ジュエリーノゴの調査

 銃器強奪から翌日。

 オタとダンは、ドラマティック・エデンから提供された黒いバンに乗って、ターゲットである宝石店『ジュエリーノゴ』まで来ていた。ノゴ地区にある個人経営の宝石店であり、中流富裕層向けにの質の宝石を販売している店だ。


 ノゴ地区には町の中心に巨大なテーマパークがあることが特徴であり、交番や警察の詰め所などがすべてそちらに集中している。ノゴ郊外のこの宝石店はまさしくうってつけということだ。


 黒いバンの中には、オタとダン以外にも、後部座席に2人の男女が乗っている。男の方は派手な金髪に間の抜けたような顔をしていた。反対に女はくすんだ金髪であり、高い位置で結んだツインテールが特徴的だ。


「さて、DMでも話しているとおり、君たち2人にはあの宝石店の下見をしてほしい。とくに価値の高い宝石や警備の甘い宝石をみつけてくれよ?」


「……こんな素人を下見役にして大丈夫なのか?」


 事前にSNSで下見役のカップルを募集している。適当な男女1人ずつを偽装カップルにするつもりだったが、偶然にも本物のカップルが応募してきたため下見役として採用していた。ハリスに彼ら2人のSNSを調べさせたが、普通のアルバイトや後ろ暗い闇バイトをいくつか経験しているらしい。


 ダンの心配とはよそに、2人は神妙な面持ちで頷いた。


「ポール、君はこの眼鏡をかけて店内を見てほしい。小型カメラが内蔵されていて、俺の友人がそれをチェックしている。必要に応じてインカムから指示が入るから聞き逃さないように」

「わかりました」

「ベティ、君は店員の視線をポールに向けないように誘導してくれ。無遠慮に宝石やアクセサリーをベタベタ触る非常識な客を演じてくれ」

「おっけー」


 もちろん、宝石店の下見を彼ら2人だけに任せるわけではない。ハリスが調べた限りでは、店のどこかに隠し金庫があるらしいのだ。オタは店員から、その手の情報を引き出す。


「そしてD。お前は逃走経路の調査だ。詳しく説明する必要はないな?」

「わかってるよOボス


 全員の役割を確認し終えたところで、リチャードが用意した小型カメラ付き眼鏡の接続を確認する。映像のチェックはハリスの担当だ。


Oボス、そのダサい眼鏡をつけると日本のギークみたいだな。前に見た映画でアンタみたいな顔の男が早口で喋ってるのを見たよ」

「だったら、スキンヘッドのお前は典型的なギャングだな」


 オタは降りる間際に中指を立てる。

 3人が宝石店に入ると、黒いスーツの男がうやうやしく扉を開けてくれる。店内で分かれて、適当なカウンターの前の宝石を眺める。


「プレゼントですか、お客様」

「ああ、まあね。遠距離恋愛中の彼女が居るんだが、なかなか会えないからご機嫌取りがてらに」

「それは大変ですね。ですが、素晴らしいアイデアです。特に、ウチのアクセサリーを贈るという部分がとても素敵ですよ」

「おほめに預かり光栄だね。せっかくだし、があればいいんだけど……」


 ショーケースや店員を見るふりをしながら、店内の警備システムなどをカメラにおさめる。スタッフ用のドアが目につき、ドアの構造をハリスに確認してもらう。


「お客様? こういったネックレスはいかがですか? 見た目よりは軽いですよ」

「へぇ、なかなかいいね。マネキン代わりにするようで悪いんだけど、少しあてがってみてくれないか?」

「かしこまりました。失礼しますね」


「美人が身に着けると、一級品の宝石もより輝くね」

「ありがとうございます。こちらいかがですか?」

「いや、もう少し他の品も見たいね。彼女は無類のダイヤ好きでね。そんなようなものはあるかな?」


 店員が他の宝石を選んでいる間に、下見役の2人の様子を見る。

 ポールは店の中をキョロキョロと見まわしており、まるで落ち着かない様子だ。店の入り口に立っている警備員も不審そうな目で彼を見ていた。ベティも色とりどりの宝石に気を取られていて、本来の役割を見失っているらしい。


 店員たちの視線はほとんどが2人に向けられており、オタへの意識は薄れている。皮肉にも囮としての仕事はこなせているようだ。


『O、隠し金庫があるとしたら、ドアの向こうだと思うぜ。だが、金庫の構造が分からねぇと、開けようがないな』


 どうにかしてスタッフルームに入る必要があるが、本番前に手荒なことをするわけにもいかない。どうしたものかと思案していると、店の奥から店長らしき太った男が現れた。ジロジロと店内を見渡すと、さきほどまでオタの接客をしていた女性に近づく。


 いやに至近距離で何かを話した後、汚らしい笑みを浮かべてまた奥の方へと引っ込んでいった。


「お待たせしましたお客様。こういったピアスはいかがでしょう?」

「とてもいいね。こういうのが欲しかった。他の品も見たいし、コイツをキープさせてほしいんだけどいいかな?」

「かしこまりました。一応、私の名刺をお渡ししておきますね」


 そういって彼女が渡してきた名刺には『ミシェル・ウィリアムズ』と書かれている。ジュエリーノゴの看板デザインと販売員という肩書もセットである。


「おすすめの商品はいい品ばっかりだったけど、鑑定士じゃないのか?」

「目利きには自信がありますが、職場選びの才能はなかったようで……」

「なるほどね。つまりはここのオーナーは人を見る目がないようだ」

「宝石を見る目も大したレベルじゃありませんね」


 ミシェルの痛烈な皮肉に、思わず笑みを浮かべる。さきほどのオーナーとのやり取りを見て、付け入るスキを見つけたオタはさらに彼女へと切り込んでいく。


「転職は考えないのか? あなたのスキルなら、もっと上を目指せると思うけど」

「素敵な提案ですが、面倒なしがらみがあるんです」

「……それは、隠し金庫やギャングとのつながりとか?」


 揺さぶるようなオタの発言を聞いて、ミシェルの頬がピクリと動いた。目を細めながらオタに顔を近づけると口元を手で隠す。


「お客様、どこでそれを……?」

「ちょっと賢い知り合いが居てね。それより、俺たちに協力するつもりはないか? 隠し金庫の写真を1枚撮ってくれれば、こっちで逃げるルートを用意できる。せっかくの鑑定スキルを腐らせたくはないだろう?」


 ミシェルは長く美しい髪を揺らしながら迷ったような表情を見せる。店の奥から、さきほどのオーナーが彼女を呼ぶ声が聞こえた。ビクリと肩を震わせると、一瞬だけ泣きそうな顔をする。


「……分かったわ。あなたに協力する。金庫の写真が必要なのよね?」

「ありがとうミシェル。お好みの逃亡先を考えておいてくれ」


 オーナーに呼ばれたミシェルは、嫌そうな顔をしながら店の奥へと消えていった。ショーケースの宝石を一通りカメラに映した後、外の様子を窺うかのように入り口の警備員を見る。両サイドに立っている2人は、不審な動きを繰り返すポールたちに気を取られている。


「ハリス、聞こえるか? ミシェル・ウィリアムズという店員を調べてくれ。それと、監視カメラの位置と警備システムのタイプは特定できてるか?」

『おおよそばっちりだ。今回の強盗はどういうプランで行くんだ?』


「ダンは店外で待機だからな……。偽の火事騒ぎで店内を無人にする」

『なら、煙感知器の位置を確認しておいてくれ。それと防火シャッターに細工をしなきゃいけないから、入り口の映像がもう少し必要だ。少し上向きで、天井がよく見えるように頼むよ』

「この位置じゃダメか?」

『さすがに遠すぎる。下見の2人を上手く使えば動きやすいか?』

「入口の警備員、左の男が居なければ近づける」


 電話の向こうで、ハリスが短く返事をする。

 高い宝石の場所を教えろと催促していたポールの動きが止まり、すこしボーッとしたかと思うと、先ほどよりも大きな声で騒ぎ始めた。同じく指示が聞こえたであろうベティも、さらに派手にアクセサリーを物色し始める。


 2人の蛮行にさすがに警備員が止めに入ろうと動き始めると、オタはそそくさと入り口付近のショーケースまで移動して、野次馬のように彼らと警備員の攻防を眺める。


「どうだ、ここからなら防火シャッターが見えるか?」

『ばっちりだ。シャッターの製造元と型盤も見えてる』

「あとは煙感知器か。どこにあるんだ……」

『そっちはポールのカメラで確認済みだ。試しに誤作動を起こして、店員たちの動きをチェックするか?』


「いや、ここで余計なことをして警備を強化されたくないからな。宝石の調査具合はどうだ? それと店内の詳細なマップもできてるか?」

『2つとも完了してる。あとはスタッフルームの方だが……』

「それはミシェルの情報を待つしかないな。身元調査は済んでるか?」

『SNSで裏垢を見つけた。ミシェル・ウィリアムズ29歳。宝石鑑定の専門学校を首席で卒業しているが、今はセクハラ店長の愚痴ばっかりだ。それともう1つ面白い情報を拾ったぞ』


「面白い情報? 彼女の3サイズなら聞いてやる」

『そっちも調べられるが、そうじゃない。隠し金庫の中身だよ』

「売上を保管している金庫じゃないのか? 店長のへそくり?」

『違法に入荷した宝石類をギャングに横流ししてるってのは話したよな? その相手は【ジョーヌゲミニ】だ』

「運がよければ、ギャングへの献上品を横取りできるってことか。推定価値は?」

『連中の羽振りの良さから考えるに最低5000万ってところだな』


「おもったよりでかい仕事になりそうだ」


 ハリスとの会話を続けていると、あまりにも不審過ぎたのかポールとベティの2人が店から追い出されそうになっていた。何とか抵抗しながら、店内に居座ろうとしているが、警備員たちの「通報するぞ」という脅しに怯えて店を出て行ってしまう。


「ちょっとやり過ぎだが、時間稼ぎには十分だな」


 ボヤをおこすための細工を観葉植物の陰に隠して、何事もなかったかのように店を出た。

 すでにダンは逃走経路の確認を終えており、店の外で待っていた。彼の車に乗り込むと、落ち込んだ様子のポーラとベティが謝罪の言葉を口にする。


「だから素人なんか呼ばなきゃよかったんだ」

「いや、2人の仕事としてはばっちりだ。約束通りの報酬を渡しておく」


「え、いいんですか?」

「2人のおかげで俺が目立たずに済んだ。必要な映像も撮れてるし、君たちの仕事は十分果たした。これからDに最初の集合場所まで送ってもらうが、それ以降は俺たちは他人だ。わかるな?」


「……あの、今のお店、強盗するんですよね?」

「ああ、そうだ。通報しようなんて考えるなよ? 一緒に仕事をした君たちを始末するのはさすがに心苦しい」


「……俺たちも、その強盗の一員にしてくれませんか!!」

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