第5話
1時間程度で幕は下り、一通りの劇が終わった。暖人さんからは、劇が終わったら体育館前で待っててと言われていたのに逃げてきてしまった。推しの誘いに乗らないなんてオタク失格だ。でも、仕方がない。彼は多様な声で自分を演じ分け、やはりあの中でも目立っていた。あんなに輝きを持つ彼を前に自分がちっぽけに見えた。彼と私は推しとオタク。オタクも、夢も才能もなく灯りに群がったただのオタク。推しとオタク、それ以上になっちゃいけない。隣で過ごすのもこれっきり。これはオタクとして彼のためにした最良で懸命な判断。
「ひな! やっぱりここか」
来た!
「どうして? 打ち上げは?」
「馬鹿、ファンサに決まってるだろ。なんてたって俺の一番のファンはお前だからな」
ずるい。寒田も……私も。きっと見つけてほしくて、ここに来たんだ私。初めて、話しかけてくれたのは他でもないこの自分達の教室。他の人たちにはただの教室でも、オタクからすれば、ここは推しが実に一日の半分を過ごし、息を吸っている、いわば聖地だ。そして私が彼を寒田としてもう一度恋に落とされた私の青春の中でも外せない聖地。
「なんで、逃げるんだよ。俺のこと……暖人のこと、好きなんだろ」
「好きだから! 大好きだから! 『推し』は遠くて神々しいもの。邪魔はできないし、ほかに暖人さんを推している人たちの夢を壊したくない。こんなにファンの中で一人、私だけ待遇されて……。これは推し活じゃない。私が近づいてこんなに完璧で素敵なみんなの暖人さんを汚したくない。私の中の暖人さんのことも」
強く言いすぎた。でも、こちらから突き放さなきゃ、また近づいてくると思ったから。推しにこんな言葉……。
「神々しい……か。そんな俺とは縁遠い言葉、言うのはお前だけだよ。いや、そんなこともないかもな。みんな思ってるのか、近寄りにくいって。俺、声だけでスカウトされたんだよ。演技には実力も自信もない。お前も声優として俺を推したってことは声だけなんだよな」
違う。違う。違う。
「違う! わ、私の推しは、そ、そんなことない。人となりから、性格から全部。全部を愛されてるんだ! オタクをなめないで。オタクはいろんなところから推しの情報集めるんだから。それに寒田はその声を与えられるだけの優しさと努力の力を持っている本当にすごい人だよ。だから、演劇部にいるんだもん」
そうだ。少しでも、上手くなりたい。周りに認めて欲しいと思うから頑張っている。そんな健気な努力、てえてえに決まってる。
「俺なんか、アーティストと呼ばれるようなすごい人たちと違って、ミスもするし、全然完璧じゃないし、神々しいなんてやっぱりお門違いだ。神なんかじゃない。ちゃんと人間だ。応援してくれたら心の底から喜ぶし、それを力にして頑張る。人を好きにも嫌いにもなるし、恋だってする。だから、遠くに行かないでくれ。そばにいてくれ」
恋だってする……か。弱い。弱々しい。初めて見たこんな姿、彼のファンの中で私しか知らない。これが一切繕っていない彼の素、本当の姿。
「情けないな。みじめに泣き喚いて、おまけにそのまま告白だなんて。汚しちまったなお前の中の暖人さん像。悪い」
え? あれ、今告白って言った? 本当にあれが? で、でもこの言葉に屈託はないらしい。素を見せた彼の口から出た言葉。なら、気持ちに応えたい。こちらを向いている推しが私のせいで涙を流すなんて。やっぱり、近づきたくないなんて嘘。誰よりも推しに近づいて、応援したい。
「久しぶりに見た寒田の赤い顔。そっか、ヲタトークのときも照れてたんだね。私こそごめんよ。それと、いいよ」
「え?」
あれ、自分で言っといて困惑してる?
「こっち向いて暖人、いや寒田ゆう。ゆうしか勝たんに決まってんじゃん。大丈夫、どこにも行かないよ。いつまでも、あんたの隣にいる。これが私の答え」
勝たんしか!! 玄瀬れい @kaerunouta0312
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