VRMMORPGのモブNPCの俺…もとい僕は原作者です。
COOLKID
プロローグ 締め切り前
『とゆーわけでぇ〜そのイベントに使う、とびっきり可愛いムールちゃんのメイド服姿を描いてほしいんだよねぇ〜♪』
「…」
『締切は4日後!よろしくね〜♪この仕事終わったら〜私寿司奢っちゃうッ!』
「…」
『…返事は?』
「…了解いたしました。謹んでご拝命させていただきます。」
『うんうん!今日もいいお返事、ありがとねッ♡じゃ、よろしく〜』
ガチャッ
「…………あああああォォォ………」
もう…声を荒げる気力も出ねぇ。自分でも出したことがないくらい腑抜けたため息ぐらいしか出すものがない。
受話器を置いた手。物に触れるたびに痛むマメ。相変わらず変わらないこの毎日を象徴しているかのようだ。
…一体何を無駄な比喩表現を考えとるんやァ俺は。こーゆーのは
こんな汚いものを見つめてる暇はない。俺は深く椅子に座り直し、すぐに執筆作業へ向かうことにした。
カリカリ…
そうはいっても、人間の思考はうまく切り替えられないもので。
しっかしよォ。あのクソマネージャーどう思う??(自問)
ふざけんなって思わん?いや思え。思わんやつは人間じゃない。金においても顔においてもガメつい畜生女が…
なーにが『ありがとねッ♡』だッ!四十路の化粧厚いBBAが吐くセリフじゃねぇだろがヴォケ!お前の時代はバブルで止まってんのか!!
ああ、いざ怒りを徐ろにしたらクッソ燃やしたくなってきた。SNS書き込んだろかな。
…いやまぁずっと猫カフェ行ってほのぼのつぶやきしてる俺のアカウントに、恨みつらみ100%配合の激長お気持ち書くのはやめとこうか。
だがしかし、こんな状態じゃ描けねぇ。思っきし悪口言ったろ。
あいつさぁ?ほんまさあ?人間が通常持っているはずの善性っつーモンをへその緒といっしょにぶった切られたんかってぐらい性悪なんじゃわ。
まず、面と向かった時点でこいつだめだわって思ったもん。俺に興味ないって感じ丸わかりだったもん。『お前のことは金づるとしか見てませんよ〜、金埋めなくなったらシンプルに無理なんで捨てますがなにか?w』って顔に書いてあったもん。
その時点でもう嫌じゃん?萎え萎えじゃん?それからねぇ…
(十五分後)
しかも、そいつ等は揃いも揃って
いい加減そのペラペラ回る口と喉をチャックで締め上げて、その留め金を釣り鐘で吊し上げてはくれないものか。そうしたら解体ショーを実行して燻製肉にしてやるのに。
寿司を奢るよりも、お前がさっさと俺の人生から消えてくれることを切実に望むよ。
っつか。あのときの寿司の約束、まだなんだった…半年経っとんのやが。
とにかく!結論!!俺の周りを取り囲む豚どもは、クソ!!!(自答)
「はぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜…疲れた。やめやめ。生産性のなさが消しカス作るよりもヤバい。」
俺は指数関数的に上がっていく苛立ちをペン先にぶつける。
ガリッ!!!
「お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!」
…ここ五年近くそんな事してたから、万年筆の消費が非常に激しい。もう寿命っぽい音聞こえるんだけど…これ、二ヶ月前とかに買ったばかりのやつでは??
ぬあんでこんなことで二万近くロスらなあかんねん。…いや一応予備も何本かあるけどさぁ…
何をやってもクソに行き着くんだな、この世の中。
カリカリカリカリ…
カリカリカリカリ…
カリカリカリ…
(この世の中ってか…俺の人生が、かな。)
プロットをとにかく、書きまくる。シャーペンでも、鉛筆でもなく、万年筆で書く。(近くに刺してあったテキトーなヤツ使うことにした。思ったより使い勝手良くてビビる。こんなん買ったっけ?)
書く、書く、書く、書く。
余計なことを考えないで、自分の作品に没頭できるのはやはり気持ちの良いものだ。
このために漫画家になったまである。俺が作ったモノが、人が、概念が。俺が思った通りに動く。どれだけ体が疲れていても、自然と頭の中にアイデアが山のように湧いてくる。それこそ、俺が漫画家にならなかったら浮かんでこなかっためちゃんこおもろい妄想が、ぽこジャカとね。
現実を生きる人間はどうにもならないってのに。こんなに簡単に物語は変えられる。
白いキャンバスが、黒い文字で埋め尽くされる。これがやがて形となり、色となり、線となり、画となり、世界となる。
その感動は、俺の何にも変えられない宝物だ。
これだからやめらんねぇよこの仕事。
でも…
「あ゛〜〜〜〜〜〜…何徹目だ…?今日、俺寝たっけ?」
あかん。人間寝ないといけないって事、忘却の彼方へ飛ばされてたみたいだ。
いや〜いくらこの仕事が好きっつっても…流石にもう記憶があやふやで、あんまりインスピレーションが沸かない。オラワクワクしねぇぞ〜…(どっかの野菜人並)
全然『ピタ〜っ』ってならない。いい事は思いつくんだけど、こう…繋がらない。裁縫で玉止めする時、きちんと止まらなくてほんのちょ〜っとペロンッてなっちゃったあの感覚。しかも二本取りだからやり直すにも最初からだからたるいなぁ…っていう。
椅子に座り続けたせいで、体が椅子の背もたれと同化してきてる。全然動けないや。
おまけに自分が何徹したかまで忘れてると来た。寝たことすら覚えてないんだったらこれはもう認知症か?
兎にも角にも、俺の体は二日前あたりからとっくに限界を超えているのだ。描くことに集中しすぎて、今俺がどんな姿になってるのか正直見たくないな。家中にある鏡全部ぶち壊しておこうかな。
でも。
それでも、腕は動く。俺の右腕は何時までも動く。ペンは進む。
どれだけ疲れていても、頭が動いてなくても。
ペンの音がカリカリと静かな部屋に響き渡る。嗅ぎなれたインクは、なぜだか今日ははっきり匂いがわかる。時刻は午前三時半。俺以外に誰もいない。今はこんなに広くなった部屋も、人が寝る時間になったら声を潜める。
…そういや、アシ共にちゃんとお礼しなきゃな。この五、六年ずっとついてきてくれてありがとうって。
今までずっと労働基準法なんてクソ喰らえみたいな仕事内容と作業時間だったのに、『この作品が好きだから』って、一緒に無茶して体壊しながら仕事頑張ってくれて、ありがとうって。
あいつらのお陰で、俺はギリギリ精神状態をSAN値MAXのちょい手前ぐらいで維持できてた所あるから。
…俺が面と向かって頭を下げる、か。あいつ等からしたら『快晴なのに雷降ってきた!!しかも自分にあたった!!』ってのを見るぐらい、とんでもねぇ表情するんだろーな。
カリカリカリ…
って、まずいまずい。
なんか急に走馬灯っぽいもの見え始めたって。
三年前の肉みんなで食いに行ったときが一番楽しかった思い出だったなって…お前そりゃそうだけど、もっとタイミングを考えてくれやオイ…ここで気を失ったら、絶対俺の納得行くものにはなんないだろーが。
後もうちょっとで『完成』なんだから…耐えてくれよ俺の体!!
…いやまぁ別に死にはしないと思うけどさ。
カリカリ…
…耐えてくれよって…w死に際のテンプレゼリフすぎでしょ、それ。
あーもうマジで頭働いてないから、セリフが勝手に書かれてくよ〜…
…なんか絶対そんなセリフ言わんやつが『拓いてこい…世界をッ!!』って言ってるけど、まええか。いい感じに伏線回収してくれるっしょ。何でも怪しいのは全部伏線にしときゃあ良いんだよ(最低)。
六年近くこんな労働条件下で物語描いてたら、もう何でも良くなるがな。些細なことなんて取るに足らない。
「ああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜……力抜けてくよ〜ん…もう寝よかなぁああああああああああああああああ????」
誰も、答えない。
カリ…
音が静まる。
カタンッ…
万年筆を置く。
空気を感じる。自分でも何言ってっかわかんないけど、感じる。
ふぁ〜〜〜〜って。
「あ。」
…きた。
キタキタキタキタキタキタキタキタ!!!!!!!!!!!!!!!!!
これだ!!!!!!これしかない!!!!!!
いやこれだろ!!!!!これこれこれこれこれこれこれ!!!!!
ここだろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
インスピれーーーーーーーーーーーーーーしょん!!!かいっほおおおおおおおおおああああああああああああああああああ!!!!
筆が。動く。
そのときの顔は、どんな表情を映し出していたのだろうか。
目は見開いていただろうか。よだれはたれていただろうか。鼻息は荒かっただろうか。
髪の毛は逆だっていたのだろうか。筋肉は、腕以外動いていたのだろうか。
そんな事関係ないと言わんばかりに、彼の体は、動いていた。
彼がどんな姿であろうとも、ただひたすらに、生というものを貪っていた。
線が、色が、物語が、浮かんでは消え、浮かんでは消え。
最適解を導き出す。AIのような正確性はなけれども、勘が。冴えわたる。
きた。
きたきた。
キタキタキタ。
彼は、ずっとそういった。深夜の間。ずっと。
「あ…ここさいんかいとk…」
…この一週間後に、一冊の週刊が店に並んだ。
聞けば、その週刊の売上は今までに類を見ないほどのものだったらしい。
ネットの評価、評論家の評価、完全一致で神作。
ニュースにも取り上げられた。出た一日後の、朝のニュースで。
『インフィニットワールド、最終回。史上最高傑作が、来た。』
彼の最期は、原稿の上だったという。
VRMMORPGのモブNPCの俺…もとい僕は原作者です。 COOLKID @kanadeoshi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。VRMMORPGのモブNPCの俺…もとい僕は原作者です。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます