殿下、その言葉……嘘ではありませんよね? 

結城芙由奈

1 美の基準とは?

 私は冷たい床の上に跪いて縋り付いていた。


「全く、鬱陶しい女だな。我が婚約者ながら嫌気が差す」


俯き、両手で赤い布を握りしめている私に冷たい言葉が投げつけられる。


「ですが、殿下……私は殿下の婚約……者……」


言葉を紡ぎながら顔を上げ……相手の姿を見た瞬間、まるで電流が流れたかのような衝撃を受けた。


何故なら私が縋っていた男性は……丸々と肥え太ったブロンドヘアに碧眼の白人青年男性だったからだ。握りしめていたのは彼の羽織っていた赤いマントである。


え? 誰? 

と言うか……何なの? 眼の前にいるこの男……物っ凄いデブ!! なんですけど。


太りすぎて、目に瞼がついているので目つきがものすごく悪い。

頬がパンパンに膨れているので、鼻が埋もれている。顔と首の境目が無く、まるで雪だるまのようだった。


「……」


す、すごい……なんて、太っているのだろう? 恐らく脂っこい物を多く摂取しているのだろう。オイリー肌の顔はテカテカと光っている。


思わず絶句した次の瞬間。


「うっ!」


私の頭の中に怒涛のごとく前世の記憶が押し寄せてきた。



****


 

 私の前世は日本人女性。年齢は25歳で、職業はスポーツインストラクターだった。


『健全なる精神は、健全なる身体に宿る』をモットーに日々、健康的な身体作りを目指す生徒様達に指導していた。


 仕事に情熱を捧げ、最低だった交際相手とも別れることが出来て充実した日々を送っていたのに……アイツは私の元へやって来た。


いつものように仕事を終えてマンションに戻ると、元カレが部屋の前で待っていたのだ。

元カレは以前から私に復縁を迫っていたので、「これ以上しつこくつきまとうなら警察に通報してやるから」と脅してみた。


「お前、俺にそんな口叩いていいのか?」


すると元カレの口調が変わり、その手に光るナイフが握れられている事に気づいた。


――次の瞬間


胸に鋭い痛みを感じて見ると、深々とナイフが突き刺さっていた。


「お前がいけないんだ……俺と別れようとするから……」


私に対する恨みの声が聞こえてくる。

ああ……私、こんな最低男に刺されて死んじゃうんだ……。



それが前世最期の記憶だった――



****



そうだった。

私はあの世界で死んで、今この世界に……アレキサンドラ・ノルン公爵令嬢として生まれ変わったのだ。


眼前に立つ雪だるまのように肥え太った青年はエマール・ベリル。

第一王位継承者で私の婚約者でもあり、この国で、最も美しい男性と言われている。


前世が日本人だった私には信じられないことだったが、太っていることが美の基準だったのだ。

しかも太ければ太いほど美しいと評価されていたので、当然貴族たちは皆丸々と肥え太っていた。


けれど、中には太りたくても太れない体質の者だっている。

それが私、アレキサンドラだった。


ノルン公爵家の親族一同は、高位貴族でありながら全員痩せている。恐らく、太りたくても太れない体質なのだろう。

普通に考えてみれば羨ましい体質と思われるかもしれないが、この世界での美の基準は違う。


痩せていることは貧弱であり、醜いとされている。

その為ノルン家は公爵位という高い身分でありながら、醜い一族として人々から蔑みの目を向けられていた。


 世間から嫌われ者のノルン家ではあったものの、殿下と身分が釣り合う唯一の存在は私だけだった。


そこで、私と殿下は産まれたときから婚約者同士だった。


当然、そこに殿下の意思などあるはずも無く――

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