
「あそこの主人が永遠の中二病で、ああ書いてワイルドって読ませるからな」
「……本当に誰が読めるんですかね、あれは」
マスターである東戸さんは知らないが、二年前は中二だった二人は最初に見た時からずっと、ちゃんと読めている。
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