歪み姫噺─いがみひめばなし─

星 恵《ほしめぐま》

始まり 始まり

姫は様々な一日を繰り返す。


姫、1日が毎日寿命であり、

生まれ落ちて1時間を1歳として生き

零時になると何処かの植物の中で眠りにつく…


記憶だけが引き続き姫を成す。


時には竹、時にはチューリップ…はて

瓜や桃、キャベツ等の果物や野菜に至るまで


繰り返す


1日の終わりと始まりを”そこ”と定め、

その植物の中には

金銀財宝、絹や着物ドレスに至るまで、


誰もが夢とも言えるような人の業が詰まっている


ある日、瓜から硝子がらすの靴が出てきた時、

姫は気まぐれで貧しいお嬢さんに

その靴を譲ることにした。


靴ごとお嬢さんの足はもげてしまった。


姫は後悔した。


業の宝は人を不幸にしかしないのだと

自分を恨んだ。


悲しくとも姫は自分の為にしか宝を使わず、

失った宝がその後どうなるか考えなくなった。


だから、姫は名前を持たない。

1箇所に居ることも望まない。

己が姫である事だけをわかっている。


「この国は豊かで

あるものは虚しい。」


姫は己が自由である事だけは恵まれていると

信じてやまない揺るぎない自信があったのだ。


大きさを問わず姫と共に産まれ出る金銀財宝の中には必ず1つ深い呪いの品がある。


ある日には月色の絹のドレス。


またある日には朝焼け色の頭巾。


またある日には立派な糸車。


金の指輪に金の斧銀の斧。


どんなものが植物から出てきても

見慣れてしまった。


そんなある日、めずらしいかな

キャベツからロバが産まれた。


神話でもキャベツから赤子はコウノトリに次いで

ありふれたお話しで姫にとっては当たり前の日常であった。


「お前も私と同じ時間を過ごすのかい?」


産まれたてのロバを見上げてまだ赤子の姫は問う


だが、

朝日が昇り切ろうとして、

とうに姫は11歳になったが、

子ロバは子ロバのままだった。


これは困った。


毎日を産まれ直しで生きている姫にとって、

これ程厄介なことは無かった。


この子ロバを世話しなければいけない。


金銀財宝やドレス、あるいはもっと可愛げのある

生き物であるならばまだ良かった。


このどんな呪いがあるかも分からないような

ただの子ロバなんて誰が欲しがると言うのか。


「その可愛い子を私にください。」


12時きっかりに

ボロボロの服を着たお嬢さんが姫にそう言った。


「どうして、このロバが欲しいの?」


姫はお嬢さんに問いかける。


「私と同じで、きっとやりたいことだらけなのに

まだ誰にもその価値を見出されていないから。」


「猫でなくていい。犬でなくていい。

卵を産む鳥でなくてもいい。

その子の価値を私が与えてあげたいから。」


「そうする事でその子が私の子になるから。」


お嬢さんに姫はしめしめと思う気持ちと

面白いと思う気持ちでいっぱいになった。


「このロバにあなたは何を差し出すの?」


「あなたは何が出来て何をこれの為にするの?」


「今日までにロバと等価のものを用意して

そうすれば、これはあなたのロバだから。」


「ただし、このロバと等価でなければ

何が起こるかわからないわ。」




姫はこの日の事を忘れない。

賢く哀れなお嬢さん。


夜の12時までにお嬢さんは用意してのけた。

それは確かに呪いを

祝福に変える程の等価値だった。


姫は楽しかったと出来事の余韻に浸りながら、

今日は林檎の中へ意識を定める。


24歳の姫が小さな小さな光になり林檎に眠る。


お嬢さんが何を差し出したのかはまた別のお話。

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