2 目が離せない2人

「何なんだ? 先ほどからお前は人の顔をジロジロと見つめて……いくら俺が美しいからと言っても不躾じゃないか?」


眼の前の雪だるま……もとい、肥え太った青年は私をじろりと見下ろす。そのせいで、ますます目つきが悪くなる。


「え……?」


何? 私がこのデブ男に見惚れる? 今のセリフ、聞き間違いじゃないよね?


冗談じゃない。

ジロジロ見ていたのは、あまりに太すぎて驚きのあまり目が離せないだけなのに?


すると女性の声が聞こえた。


「アレキサンドラ様が見惚れてしまうのも仕方ありませんわ。何しろ殿下はこの国で一番美しい方なのですから」


デブ殿下の巨体の陰から、赤いドレスを着た1人の女性が姿を現した。まさか、まだ人がいたとは思いもしなかった。


「!」


その女性を見て、またしても私は言葉を無くす。

すごい……この女性も殿下に負けず劣らず物凄いデブだ。美しい宝石に、見事なドレスを着ているものの体型のせいで折角のドレスも台無しになっている。

身体の全てが出っ張ってるせいで、バストもウェストもヒップの位置も区別がつかない。


「す、すごいわ……」


思わず、感嘆? のため息が漏れてしまう。よくもまぁ、そんな体型で膨張色の赤いドレスなど着れたものだ。


すると何を勘違いしたのか、デブ2人が笑った。


「見たか? シェリル。この女……お前の美しさに、ため息をついているぞ」


「いやですわ、殿下。アレキサンドラ様は殿下の美しさに見惚れているのですよ。だから先ほどだって殿下に泣いて縋っていたのでしょう?」


え? 泣いていた? この私が?

シェリルと呼ばれた女性の言葉に、恐る恐る自分の頬に触れると確かに涙で濡れたあとがある。


「そ、そんな……」


嘘でしょう? この私が……あんなデブで脂ギッシュな男に縋り付いて泣いていたっていうの!?


あり得ないんですけど! 


その事実に思わず身体が震える。すると再びデブ殿下が私に冷たい言葉を投げつけてきた。


「いいか? お前は確かに俺の婚約者ではあるが、隣に立つのを許した覚えはない! ましてや、お前のような醜い女とダンスなど踊るはずが無いだろう! 俺の相手はシェリル伯爵令嬢と決めてあるのだからな! 分かったら、さっさとこの場から消え失せろ!」


こんなデブ男とダンスを踊る? 冗談じゃない! あれだけ太っていれば、まともなダンスなど踊れるはずは無いだろう。きっと数分で息が上がり、油混じりの汗をかくに決まっている。

大体何が悲しくて、そんな相手とダンスを踊らなくてはならないのだ?


けれど先方から断ってくれたのだ。こんなに嬉しいことはない。


「ありがとうございます! 殿下、それではお言葉に甘えて帰らせていただくことにします!」


立ち上がると、笑顔で会釈した。


「「え?」」


すると殿下とシェリル伯爵令嬢が困惑した表情になる。


「帰るだと? お前、本気で言ってるのか……?」


「はい、本気です。先程、殿下は私にさっさと消え失せろと命じましたよね?」


「あ、ああ。確かに言ったが……」


「なので、お言葉通りに帰らせて頂くのです。それでは失礼致します」


私はもう一度深々とお辞儀した。


そして唖然とする2人を残し、足取りも軽くその場を後にした――

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