宝石を守れ!
「
「スティーブ。来てくれてありがとう。車に積んだ宝石や武器が重いから手伝ってもらえるか?」
「ええ、もちろんですお客様」
「Dは車の調子を確認してくれ。Pはスティーブと一緒に宝石の積み替えを頼む」
オタの指示通りに後部座席の下に隠していた宝石たちを積み替える。スティーブが乗っていた白のセダンにも同じように改造が施されていた。
「ハリス、聞こえるか? リチャードと連絡が取れない。そっちはどうだ?」
悪臭に耐えかねたように見せかけて、車から距離を取る。スティーブやポールたちは荷物の入れ替えに夢中で気づいていないようだった。
『リチャードならギャングの動きを調べるって言ってたぞ。お前たちが代わりの車を置いておいた場所に着いたからな』
「急いで連絡してほしいんだが、つなげられないか?」
『……無理そうだな。俺もベッキーも警察の動きを調べるのに忙しい。一応、片手間でやっておくよ』
「おい、少し聞こえたんだが、スティーブを怪しんでるのか?」
「念のため確認してるだけだよ。杞憂ならそれでいい」
「そうかよ……」
「オタ様。荷物の入れ替え終わりました」
「ああ、ありがとう」
「それでは、こちらの車で囮として町を回ってきます」
「なぁ、スティーブ。出発する前にいくつか聞いていいか?」
「ええ、なんでしょうか?」
「俺たちの宝石の隠し場所予定地を知ってるか?」
「ええ、すでにリチャードさんから共有してもらっています」
「なるほど。根回しはばっちりってわけか」
「ええ、リチャードさんから直々にお願いされましたから」
「そうか、引き留めて悪いな。それともう1つ、武器もいくつかそっちに詰めてくれないか? 俺たちはこのまま検問を突破したいが、ライフルを積んでたら怪しまれるだろう?」
「……そうですね。お手伝いいたしますよ」
「武器を渡すってことは、これ以上派手なことはしないんですか?」
「ああ、
「……どういう意味だ?」
「まぁ、こういうことだな」
黒のバンから降りて、セダンに積んである武器を積み替えようと歩くスティーブ。
オタとすれ違う瞬間に頭が吹き飛んで、汚い下水管に脳髄が飛び散る。
「……な、何してんだお前!?」
「見ての通り、スティーブを殺した」
「な、なんで!? せっかく協力してくれるって言ってるんですよ!?」
「ダン、そっちのセダンの下を調べろ」
「……下?」
スキンヘッドの男は首をかしげながら、手持ちのライトで車の下を照らす。隙間から赤い光が点滅しているのが見えて、手を伸ばした。
小さな機械がガムテープで付けられており、見覚えのない形状に戸惑う。
「発信機だよ」
ダンから奪ったそれを思い切り踏みつぶしながら淡々と答えを言う。
「な、なんで発信機!?」
「だから、スティーブが裏切り者だからだろ。ポールはともかく、ダンは気づくべきだぜ?」
「……いきなりぶっ殺すってことは、それだけおかしなことがあるんだろ? 心当たりがねぇぜ」
「これがミステリー小説なら使い古されたような簡単な話だよ。俺はリチャードに本名を名乗ってない」
「……そういえば、リチャードさんはOさんのことを『ミスターO』って呼びますよね?」
「いやいや、初めてリチャードと会った日に……。いや、その時からイニシャルだったな」
「当然、スティーブにもOと名乗ってる。だから俺をオタ様って呼ぶわけがねぇんだよ」
「だが名前ぐらいならどこかで聞きつけたんじゃ?」
「どこで聞きつけたんだ? 強盗の話をするときは全員イニシャルか偽名で呼び合っていたんだぜ?」
「それともう1つ。俺は宝石の隠し場所もリチャードに伝えていない」
「そうなのか?」
「ああ、宝石の引き渡し場所は伝えているが、俺たちが向かう隠し場所とは別なところだ」
「ポール、
「……大丈夫ですね。ちゃんと宝石が入ってます」
「……いや、大丈夫じゃねぇだろ。そっちはスティーブが運転していくつもりだった方だぜ?」
「あ、そういえば!!」
「運んでいる最中にポールやダンの目を盗んですり替えたんだろうな。俺はハリスと電話をしながら、スマホを鏡代わりにして見てたから気づいた」
「おいおい、ならなんで早く言ってくれないんだ? さっきは疑ってないって言ってただろ?」
「いいや、俺が言ったのは『念のため確認してるだけだよ。杞憂ならそれでいい』って言ったんだぜ?」
「だから疑ってないってことだろ?」
「逆だよ。本当に裏切り者であることを確認したんだ。そうじゃない可能性もほんの少しだけあったからな」
下水のにおいに混じって、血が腐る臭いがし始める。
発信機が無いことも確認したため、再びセダンへと宝石と武器を積み替えて出発し始めた。黒のバンはガソリンタンクを撃って、ガス欠にしてある。
スティーブの死体も車と下水管の陰に隠してきたため、すぐには見つからないだろう。
「スティーブはなんで裏切ったんだ? やっぱりリチャードが……」
「たしかに。都合よく連絡がつかなくなるなんて……」
『おい、O。やっとつながったか』
「どうしたハリー? 何か問題か?」
『問題もクソも、リチャードが電話に出ないって言ってるぞ? 調べたら、お前たちの通信が消えてたから、
「ってことは、さっきの発信機か」
『発信機? 何の話だ?』
「ハリー、リチャードの店に居るスティーブって男を調べてくれ」
『スティーブ!! そうだ、その男に気をつけろ。リチャードから、そいつは裏切り者だって連絡があった』
「大丈夫だ。そっちの始末はつけてある。リチャードが用意した車に発信機が仕掛けられてて、妨害電波付きだったらしい」
『もしもしミスターO。リチャードです』
「ああ、リチャード。お前のところのバイトに宝石を盗まれるところだったよ」
『ええ、その件は誠に申し訳ございません。おそらく【オーアレオ】か【ジョーヌゲミニ】にそそのかされたのだと思われます』
「なぁ、特に気にせず運転しているが、この車は安全なのか?」
『リチャードに言われて、そのセダンを調べてある。情報が洩れてる様子は無いし、安全のハズだ』
「ならこのまま検問を抜けるぞ。P、足元に置いているライフル類は宝石と一緒に後部座席の下に隠してくれ」
「分かりました!!」
すでにリチャードとハリスが、ギャングや警察達に偽情報を流してくれたおかげで、追いかけられることはない。今頃、必死に今まで乗っていた黒いバンを探していることだろう。
3人は悠々と白のセダンに乗って検問前まで到着する。
すでにおびただしいほどの警官とパトカーが待機しており、全員が拳銃を携行している。
「すみません、近くで事件がありまして。ご協力お願いします」
ダンが言われるがままに免許証を提出する。
当然、リチャードに用意させた偽の物である。
「みなさん、年齢がバラバラですけど、どういった集まりですか?」
「同じ職場の同僚ですよ。ノゴ地区の方で働いてるんですけど、今日は休みで飯を食べに行こうと思って」
「そうなんですね。お住まいもノゴなんですか?」
「ええ、だいたいそのあたりですよ」
「……ドライバーの方。住所がガニムン地区になっていますけれど?」
「ああ、彼は今、俺と同居してるんです。ルームシェアなんですよ」
「そうなんですね。……とくに怪しいこともないですし、通っていただいていいですよ。長々と失礼いたしました」
警官たちに見送られながら、検問を抜ける。
背後からサイレンが聞こえやしないかと怯えながら数百m進んだあたりで、ダンとポールが深い息を吐いた。
「き、緊張した……」
「俺も、気が気じゃなかったですよ……!!」
『今の検問を突破すれば、隠し場所までは大丈夫なはずだ』
「ハリー、隠し場所の候補5か所あったよな? その付近の状況を調べてくれ」
『言われなくても、やってる最中だよ。ベッキー、偽情報を流すのはそのぐらいでいい。こっちを手伝ってくれ』
すでに地図を暗記しているダンは、スムーズに隠し場所まで車を走らせる。
ガニムン地区の方までくると、警察のサイレン音もギャングたちの喧騒も聞こえない。
強盗の帰りとは思えないほどに平和だった。
「ポール、そんなに後ろを見なくてもいい。車を変えてるおかげで追いかけてくる奴らはいない」
「そ、そうですよね……」
ただでさえ間の抜けた顔をしているポールは、後ろに気を取られ過ぎてさらにおかしな顔になっていた。窘められても、何度もちらちらと背後を振り返ってしまう。
「ハリー、そろそろ隠し場所に到着する」
『いやポイントを変えた方がいいな。すでに警察が張り込んでやがる』
「おいおい、バレてるのか?」
『その可能性もあるが、たぶん、あちこちそれらしい場所に張り込みをしてるだけだろうな』
「リチャードからそのあたりを探れないのか?」
『お言葉ですが、私は隠し場所を存じ上げていませんよ』
「ドラマティック・エデンの連中が何かしたってわけじゃなさそうだ」
『張り込みをしてるのは警察だけだ。【オーアレオ】も【ジョーヌゲミニ】も隠し場所については全く調べられて無さそうだぜ』
「もうすぐ次のポイントに到着するぞ? だが、かすかにサイレン音がする……」
『D、ご明察だな。2つ目のポイントも張り込まれてる。……今地図を送った。このポイントなら大丈夫だろう』
「……Oさん、予定していた隠し場所、3か所も張り込まれてますよ!?」
「警察側に勘が鋭いやつがいるらしいな。それとも俺たちの運がないのか」
「5か所も用意しておいてよかったな」
残り2か所のうち、1つはトゴメナ地区まで行くことになる。
もう1度検問を抜ける必要があるが、先ほどのようなスリリングな状況を避けたい2人にとっては、最後の希望でもあった。……オタだけは飄々とした顔を崩さなかったが。
「警察無し。他の車も人もいないし、大丈夫そうだな」
「ガニムン地区に、こんな裏路地あったんですね」
ガニムンの中央にある地下鉄。
さらにその裏手の廃棄された地下通路だ。ここまでつながる道も非常にわかりにくいため、知らない限り見つかることはない。
「俺が捕まる前の仕事で何度か使ったことがある場所だ。俺と俺の仲間しか知らない」
「宝石の置き場所はここでいいのか?」
地下通路に空いた空洞に宝石たちを押し込める。傍らに立てかけられた、割れた大岩で空洞を塞げば、通路が倒壊しただけにしか見えない。
宝石も武器も下ろし終わり、3人はセダンに乗って拠点へと帰っていく。
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