第10話 選ばれた者たち

 選考試験のあとに、ラインハルト城の広間の奥にある客間に案内された。


「こちらでお待ちください。騎士団長カイン様をお呼びします」


 小柄で中年ぐらいの召使いが、6名の志願者を円卓の席に座らせる。

 出て行ってから、しばらくしてユユイが痺れを切らした。


「……遅くない?」

「わしは腹が減った」


 グランホルンから下山して何も食べていなかったユユイは、エントデルンの一言を聞いてお腹に手を当てた。


「たしかにね……」

「二人とも! ラインハルト城の円卓の客間で、失礼だろ……」


 シノキスがボロボロでシワシワの臭いローブを、姿勢を正して伸ばした。


「普通一般の冒険者なんか入ることのできない、特別な客間なんだよ」


 自信満々に説明するシノキスだったが、横で聞いていたユユイが口端を上げる。


「私のときはこの客間には通されなかったけどね。『謁見の間』の控室のほうが、よっぽどここより広くて、高級だったけど」

「うぐっ……」


 ユユイに首席の座を奪われたシノキスは、悔しそうな顔をする。

 エントデルンは昔のことを思い返した。


「そういえば、ユユイは第34勇者師団の魔法使いだったな。わしも勇者師団の出立の日なんかは、こんな扱いされなかったもんだが……」


 だいぶん待たされた後、小柄な召使いと騎士団長が部屋に入ってきた。

 部屋の奥にある壇上に上がり、騎士団長は羊皮紙をひろげて読んだ。


「それでは、選考会の結果を発表する。調査団として選ばれたのは、エントデルンだ」


 それだけ言うと、羊皮紙を丸めて召使に渡す。


「……えっ! それだけ? たった一人だけなの?」


 思わずユユイが声を上げた。

 その横で、肩を落としてぼそっと呟いたのはシノキスだ。


「……やっぱりそうか……僕は、また辺境の我が家に帰らないといけないのか」


 別のパーティのリーダーも納得いかない様子で席を立った。


「まて、今回は調査隊のメンバーを募集したのだろう。たった一名だけで隊とは言えないじゃないか」

「……そのとおりだ」


 指摘に対して騎士団長は頷くと、ユユイたちを指さした。


「エントデルンをリーダーとしたユユイとシノキス、この三名をラインハルトの調査隊とする」


 シノキスは急に表情を変えて、一番に飛び跳ね拳を握り締める。


「やった!!」


 ユユイとエントデルンもそれを見て、思わず笑みがこぼれた。

 隣に座っていた別パーティの三名も、騎士団長の決定に納得の様子で拍手を送った。



 その後、ユユイの三人は『謁見の間』の控室に召使いと共に移動した。


 さきほどの部屋とは比べられない立派な部屋だ。

 大理石の壁と高い天井に、高級木材の床には紋章が刺繍された毛足の長い絨毯が敷かれてある。中央のテーブルには果物が盛られた籠が置かれていた。


「こちらをご覧ください」


 と、召使いは壁に並んでかけられている絵画の前で止まる。


「こちらは初代勇者師団の方々です。この部屋で我が国王様と謁見するため、そこに座られたんですよ」


 召使いの言う通り、絵画はこの部屋の一角を描かれたものだった。


「この控室を利用できる方々は、みなすべて著名人であり、立派な志をもたれた英雄なんですよ……あなたたちみたいな調査隊ごときの人たちが、悠々と利用できる部屋ではないことをご承知おきください」


 睨みつけるような表情を浮かべた召使いは、ユユイたちに遠慮のない視線を浴びせる。


「我が国王様も慈悲深い方だ……大変忙しい身であられながら、ただ勇者たちの痕跡をたどるだけの、調査隊に謁見を許すなんて。……見てください、ここの絵画を。全部で34枚ある絵画に描かれた者たちは、我が国のために身をささげた英雄ばかりなんです」


 ユユイは召使いの話よりも、トラウマに近い経験をしたアノ日のことを思いだしてしまう。


 召使いの話、長くてうざい……。

 いまだに勇者様って言ってくれる人はありがたいけど、現実とちょっとずれてるのよね……。


 一部の貴族たちに勇者を神のように崇める人がいる一方で、今を生きる普通の人々にとってみれば、それはもはや過去の出来事だった。

 モンスターによって解放された土地やダンジョンは、新たな局面を迎えている。


 調査隊は勇者の足跡をたどることで、国としての線引きを行うことも含まれていたのだ――つまり、国と国、国と民とで曖昧になっていた境界線を引き直すという、国の一大事業にも繋がる調査であった。


 ユユイと違って、召使いの話をしっかり聞いていたシノキスは、大きくうなずく。


「それでは35枚目の絵画が僕たちになるんですね……!」


 それを聞いた召使いは目を丸くした。


「あ、あなた、私の話を聞いていましたか……?」

「ええ、この部屋を訪れた人たちはみな、国のために身をささげた国の著名人なのでしょう。僕達もきっとそうなるに違いありません」


 シノキスのナルシズムについて行けない召使いは目をグルグル回す。


「なっ……。あなたたちがそうなることは絶対にありません!」

「は……? なぜ召使いなんかのあなたがそんなことを言えるのか、僕には分かりませんが……」


 それを聞いた召使いは怒って部屋を出て行った。

 お目付け役がいなくなった部屋で、ユユイはテーブルあるリンゴを手にとってかぶりついた。


「追い払ってくれて助かるわ」

「まったく……教養のない人間と話すと不愉快な気持ちになるよ」


 シノキスは椅子に座って、同じくリンゴを手に取ると上品にナイフで皮をむいた。

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