9 用件はなんでしょう?

 馬車が城に到着し、グレイの手を借りて馬車から降りた。


「それでは殿下の元へご案内致します」


ニッコリ笑うグレイ。

うん、笑顔も素敵だ。やはり、細マッチョの男性は最高。私の理想のタイプだ。


「ええ、お願い」


こうして私はイケメンなグレイに案内されて、城の中へ足を踏み入れた。



**



廊下を歩きながらグレイに尋ねた。


「白ぶ……あ、いえ。殿下は今どこにいるの?」


危うく白豚と言いそうになって、慌てて訂正した。誰かに聞かれたら不敬罪に問われかねない。


「殿下は今、応接室でアレキサンドラ様をお待ちになっております」


「そう、応接室でね」


その時。


「本当に相変わらず貧相な身体だわ」

「見るに耐え難いわね」


突然背後から小さい話し声が聞こえたので、振り向いた。


「!!」


そこには数人のメイドが固まって、ヒソヒソ話しをしているのだが明らかに軽蔑の眼差しを向けている。

そして彼女たちは……何と全員がぽっちゃり体型だったのだ!


うわぉ……城内では使用人達までもがぽっちゃり体型だとは。しかも、そんな連中に貧相な身体と馬鹿にされるなんて……!

メイドなんてハードな仕事のはずなのに、よくもそんなぽっちゃり体型でいられるものだ。

城の料理は栄養状況がかなり良いとみた。


「どうかされましたか?」


私の様子がおかしいことに気づいたのか、前を歩くグレイが振り返った。


「何でもないわ。行きましょう」


グレイはちらりとメイドたちに視線を移し、小声で囁いてきた。


「あの人達のことはお気になさらないで下さい。彼女たちは我々のような体型の者たちを、あのようにいつも馬鹿にしておりますので。今では鳥のさえずりだと思って聞き流しています」


「なるほど、鳥のさえずりね……」


そんな風に思えるとは……なんて心の広い人なのだろう。


「ありがとう、グレイのお陰で少しは気が収まったわ」


「それは何よりです」


その後も何人もの使用人達から軽蔑の視線やヒソヒソ悪口を言われたけれども、全て聞き流すことにした。



「こちらが応接室になります」


グレイが足を止めると、扉をノックした。


『誰だ』


扉の奥で声が聞こえる。


「殿下、グレイです。アレキサンドラ様をお連れいたしました」


『そうか、入れ』


「はい、失礼致します」


グレイが扉を開けると、眼前に超肥満体の白豚男が偉そうに腕組みして座っていた。


「白……殿下に御挨拶申し上げます」


ドレスの裾をつまんで、挨拶した。いけない、危うく白豚と言いそうになってしまった。


「来たか、とりあえず座れ。立たれたままだと、見下されているようで気分が悪いからな」


何処までも横柄な口を叩く白豚。

これでも私は公爵令嬢であり、不本意ながら婚約者でもあるのに?


まぁいい。

豚の戯言と思えば腹も立たない。


「それでは失礼して座らせていただきます」


大きすぎるソファに座ると、早速尋ねた。


「殿下、お話というのは何でしょうか?」


「話か? そんなことは聞くまでもあるまい」


殿下はニヤリと笑みを浮かべた。すると太りすぎて細くなった目が、ますます糸目のようになる。


ウゲ……こんな人間離れした外見の何処が、この国一番の美しい男と言われるのだろう? 謎だ。


「おい、何を考えている。俺の話を聞いているのか?」


「はい、聞いております」


すると殿下が背後にある扉に向かって声をかけた。


「シェリル、入って来い」


え? シェリル? また、あのデブ女が来ているの?


「はい、殿下」


返事と共に扉が開かれ、シェリルが現れた。

今日の彼女は胸元が大きく開いた黄色いパフスリーブのドレスを着ている。

シェリルはドスドス足音を立てて、白豚男の隣にドスンと座った。

その振動で、床が揺れる。


「す、すごいわ……」


またしても感嘆のため息が出てしまった。

まるでビヤ樽にドレスを着せているようだ。全身パッツンパッツンで、腕などはまるでちぎりパンのようにムチムチしている。


一体何を食べたら、そこまで太れるのだろうか?


またしても私は2人から目が離せないでいると、白豚男が尋ねてきた。


「何だ? お前、またシェリルに見惚れていたのか?」


「はい、そうです。先程から目を離せません」


私はありのままの気持ちを告げた。


「まぁ、アレキサンドラ様……あれほど、私を敵視なさっていたのに一体どういう風の吹き回しですの?」


すると白豚男がデブ女の手を握りしめる。


「ようやくシェリルの魅力に気づいたようだな。何しろ、君のように美しい女性は、そうそういるはずもないのだから」


「まぁ、殿下ったら……」


白豚男の言葉に頬を染めるデブ女。まるでコントを見ているようだ。吹き出しそうになるのを堪えながら尋ねた。


「あの〜そろそろ用件を言って頂けませんか?」


すると白豚男が、こちらを見るやいなや……。


「アレキサンドラ! 俺はお前に婚約破棄を告げる!」


白豚男はビシッと私を指さしてきた――






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