第22話 「学生 松下一成」から見た「森田研1期生 五十嵐武志」

 時間は進んで6月。私を含めた同期は実験、森田塾の課題、農、そして日々のイガさんからの無茶な要望に応える毎日を送っていた。


 それである時、院生何人かが中部屋で暇そうにしていたのである質問をしてみることにした。


「イガさんって何なんですかね?」


「デカくて面倒な人だよ」


「そんなのはわかってるんですよ。そうじゃなくて」


 といういつものやつが始まる。イガさん=面倒な人というのはもう院生、学部生問わず共通認識。お菓子が好きとか。帽子を常に被ってるとか。


「でも、いいじゃん。そういうの分かってきたじゃん」


「何がです?」


「え?イガさんはお菓子が好きとかそういうこと」


「あー」


「じゃあ、何のお菓子が好きとかまっつんわかる?」


「いやぁ・・・わからんですねぇ」


「まだまだよ」


 何の会話?と思うかもしれないがこれが森田研の会話。で、多分院生が言いたいのは最初は分からなかったけどイガさんの行動を見ていると何となくわかったこともあるんじゃないの?ということだと思う。


 確かに3年生で初めて会った時に「イガさんはお菓子が好き」っていう情報は私の中には無かった。


 いやいや、そういうことじゃないのよ。聞きたいのは。イガさんがなんでこうやって森田研の研究室にほぼ毎日来るのかってことだったり、森田塾をやっていたり、農をやっているのかってことなんだけど。


「直接イガさんに聞いてみたら?教えてくれるよ」


 なるほど。確かにそうだ。という風に考えた私はとりあえずイガさんにキチンと聞きに行くことにした。


 イガさんはゼミの無い日でもある日でも関係なくほぼ毎日研究室に来ていたからいつでも聞けるわけなのだけれどもいきなり「イガさんって暇なんですね」とは聞けない。


 少しだけ頭を使わないと質問には答えてくれないだろう。というのが何となくわかるからこそ面倒なのもある。そこで私は少し頭を使うことにした。


 その日、いつもの時間帯にいつものようにイガさんがやってくると、いつものように中部屋に行ったり、院生の部屋に行ったり。その様子を伺いつつもイガさんが1人になるのをじっと待っていた。


 やがて中部屋が静かになるのを待ち、私は環境論文の中にあった森田研の歴史年表のページを開いてイガさんのところへ向かって


「8期生よりも前って森田塾では何をしていたんですか?」


といきなり聞いてみた。するとさっきまで寝ていたイガさんは起き上がると私の持っている年表を見始める。


 この私が聞いた8期生以前、つまり1~7期生は一体何をしていたのか?そもそも塾みたいなのはあったのかというのは持っていた疑問だった。というのも環境論文自体が8期生からしか残されていなため、その前にしていたことが分からなかったのである。


「どうせ答えてはくれないだろう」


 心の中でそう思ってはいたのだけれど、この時、意外にも答えてくれた。イガだけに。


 イガさんは森田研究室1期生になるのだけれど、それって言い換えると森田先生が研究室を持った時の学生。つまり研究室の立ち上げに関わっているという話でもある。


 そもそも先生とイガさんの出会いはイガさんが大学2年生の時の話になる。


「単位が足りないと思ってたんだけど、取れちゃったから仕方なく2年生やってた」


「そうなんですか?」


「うん」


 その2年生の時に大学に来たのが森田先生。そして先生と出会ったのは授業の時である。


「先生がさ教室に来た時、まずネクタイしてないのよ。それで両手に紙袋を持っててさ、それで黒板に字を書くとき後ろを向くじゃん?その時、シャツが出てたんよ」


「なるほど」


「それでこの人しかない!って思って付いて行った」


「付いて行った?」


「そう、先生の部屋知らないでしょ?だからそこを知りたくて」


 付いて行くというのはつまり後を付けたってことらしい。それで先生の居る部屋を突き止めて入っていったとのこと。


「その時に、何だったかな、勉強ついていけません。だからこのままだと卒業できませんって言ったんだよ」


「そしたら〝成績じゃないからね〟って言われた」


「この人しかいないって思ったんだよ」


「それだけですか?」


「それだけ」


 まあ、それだけではないのだけれどこれがきっかけらしい。イガさんは2年生。当然研究室も無いし、仮にあったとしても規則的に出入りは出来ない。イガさんは1人で森田研が立つ予定の場所。つまり私が今いる場所を掃除することから始めたらしい。


「それで凄い沢山先生と話し合ったんだよ。森田研をどういう形にするか」


 4年生になると森田研は研究室として動き出す。そして卒研をまとめ、卒業し就職することになった。


 イガさんは就職して1年過ごすとあることが分かったらしい。それが「先生が伝えたかったもの」であるという。そしてそれを形にするべくして森田塾のようなものを提案し、そこから森田塾が始まったらしい。


 けれど当初は上手く行かなったらしい。イガさんが言うにはOB、つまり社会人を呼んでディスカッションみたいなのをやったんだけど学生側が全く発言しなかったとのことで。


 それでそれを解決する為に、勤めていた会社を思い切って辞めて「シュタイナー教育」や「カール・ロジャーズ」などを深めにいったらしい。それで野菜とかはその後しばらく経ってから縁が有ってそういうのも「必要だ」と考えて、先生に相談の上、院生にまず「野菜をやっていこう」という提案をしたらしい。


「それで、なんなんですか。その伝えたかったものっていうのは」


 そう聞くとイガさんはこう答えた


「研究室の中部屋でお菓子を食べるっていうことだよ」


 そういうといつもの院生が隠している引き出しからお菓子を持ってきて食べ始めた。


「はぁ」


 と私は分かったような、分かってないようなそんな返事をして自分の席に戻っていった。


「なんもわからんかった」


 結局わからないまま。普通の感覚で考えてみても大学を卒業してから就職したら忙しいし、そもそも疲れているわけだからそのまま帰ってゆっくり休みたいだろうし。そうでなくとも遊んだりとか自分の好きなことが出来るわけで。


なんでわざわざ森田研に毎日くるのか分からない。しかも遅い時は深夜2時とかまでいるし。


 課題をまとめてプレゼン資料を持っていけば「そうじゃねぇよ」と返されて、それでその後悩んでまた出すも返される。


 それでわりといい返事がもらえたと思ったらまた次の課題。そして決して答えは教えてくれない。


 謎は深まるばかりだった。

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